第1040話 寝坊をするリク



「モニカさん達に怪我をさせるわけにはいかない。まぁ、冒険者だし怪我くらいはするけど、俺が加減もせずに皆に剣を振るうのだけは、嫌だ」


 訓練とかで、模擬戦をする事はある。

 けどそうじゃなく、明確な敵意というか、倒すと言う意思を持って剣を振るうのはそれとは違う……はず。

 そうなったら、モニカさん達は……いや、モニカさんは俺をどんな目で見るのだろうか?

 想像しかできないけど、それは嫌だなと思う。


「……なんだか、姉さんと再会するまで見ていた、夢を見た後みたいな感覚だ」


 狂戦士化? バーサーカーモード? とにかく、あんな風になる原因というか流れみたいなのは、少しわかる。

 ルジナウムの時も、今回も、戦闘に集中……没頭して動きの最適化。

 とにかく頭の中はクリアにして、冷静さを常に保とうとする意識からだと思う。


「一種のトランス状態とか? あの時、異様に周囲の状況がよくわかったし、本当に冷静なのかは怪しいけど……そういえば……」


 冷静さとかとはかけ離れているけど、自分で制御できないというか……制御するという意識が抜け落ちている状況が、他にもあったっけ。

 ヘルサルと、エルフの集落の時だ。

 あの時は確か、マックスさんが俺の事を庇ってくれたり、エルフの姉弟が怪我をしたりとかだったはず。

 あちらは頭に血が上った状態に近かったっけ……まぁ、エルフの集落の時は湧き上がる感情任せじゃないけどね。


「でも、ヘルサルの時は」


 ギリギリで、エルサ達に街中へ逃げるように言う事はできたけど……もしそれすらも意識からなくなって、周囲に皆がいるのに魔法を使っていたら。

 ヘルサルの外壁が溶けてしまう程、自分でも思い出して馬鹿らしいとすら感じる超高熱の魔法を使ったため、ちょっとした影響という言い方じゃ生温い被害が出ていたはず。


「そう考えると、結構ギリギリで一線を越えないと言えるのかも。うーん……だからと言って、自分に過剰な信頼をするのもなぁ」


 それぞれ状況が違い、冷静さでもって剣を振るうか、激情で魔法を使うか、という違いはあるけど……それが妙に合わさった時、俺にとって耐えがたい結果になる可能性だってある。

 自分に自信がないとか、そういうのとは別に、制御できない何かを抱えているような気がして、どうも気が晴れない。


「はぁ……とにかく、なんとなくでもバーサーカーモードみたいになる原因がわかっているから、気を付けよう」


 溜め息を吐いて、わからない事は後回しにし、とにかくあの状態にならないように意識する事が大事と考える。

 集中し過ぎないようにする事、激情に駆られないように気を付ける事、そして戦闘に没頭しないようにする事を肝に銘じておこう。

 自分でもわからない事が多いから、誰かに相談する事もできないし……今は気を付けるしかできないから。

 ……ユノかエルサくらいには、余裕がある時に相談した方がいいかもしれない、俺のあの状態を見ているわけだか、傍から見て何か気付いた事もあるかもしれないからね。


 そうして、モヤモヤとしたものが解消されないまま、今更に重くなった体をベッドに沈ませた。

 緊張状態が解けたから、今更ながらに演習の疲れとかが出ているのかもしれない。

 夕食まで、少し休もう――。



「リ……さんっ! リクさ……!」

「んん……?」


 何か、叫ばれている気がする。

 大きな声……聞き覚えのある声だ。

 あれ、俺寝ていたのか。

 少し休んでおくだけだったのに、熟睡していたのは少し恥ずかしいな。


「んー……」

「リクさん!」

「あれ、モニカさん?」


 声を漏らしながら目を開けると、覗き込むようにしているモニカさんがいた。

 目を潤ませ、俺が目を開けた事でもう一度大きく声を出す。

 どうしてここにモニカさんがいるんだろう? 確か俺は、夕食を待って休んでいただけで……あぁ、戻って来ていたのか。

 という事は、そろそろ夕食も……。


「ごめん、ちょっと寝ていたみたいで。えっと、夕食のために呼びに来てくれたんだよね?」


 俺が体を起こすのに合わせて、モニカさんも離れ、ベッドの横に立つ。

 寝起きでまだぼんやりする頭を整理しながら、モニカさんに謝った。

 ……あれ? 俺いつの間にベッドの中で寝ていたんだろう? 休む前は、足はベッドの外に出していたのに。


「夕食どころじゃないわよ、リクさん! はぁ……良かった……」

「まぁ、起きてくれて何よりだな」

「だから大丈夫だって言ったのだわ。リクの魔力に異常はなかったし、ただ寝ているだけだったのだわ」

「まぁまぁエルサ様。それでも、声をかけても起きず、ずっと寝たままだったのは心配になりますよ」

「そうなの、エルサはもう少し人が心配になる気持ちをわかった方がいいの」

「……ユノも、私に同意していたのに、なぜかいつの間にか悪者なのだわ」

「……モニカさんだけじゃなくて、皆も? えーっと……?」


 俺の質問に再び大きな声を出すモニカさんだけど、すぐに体の力を抜いて溜め息を吐く。

 モニカさんが近かったので気付かなかったけど、部屋にはソフィーやフィネさん、エルサやユノも揃っていた。

 なんとなく、安心したような雰囲気を出して話しているけど、皆俺の部屋に集まってどうしたんだろう。


「リクさん、多分わかっていないんだろうけど……もう朝、じゃないわね。昼に近いのよ?」

「えぇ!?」


 モニカさんの言葉に、驚いてベッドから飛び起きる……いや、体は起こしていたけどベッドから出たって事だ。

 部屋の中は明るく、木の戸が開かれている窓からは日の光が入って来ていた。


「明るい……って事は本当に?」

「えぇ。私達が戻って来た時、リクさんはもう寝ていたの。まぁ、訓練で疲れたんだと思って、そのままにしていたのだけど……」

「朝になっても起きないからな。さすがにおかしいと思って、皆こうしてここにいるわけだ」

「あ、リク様がちゃんと休めるように、体を動かしたのは使用人さん達です」

「リク、体を動かしても全然起きなかったの」

「まったく、私をお風呂に入れるのを忘れて寝ているなんてだわ」


 最後のエルサはともかく、朝になっても起きない俺を心配してくれていたのか。

 いや、さっきのエルサの言葉が本当なら、ユノもあまり心配していなかったみたいだけど。

 寝るつもりはなかったんだけど、いつの間にか寝落ちしていたらしい……ちょっと申し訳ない気持ちだ。


「では、リク様も起きられたので、私は侯爵様に報告を。侯爵様も心配……はい、心配していましたので」

「エルサやユノと話して、笑っていたが……報告は必要だな。私も、宿の者達に言って来る。食べ物は口に入りそうか?」

「あ、はい、お願いしますフィネさん。えーと……お腹は空いているから、入るよ」

「わかった。何か食べる物を用意してもらおう。私達はリクが寝ている間に、朝食を済ませてしまっていたからな」

「うん、ありがとう」


 シュットラウルさんが本当に心配していたのか、フィネさんの言い方だと微妙なところだけど……ともかく、フィネさんは報告に、ソフィーは食べ物を頼みに部屋を出て行った――。



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