第995話 驚かせてしまったけど好評の様子



「あれ程の戦いを見せられて、私の動きを参考にというのもよくわからんが……見てみろ」 

「え?」

「「「……」」」


 溜め息を吐くように首を振りながら、シュットラウルさんが示した先には、未だこちらを見て抜き身の武器を持った兵士さん達だった。

 そちらでは、誰一人身動きする事なくこちらを……俺を注視しているようだ。

 あ、リネルトさんも走る恰好のまま止まっているね、アマリーラさんは他の兵士達と同じだ。


「通常、アダンラダは複数で対処するのが望まれる。まぁ、一体につき一人でも倒せるのだが、動きに翻弄されないためにだな。それを、一人で軽々と三体……しかもアダンラダよりも速い動きで圧倒するのを見せれば、あぁなる」

「あー……」


 確かに、俺はアダンラダに避けられないよう剣を振るった……その動きはアダンラダの動き以上だった、というのは離れて見ている人達からは一目瞭然だったんだろう。

 これも、最善の一手を使うためにひたすら鋭く剣を振るう事を意識して、訓練していたおかげかもしれないね。

 最近は素振りをする時、以前偶然なのかなんなのか、最善の一手らしき技が使えた時の事を思い出していたりするから。


「ともかく、リク殿は英雄と呼ばれるに相応しい強さを見せた、という事だな」


 シュットラウルさんのその言葉で、この場を締めて兵士さん達に後片付けを任せる事になった。

 兵士さん達がそれぞれ、歓声をあげたり落ち込んでいたり、様々な反応をしていたけど……概ね問題ないとしておこうかな。

 一部、泣いていた人もいたけど、あれはどういう意味だったのかよくわからなかった。



「リク様すごいですね~。私も、速度には自信があったんですけど、アダンラダより速くってのは真似できそうにありませんよ~」

「こらリネルト、失礼だぞ。申し訳ありませんリク様。先程の戦い、素晴らしく鮮やかでした。目に焼き付ける事ができて光栄です」

「あははは、いやまぁ、皆に怪我がなかったのならそれで……」



 アダンラダとの戦いを終えて、フィリーナ達の待つクォンツァイタ安置所の正面に戻りながら、リネルトさんとアマリーラさんからしきりに話しかけられる。

 二人共、凄い勢いで尻尾が振られていて、感動しているというか喜んでいる様子が伝わって来るけど……そんなに振られたら、尻尾のモフモフが気になって仕方がない。

 リネルトさんの牛の尻尾らしき物は、先の方にあるモフモフが……アマリーラさんの方は、細いながらも尻尾全体を柔らかそうな毛で包まれていて、ついつい視線がそちらに吸い込まれてしまう。


 チラチラとそちらを見ていたら、戦闘中も頭にくっ付いたままだったエルサが、何かを主張するように俺の頭をギリギリ締め付けたりするんだけど。

 というか、頭の上にくっ付いているのになぜ俺の視線がわかるのか……あ、契約しているからか。

 感情というか考えというか、そういう何かがエルサに少し流れていっているからだろう。


「はっはっは! リネルトもアマリーラも、リク殿に取られてしまったな!」

「いやいや、別に取っていませんし、取るつもりもありませんから」

「だが、随分と懐いているぞ? リネルトやアマリーラが、それほど尻尾を振るのは私以外にはほとんど見た事がない。食事の時くらいか?」

「侯爵様、私達はそれほど食い意地は張っていません」

「あ~、確かに食事は楽しいですから、尻尾が勝手に動くのも仕方ないですよね~」


 笑うシュットラウルさんに、抗議するように言うアマリーラさんだが、リネルトさんは食事の時は同じように尻尾を振ると認めていた。

 身長だけでなく性格も対照的な二人だけど、これはこれで見ていて楽しい。


「ですが侯爵様、獣人であれば私達のようになるのも、当然の事かと。特に、戦闘を生業とする獣人であれば」

「そうだな。お前たち獣人、傭兵をしている者たちは特に強さにこだわるからな。単純な強さ、魔力量や魔法の強さ、人としての強さ……惹かれるものはそれぞれだが、リク殿はそのどれもを持っているのだろう」

「はい~。リク様でしたら、何もしなくても獣人の国に行けば英雄扱いですよ~」

「そ、そういうものなんですか?」

「ま、まぁ、実際に戦う姿を見ないとわからない事もあるので、リネルトが言っている事は大袈裟ではありますが……でも、アランラダをあれ程圧倒する戦いを見せれば、一瞬で国賓扱いになるかと。アダンラダを倒すだけなら、多くの獣人が成し得ますが、あれ程の戦いができる者はほとんどいません」

「ほとんどって事は、少しはいるんですよね? だったら、英雄とか国賓扱いまではさすがに言い過ぎな気がしますけど……」


 さすがにリネルトさんが言うように、何もしなくてもというのはないだろうし、他にもあれくらいの戦いができる人がいるなら、いきなり英雄や国賓になるのは言い過ぎだと思う。

 でも、獣人の国かぁ……。

 少し……ほんの少しだけど、リネルトさんやアマリーラさんの尻尾や耳を見て、モフモフがいっぱいありそうでそれらに囲まれるのを、想像してしまった。


「同じ事と言えば、できるとしたら獣王様くらいか?」

「それと、獣王様に従う国の精鋭から数人、です」

「獣王様?」

「獣人の国の王、だから獣王だ。獣人を統べるにはなんらかの能力に秀でておらねばならんらしくてな」

「現在の獣王様は、知識の深い方ですが武力が特に優れておられます。全ての獣人の頂点です。獣人の王はこの国のように世襲ではなく、強さにおいて決められます。知識、魔力、武力、またそれらを総合した力など……基準は多々ありますが、優れた獣人が王になる事だけは変わりません」

「へぇ~、そうなんですね。獣王様かぁ……」


 強さとか力が重要視されるというと、弱肉強食という言葉が浮かぶけど……獣と合わさったような人、獣人だからそれも少し納得。

 とは言え、殺伐とした国ではないだろうというのは、リネルトさんのほんわかした性格を見ていると、なんとなくわかる。

 それにしても獣王かぁ……パッと思い浮かぶのは、百獣の王ライオン。

 立派なたてがみに、肉食獣ならではの爪や牙……たてがみとか、すっごくモフモフそうだ……国の王様に対して、モフモフしたいと考えるのはすっごく失礼だろうけど。


「いずれリク様を、我ら獣人の国に招待したいですね」

「あはは、機会があれば俺も行ってみたいです」


 まぁ、やる事があるから今すぐというのは無理だけど。

 戦争がどうなるか次第か……? でも、いつかはアマリーラさんの誘いに乗って、行ってみたいな。


「あ、リク。もう終わったの? 歓声が聞こえたけど」

「お待たせフィリーナ。うん、終わったよ」

「そう。それじゃ、クォンツァイタの魔法具化に取り掛かるわね」

「アマリーラ、リネルト、念のため周囲の警戒を」

「「はっ!」」


 獣人の国の事などを話しながら、建物の正面に戻ってフィリーナと話す。

 見晴らしのいい場所で、魔物の姿は見られないから大丈夫だろうけど、念のため警戒してくれるアマリーラさん達を見送りつつ、魔法具化の作業。

 とは言っても、もうクォンツァイタの準備は終わっているし、フィリーナが処置するだけなんだけどね。



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