第1075話 前哨戦は魔法とアマリーラさん達



「なかなか考えているな……直接被害を出しにくい風で足止めし、その後に炎と氷の矢を放つ……か。連続使用をここまで早くできるのは、理由はわからないが弓を持ったからなんだろう」

「そうみたいですね。っと、次はフィリーナかな」

「……っ! 行け、マルチプルペネトレイト!!」


 カイツさんの魔法を見て分析するシュットラウルさん。

 それに頷いていると、今度はロングボウを引き絞ったフィリーナが魔法の発動。

 速射性を重視していたカイツさんと違い、こちらはできる限り全力で弦を引き絞っていた……さすがに、本当に弓をつがえて撃てる程ではなさそうだったけど、魔力と一緒に力を溜めるためにそうする必要があったんだろう。

 理由とかは俺にはわからないけど。


「おぉ!」


 フィリーナが放った魔法を見て、感嘆の声を上げるシュットラウルさん。

 それもそのはず……フィリーナがロングボウを使って放った魔法は、巨大な、それでいて鋭い一本の矢……明らかに、持っているロングボウよりも巨大なそれが、緩やかな放物線を描いて敵陣、兵士さん達の方へと向かう。


「でもあれじゃ避けられるんじゃ……? お!」


 放物線を描くように飛んでいるから、物理法則に従って動いているのかと思えるけど、その速度は見るからに遅い……そこはそれ、魔法だからそういった法則とかは無視して動いているんだろうね、いや、影響は受けているんだろうけど。

 ともあれ、普通の矢なら勢いがなさ過ぎて途中で失速、落下しているはずの鈍さで飛ぶ魔法の矢は、巨大であっても前もって避けられる心配がある。

 そんな風に思って呟いた瞬間、ちょうと俺達と兵士さん達の間くらいに到達した時、一瞬だけ空中で静止した魔法の矢が、左右に無数の矢に分裂、物凄い速度で兵士さん達に降り注いだ。


「……凄まじいな。あれが、エルフの魔法というものか。一つ一つの威力は低くとも、広範囲そして大量の矢の雨となる……やられた方はたまらんだろう」

「そうですね。……まぁ、最近の研究の成果もあるんでしょうけど」


 多分、本来なら魔力を込めた巨大な矢で、大きく頑丈な物を壊すような魔法だったんじゃないかと思う。

 そこに、分裂とか散開とか……俺にはわからない何かの効果を持たせて、広範囲を攻撃する魔法にしたのかもね。

 以前、ウィンドアローだったっけ? あれに誘導の効果も付けていたような感じだと思われる。


「ふむ、左右はすっかり押されてしまっているな」

「そうみたいですね」


 フィリーナの……マルチプルペネトレイト、だっけ? あれは分散した矢の威力自体はさほど大きくない物で、鎧や盾なんかで防がれていた。

 とは言っても、鎧の継ぎ目などに当たって怪我をさせる事くらいはできているうえ、広範囲に降り注いでいるから、左右の兵士さん達は動くに動けず防戦一方。

 さらに、それを援護するようにカイツさんが炎の矢と氷の矢を断続的に打ち続けている。


 いやらしいのは、片方には炎の矢、もう片方には氷の矢を放ちつつ、時折逆にしたりしていた……威力自体はわかっていればなんとか耐えられる魔法なのに、炎に備えていたら氷、氷に備えていたら炎、なんて事もあるから、兵士さん達はまともに防御できないでいた。

 そして身動きできず、防御をするだけの兵士さん達の集団に……。


「まだまだ訓練不足だ! この程度で怯んでいてどうする!」

「こんな風に避けながら~、こうして動くといいんですよ~」


 アマリーラさんとリネルトさんが、突撃。

 小柄なはずのアマリーラさんは、両手で持つ大剣を片手で軽々と振り回し、二射目が放たれたフィリーナの広範囲魔法を巻き込みながら、兵士さん達を圧倒する。

 対して大柄なリネルトさん……こちらは、見本を店うように頭上から降り注ぐ矢の隙間を縫って避けながら、速度で翻弄した兵士さん達をショートソードで圧倒していく。

 二人共、一応見本を見せている感じではあるけど……あんな事ができるのって、感覚の鋭い獣人だからのような気がする。


 探知魔法を使っていなければ、俺もできないと思う。

 ユノなら……できそうというか、できるんだろうな。


「兵士達も動いたわ。私達も行くわよ!」

「あぁ!」

「了解しました」

「頑張ってーなの!」


 右翼、左翼共に壁の外側はほぼアマリーラさん達にかき回されている状態。

 そのため、アーチのある中央付近の兵士さん達が、援護のためそちらへ動く……それを見たモニカさんは、ソフィー達に号令をかけてそれぞれの武器を持って突撃だ。

 ユノは手を振って見送っているけど……実はユノだけは、皆と一緒に行動しない事になっている。

 まぁ、連携したら元々手が付けられないのがさらに、という事でもあるけど、それだけじゃない。


「ユノもそろそろ行っておくか?」

「うん、そうするの。暴れるのー!」

「……頼んだ私が言うのもなんだが、一応訓練なのだから、程々にな?」

「わかったの、程々に痛めつけるのー!」

「……痛めつけるのは決定なんだな」


 シュットラウルさんの言葉は、一応応えているから聞いていると思うけど、力加減にはあまり期待できそうにないな。

 駆け出したモニカさん達を見送るユノに声をかけると、楽しそうにしながら駆けて行く……行き先は、中央と左翼の間。

 中央のアーチから、援護の兵士さんが向かったようだからそれを止めに行くのだろう。

 リネルトさんの方が、速度の関係で早く到達していたから、向こうも早く援護を送る判断をしたんだろうけど……援護に向かう途中で潰される兵士さんは少し可哀そうだ。


 ユノの役目は遊撃、その場その場で判断し押し込もうとする皆を援護するために動くという役割だ。

 まぁ、どこに行ってもユノなら活躍するし、むしろこちらが制御するのが難しいくらいなので、自由に動いてもらおうというだけだったりする。


「さて、そろそろ私もやるのだわー」

「そうだな。じゃあ……」

「これだわー、リクの魔力は気持ちがいいのだわーやめられないのだわー」


 俺の頭の上で呟くエルサに答えて、魔力を体から放出する。

 それだけでエルサが魔力を吸収できるからなんだけど……なんか危ない効果のある物のような反応は止めて欲しい。


「可視化できる魔力を、こんな気軽に出されるとこれまでの価値観が壊れそうだな。くれぐれも、リク殿はやり過ぎないようにな……?」

「わかっていますよ。そもそも、魔力を放出しただけで俺は魔法を使いませんから。エルサ、頼んだよ」

「わかったのだわー」


 俺の体から出た魔力は、何にも変換していないので透明感のある白……だけど、通常可視化できるほどの濃密な魔力を見慣れないシュットラウルさんは、驚きと共に心配になったらしい。

 ともかく、俺は魔法を使わず魔力タンクになるだけで、魔法を使うのはエルサだ。


「力加減のために、ゆるーい結界もおまけしとくのだわ。……ウォーターガン、だわー」


 結界をおまけというのはどういう事だろう? と疑問に思う俺の頭の上で、気の抜けるような声で魔法を発動させるエルサ。

 すると、俺やシュットラウルさんの頭上に丸い……ピンポン球くらいの物が無数に現れる。

 数十どころか、数百……千くらいあるんじゃないかな? 細かくは数えられないけど、大量と言う言葉すら生温いくらい、多くの球が浮かんでいた――。


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