第1019話 貴族は忙しいらしい



 部屋に戻って抱いているエルサを撫でつつ、軽口のようななんでもないやり取りをする。

 いつもは俺の頭にくっ付いている事が多いため、あまり抱いている状態なのは少なかったっけ。

 まぁ、外を移動している時は荷物を持っている事が多いし、頭にくっ付いていてもらう方が便利なんだけど。

 手でエルサの毛……モフモフを撫でながら、部屋にあるソファーに座る。


 キューをたらふく食べた満足感があるからか、抗議か注意かよくわからないエルサの言葉には、あまり力がなかった。

 ただ、人聞きが悪いのでこちらも言い返すけど、特に気にせずエルサを撫で続ける。

 というか、エルサの言う変な所ってどこだろうか……? 犬とそう変わらない形なのはともかく、お腹とか? あとお尻とか……

 でも、その辺りを触っても何も言われないんだよね。

 もしかすると、エルサにとって触られて嫌な場所があるのかもしれない……くすぐったいとか。


「あ、さすがにちょっと毛が絡まっている部分があるか」

「リクが戦闘したから仕方ないのだわ。くっ付いているのも一苦労なのだわ」

「いや、そうまでしてくっ付いていなくていいと思うんだけど……戦闘になったら離れればいいのに」


 エルサを撫でる手が、絡まった毛に引っかかって止まる。

 戦闘や空を飛んだりして、動いているからそうなるのも仕方ないか……お風呂で洗って、ちゃんと梳かさないとな。

 エルサ自身は、簡単な戦闘の時は離れる気があまりなさそうだけど、多分俺の魔力が漏れているからとかなんだろう。

 以前、漏れた魔力を吸収するような事を言っていたし、それが心地いいとも言っていたから。

 だからって、歩いている時より激しく動いているのは間違いないのに、それでも頭にくっ付いて寝ているのは、どうかと思うんだけどね。


 その後、エルサを撫でてのんびりと過ごし、フィリーナが上がったと執事さんが報せてくれたので、体を洗いにお風呂場へ。

 エルサを丹念に洗って、手が引っかかるような事がないよう梳かしていたら、昨日に引き続きシュットラウルさんの登場。

 仕事は? と思ったけど、息抜きも兼ねてらしい……隣の宿にもそれなりに広いお風呂があるみたいなのに、わざわざこちらに来なくても。

 一人で入るより、誰かと入りたいお年頃? なのかもしれないね、という事にしておこう。


 さすがに連日お風呂場で長話をしたりはせず、適当に雑談をして仕事に戻るシュットラウルさん……遅くまでお疲れ様です。

 俺は、エルサをドライヤーもどきで乾かして、モフモフの維持をしてから就寝。

 明日は、エルサと別行動か……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、寝る時にエルサを強く抱きしめてモフモフを堪能させてもらったけど。

 寝苦しかったのか、朝起きた時は人間くらいの大きさになっていた……小さくて潰れかけたとかではないと思いたい――。



「リク様、シュットラウル様が来られました」

「はい、わかりました」


 翌日、朝食後にエルサを連れ去って行くソフィー……というか、調査をしに行くモニカさん達を見送り、部屋で一人暇を持て余していた俺。

 そろそろ昼も近くなって来たなぁ、という頃になって、シュットラウルさんが迎えにきた。

 俺が迎えに行くと、朝食後にすぐ行っていただろうから、向こうの予定に合わせて良かった。


「おはよう、リク殿」

「おはようございます、シュットラウルさん」


 もうすぐ、こんにちはと言った方が相応しい頃合いになるけど、とりあえずその日最初の挨拶として朝の挨拶。


「……大丈夫ですか?」

「問題ない。これくらいの事はよくあるからな、慣れている」


 シュットラウルさん、目の下にはっきりとした隈があって見るからに疲れている様子。

 昨日はあまり寝られなかったのだろうか? と思って声をかける。

 俺の貴族に対するイメージとしては、毎日優雅に景色を眺めてお茶を飲んで過ごすとかだけど、慣れているって事は、忙しいのはいつもの事なんだろう。

 そりゃそうか……領地に拘わる様々な事をしなきゃいけないんだから、ずっとのんびりなんてしていられないか。


「昨夜は、空が明るみ始める頃まで起きていたからな……少々寝不足なだけだ」

「明るみ始めるって、ほぼ徹夜じゃないですか……」


 いつまで寝ていたかはわからないけど、明るくなり始めた頃に寝たのなら、ほとんど寝られていないと言っていいと思う。

 やっぱり、姉さんから貴族にならないかという誘いが来た時、断っておいて良かった。

 今でも色々忙しい事はあるけど、徹夜はあんまりしたくない。

 報告書を読んだり、書類仕事が多そうだし……机についてずっと仕事をするよりは、今のように色んな所に行って体を動かしていた方が、性に合っているだろうからね。


「領主として、管轄の街にきた以上は報告だなんだとやる事が多くてな。昨日はほぼリク殿に付いていたし、今日は兵士の訓練だ。先んじて仕事を片付けておいたのだよ。それに、昨日話した魔物に関する事や、兵士をセンテに来させたので、それに関する処理も必要だしな」

「そんなものなんですね。大変そうですけど……今日は大丈夫ですか?」

「なに、訓練をするのは兵士だからな。私は、高みの見物というと印象が悪いが、じっくりと見させてもらうさ」

「まぁ、あまり無理をしないのであれば、大丈夫なんでしょうけど」


 兵士を動かすのにも、色々手続きというかやっておかないといけない事があるんだろう。

 それに、昨日に続いて今日も外に出るため、先に処理しておく事柄や調査に関してもやらなければならない事があったらしい。

 シュットラウルさん自身が訓練に参加する、とかでなければまぁ、多少寝不足でも大丈夫か。


「リクー、準備終わったのー!」

「ちゃんと皆には挨拶してきたか?」

「うん、もちろんなの!」


 玄関でシュットラウルさんと話していると、元気な声を出して階段を駆け下りて来るユノ。

 ユノ自信は準備らしい準備も必要な人だけど、待っている間、昨日と同じく使用人さん達と遊んでいたため、その片づけをしていた。

 物を壊したり汚したりはしていないけど、今日は道具を使っていたみたいだからね……お手玉みたいな物でキャッチボールとか、屋内でする事じゃないだろうに。

 使用人さん達が楽しそうだったので、物を壊さないよう注意だけして、俺は部屋で待っていたんだけど……とにかく、ユノの準備は散らかしたお手玉らしき物の片付けとかをしていたってわけだね。


「それじゃ、ユノも来た事だし、兵士さん達の訓練に行きましょうか」

「うむ……と言いたいところだが、少し待ってくれ」

「え?」


 早速訓練にと思ったんだけど、シュットラウルさんに止められた。

 何か他にやる事や準備があるのだろうか?


「もう少ししたら来るはずだが……」


 そう言って、入ってきたまま開けっ放しになっている玄関を見るシュットラウルさん。

 すぐに出る予定だから、玄関が開いたままなのは別にいいんだけど、誰が来るんだろう? と思っていたら、小柄な影が外から駆け込んできた――。



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