第1028話 模擬戦だけでは終わらない
「なんにせよ、これで下の者達はリク殿から絶対的な相手と対峙する恐怖を植え付けられ、今まで以上に訓練に打ち込むだろう。ユノ殿に教えられた者達から、次善の一手という素晴らしい技の伝授もある事で、全体的な戦力向上が見込めるな」
「恐怖を植え付けられって……そんなつもりではなかったんですけど。まぁ、確かに兵士さん達は途中から絶望した表情になりましたけど」
「絶望や恐怖を、命の危険に晒されずに体験できるのは貴重だぞ? 二度とそのような状況にならぬよう、必死に訓練に励むだろうしな。まぁ……辞める者も出そうだが」
「そのような者は、最初から兵士に向いていなかったのです」
「……厳しいかもしれんが、その通りだな。数が減るのは避けたいが、先の事を考えると兵士としての役目を担うのは厳しいだろう」
先の事……シュットラウルさんが考えているのは、おそらく戦争の事。
絶望的な相手と戦うと決まっているわけじゃないけど、それくらいの恐怖から逃げない兵士の方が、後々頼りになるだろう。
というのは、軍事方面に詳しくない俺でもわかる。
「ですがシュットラウル様、おそらくここにいる兵士達にその懸念は見られないかと」
「ふむ、そうか? 先程リク殿が木剣を使ったという話で、恐怖していた者達だが?」
「その絶望や恐怖を与えた相手は、自分達の味方になるのですから。リク様は国の英雄……敵ではなく味方だと考えると、これほど心強い事はありません」
「確かにな……」
厳しい事を言っていたアマリーラさんだけど、兵士さん達の事を信じているのかな? と思いきや、俺に関する事だった。
まぁ、確かにここにいる人達の敵になるつもりはないし、もし帝国と戦う事になればどちらの味方に付くかは決まっている。
英雄とか関係なく、魔物を使って何もしていない人達……むしろ、何もできない人達を害そうとしているのは許せないからね。
冒険者だから、兵士さん達の完全な味方とは言えないかもしれないけど、少なくとも本気で戦う事はないはずだ。
頷いて納得するシュットラウルさんだけど、一部の兵士さんはそれでも不安そうな表情をしていたりする。
本当に辞める人がいないのかどうか、俺にはわからないけど……できれば少ない事を期待したい。
多くの人が辞めたいと言い出したとか聞いたら、訓練でもやり過ぎてしまったと後悔しそうだからなぁ……。
そんなこんなで、模擬戦も終わったし後はユノが次善の一手を教える訓練が終わったら、今日のところは終了かな? と思っていたら、まだあるらしい。
大体一時間程度の休憩を挟んだ後、今度は大隊長さんを始めとした隊長格の人達を全員集めての会議。
会議と言っても、横並びのシュットラウルさんと俺、ユノとアマリーラさんの前に隊長さん達が整列している状態だ。
「模擬戦の余興も終わり、兵士達も十分に休んだだろう。本来の訓練に入る。大隊長、準備の程は?」
え? 模擬戦って余興だったの?
「はっ! 我々以下五百名の兵士全員、準備はできております。模擬戦の疲れもありません。リク様が加減して下さったおかげか、多少の痛みを残している者もいますが、戦えます」
「うむ。ではこれより、演習を開始する」
「「「「はっ!」」」」
え……演習? あれ? さっきの模擬戦で訓練は終わりじゃ……いや、演習は訓練と違って、演習だから演習で……あれぇ?
「む、リク殿、どうしたのだ?」
「えっと……演習なんて聞いていないんですけど……?」
「うむ……そういえば言っていなかったか。元々は、そちらで考えていたのだよ。モニカ殿達も参加すると見込んでな。まぁ、実際には調査の依頼で今日はいないわけだが……模擬戦の様子などを見る限り、リク殿とユノ殿の二人でも十分だと感じたのでな。幸い、兵士達も模擬戦で大きな怪我はなく、疲れもそれほどではない様子だった。リク殿も同様に疲れていない様子だし……何より……」
予想していなかった事に、頭の中で混乱していた俺の様子に気付いたシュットラウルさんが、話していなかった事をすまなさそうにしながら説明してくれる。
模擬戦では、ほとんどの兵士さん達をすぐに弾き飛ばしたから、確かに疲れは少ないだろうし俺もあんまり疲れていないけど……。
こんな事なら、もう少し兵士さん達が疲れるような戦い方をした方が良かったかも? それこそ、もう少し強く木剣を打ち付けるとか……いやいや、あれ以上は内臓も危険になりかねないから、あれくらいで良かったと思うけど。
「私がやりたいって言ったの!」
「え、ユノが?」
シュットラウルさんが最後に少し言い淀んだ後、手を挙げて楽しそうに言い放つユノ。
「リクが皆に訓練をするだけじゃなくて、リクも経験しておいた方がいいの。参加するかしないかは、私じゃなくてリクが決める事だけどなの」
ユノが参加って言っているのは、多分戦争にって事だろう。
訓練……演習だから本当の戦争とは違うものだろうけど、想定して行われるものだから、近い体験はできるって考えかな?
「ユノ殿と、次善の一手を指南している時に話したのだ。こちらも、規模の大きい演習ができるからな。まぁ、リク殿が断るのであれば、兵士を半々に分けての演習にするつもりだがな」
「うーん……ユノが言っているなら、俺にも必要な事なんだと思いますけど……」
演習かぁ……それってさっきまでの模擬戦と違って、一対一ではなく多数の兵士さんが向かって来るって事になる。
まぁ、魔物相手には何度か経験した事だけど……。
「手加減できるかが、ちょっと不安ですね」
「っ!」
俺が呟くと、大隊長さん含め話を聞いていた隊長格の人達の体が硬直したような気がする……。
演習なのだから、相手の命を取らないように注意しなければいけないのは、当然の事だ。
模擬戦よりも怪我をさせる可能性は高いけど、ある程度の怪我なら俺が治せるし、兵士さん達やシュットラウルさんも織り込み済みだろう。
でも、一度に来られたら上手く加減ができるかどうか。
「ふむ、確かにな……二名対五百名の演習ともなれば、加減は難しいか」
「ん? ちょっと待って下さい、二名対五百名……ですか? その、二名というのはもしかして?」
「もちろん、リク殿とユノ殿だ。まぁ、ユノ殿と話した限りでは、戦うのはほぼリク殿と言われたが」
「え……それじゃあ実質一対五百じゃないですか。さすがにそれは……」
五百名の兵士さん……規模で考えれば、ヘルサルなどの魔物の大群よりも数は少ないし、やろうと思えばなんとかなる、と思う。
けどそれは、加減を考えずに相手を殲滅するならばだ。
さすがに、その規模で多少の怪我で済ませられる自信は俺にはない……エアラハールさんとの訓練で、剣の加減はある程度できるようになったけど。
「大丈夫なの。リクがやりすぎそうな時は私が止めるの。それと、魔法は特定の場合のみ、防御をするための結界を少しだけ使う程度にするの。だから、私はリク側にいるけど戦うのはリクで、私は見守っておくの」
「……それって、ユノの注意を聞きながら、俺一人で兵士さんを相手にしろって事じゃないか」
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