第1026話 必死な二刀流さんとアマリーラさん



「いや、そうでもないですよ?」

「ぐぅっ!」


 話しかけながら、振り下ろされる二本の剣を木剣で受け止めると同時、踏み込んで来る二刀流さんに向かって右足を出す。

 鎧を着ているとはいえ、カウンター気味に蹴りがお腹に入り、息を詰めながら勢いを殺されたので、二刀流さんが振り下ろした剣は木剣で軽々と受け止める事ができた。

 冷静に上手く武器を使えていれば、どちらかの剣は俺に当てられたタイミングだっただろうし、力が入っていないとはいえ、俺からの蹴りを受ける事もなかったと思うんだけどなぁ。


「こんな……こんな……」

「ん?」


 俺が出した足が原因で、体重が乗せられずに軽い二本の剣を横に流して足を戻し、仕切り直しにしようとしたところで、俯いてワナワナと震えながら何やら呟く二刀流さん。

 チャンスと思っていたのを軽々と受け止められるどころか、反撃までされたので、落ち込んでいるとかだろうか?


「……アマリーラ様の近くは、俺が一番相応しいんだっ!」

「うぉっと! よっ、ほっ、はっ……っと」


 キッと俯いていた顔を上げ、叫びながら猛然と剣を振る二刀流さん。

 ただ、これまで以上に単調で直線的な動きだったため、避けるのはたやすい。

 疲れとか気にせず、感情のまま全力で振るっているから当たれば痛そうだし、振りそのものは速いけど、無駄な動きが多い。

 エアラハールさんと訓練を始めた時の俺も、力任せに剣を振る事が多かったから、もしかしたらこんな感じだったのかもなぁ……。


「それにしても、アマリーラさんかぁ……」

「くっ! 何を笑っている!」

「いや、笑うつもりはなかったんですけど……すみません。でも、成る程なぁ。いや、確かにアマリーラさんは小柄で可愛らしい人ですし、厳しそうな雰囲気も真面目な人だからで、魅力的な人ですよねぇ」


 二刀流さんの攻勢を避けたり受け流したりとしながら、これまでの態度はそういう事かと納得。

 笑うつもりはなかったんだけど、無意識のうちにニヤニヤしていたらしい………二刀流さんに言われて気付いた。

 アマリーラさんは、凛とした雰囲気で美人とも言えるし、笑った時などは小柄なのも相俟ってかわいらしいと表現ができる人だ。

 日本で生まれ育った俺からすると、耳や尻尾がモフモフそうなのも可愛いと思える要因かもしれないけど。


 叫びつつも、剣を振り回す二刀流さん……避けながらふと見てみると、円の外で待機している兵士さん達がニヤニヤしていた。

 どうやら、この二刀流さんがアマリーラさんに対して好意を持っている事は、羞恥……じゃなかった、周知の事実らしい。

 俺に弾き飛ばされて積み重なっている兵士さん達すら、生温い目をしながらニヤニヤしているし。


「そ、そ、そ、その通りだが……お前に何がわかるっ!」

「まぁ、会って数日しか経っていないので、確かに俺がわかる事は少ないんですけどね」

「俺は……兵士に志願する前から、アマリーラ様の事を見ていた! ようやく小隊長になり、少しは近付けたと思っていたのに……お前はいきなり現れたと思えば、隣で親しそうに、いや……従えるようにしてっ!」


 アマリーラさんなら、好意を持っている人がいても不思議じゃないよなぁ……と納得しながら話したら、顔を真っ赤にした二刀流さんに怒られた。

 確かに、会ったばかりの俺が訳知り顔で言っていたら、嫌な気分なのかもしれない。

 それからも、二刀流さんはほとんど息継ぎなしに二つの剣を振り回しながら、叫び続ける。

 ……短い言葉を叫ぶならまだしも、アマリーラさんへの思いを叫び名がらも、休む事なく剣を振り続けられるのはある意味凄い……体力的にも、精神的にも。

 あ、何人かの兵士さんが、深く頷いているけど……もしかしたら二刀流さんの小隊に所属する人達かな?


「……アマリーラさんを雇っているのはシュットラウルさんですし、俺が従えているわけでは……って、アマリーラさん?」

「……」


 従えているという程ではないんだけどなぁ……と思って、二刀流さんに言いながら、アマリーラさんの方を見てみると、そっぽを向いていた。

 俺から見える横顔は、口を引き結んで目を閉じて何かに耐えるような表情ではあるけど、頬などは真っ赤に染まっている様子。

 もしかして、二刀流さんが叫んでいる事を聞いて、照れているのかもしれない。

 ……脈あり?


「くそっ! お前なんかに! お前なんかに!」

「うーん、完全に冷静さを失っている……」

「リク様ー! そいつ、一度殴っておとなしくさせないと落ち着かないので、思いっ切りやって下さい!」


 冷静さを欠いた剣は、最小限の動きで簡単に避ける事ができる。

 避けるだけなら、作業化していた兵士さん達を弾き飛ばすのよりも、体力を使わないくらいだけど……いつまでもこのままってわけにもいかない。

 言葉で止めるのは難しそうだし、審判役のアマリーラさんはそっぽを向いたまま。

 とりあえず決着を付けていいのかと悩んでいると、野次のように円の外から別の小隊長さんから、声が掛けられる。

 殴るかはともかく、一度ガツンとやらないといけないって事か……それなら……。


「くっ……この!」

「ちょっと落ち着いて下さいねーっと! はっ! てや!」

「っ!? 剣が……ぐぅっ!」

「これでよし、と」

「「「おぉ……」」」


 規則性もなく、ただ振り回されるだけになっていた剣の軌道を見て合わせ、木剣で柄に近い部分を打ち付けて左、右と左右二本の剣を続けて弾き飛ばす。

 手から武器が完全に離れた時点で終了のはずなんだけど、頭に血が上った状態の二刀流さんは止まりそうになかったので、驚愕している表情をしている隙に、木剣を振った勢いのまま左足を回し蹴りのようにして、二刀流さんの右脇腹を蹴り飛ばした。

 くぐもった声と一緒に、大きく飛んで円の外……場外負けした兵士さん達の山を越えた向こう側へ飛んで行った。

 ……加減のための利き足じゃない左足でけったんだけど、それでもちょっとやり過ぎたかもしれない……金属製の鎧、木剣を当てる以上にへこんでいたみたいだし。


「えーと、アマリーラさん?」

「……あ、えっと……し、終了。そこまで……です……」


 兵士さん達の歓声を聞きながら、そっぽを向いたままのアマリーラさんに声をかける。

 審判役なのに、終了を告げる声がなかったからなんだけど……俺から声を掛けられて、ようやく気付いたアマリーラさんは、出会ってからこれまでの中で、一番小さい声で宣言した。


「大丈夫ですか、アマリーラさん?」

「も、問題ありま……きゃ!」

「きゃ?」


 終了を告げた後も、しどろもどろになっている様子だったので、声を掛けながら近付いて、そっぽを向けたアマリーラさんの顔を覗き込むようにする。

 しかし、俺と目が合った瞬間に、何やらかわいらしい悲鳴っぽい声を上げていた。

 円の外にいる兵士さん達が、色めきだっている気がする。


「ナ、ナンデモアリマセン。キニシナイデクダサイ」

「なんで片言に……」


 照れるにしても、二刀流さんはもうおとなしく……というか、円の外に行ってしまったので近くにいないんだけどなぁ。

 ちなみに二刀流さん、俺に蹴られた部分の痛みに悶絶しながら、部下と見られる兵士さん達に優しく介抱……いや、慰められている。

 男同士で、色々と共感している様子だし、大丈夫そうだ……まぁ、精神的にはわからないけど――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る