第994話 アダンラダ討伐



「本当に猫みたいだ。魔物だからか、大きいし顔は凶悪だけど」


 遠目では、黒い四足歩行の魔物くらいにしか見えなかったけど、近付くとその姿がはっきりと見える。

 黒い毛に覆われた形は猫そのものなんだけど、体は一メートル前後で猫と言うには大きい……これくらいの大きさの猫がいないかどうかはわからないけど。

 異様に長い尻尾は、体の倍以上はありそうで、地面に垂らしていたりゆらゆらと揺らしていたりと様々だ。

 ただ一番印象的なのは、こちらに向けている顔……青くて、光っているようにすら見える瞳に、ピンと立っている耳、小さな鼻。


 さらにアダンラダの口は、四体とも開かれて牙を剥き出しにしており、俺達を襲う気だというのがよくわかる。

 しかもその口は、耳近くまで裂けるようにして開かれていて、顔の上半分と下半分がパックリと別れて異様な見た目になっている。


「そろそろか……これ以上近付けば、向こうから飛びかかって来るだろう」

「そうですね。先制攻撃を向こうにあげるのも嫌ですし、こちらから行きましょう」


 残り数メートル……お互い飛びかかれば、一瞬で距離を詰められる場所で一旦止まり、シュットラウルさんと話す。

 アダンラダの方も、姿勢をさらに低くしたり尻尾を忙しなく動かし始めていて、それ以上近付いたら……と言っている様子にも見えた。

 向こうから飛びかかられるより、こちらから先に動いた方が良さそうだ。


「うむ。ではリク殿、英雄と呼ばれるその実力、見させてもらうぞ。まぁ、相手が不足しているかもしれんがな……っ!」

「こちらこそ、シュットラウルさんの動きを見させてもらいますよ……はぁっ!」

「っ!? 早いっ!」

「RYUAAA!!」


 ほぼ同時にアダンラダへ向かって駆けだし、一瞬で突出して一番近いアダンラダに肉薄し、剣を横に薙ぐ。

 猫とはとても思えない、低くおぞましい断末魔の叫び声を上げて、一体目のアダンラダの首が飛んだ。


「次! っと、さすがに動きが早いのか。でも……っ!」

「RYAAA!!」


 残ったアダンラダの首から下が、力なく倒れる前に、別のアダンラダへと狙いを定めるが、すぐに飛び退って俺から距離を取った。

 いきなりの事で、アダンラダ達からは戸惑いながらも警戒する雰囲気を感じるけど、落ち着いて動き始める余裕なんて与えない。

 下がった三体のうち、一体が地面に着地する前に駆け寄って再び剣を横薙ぎに振る。

 俺の剣は、すんなりとアダンラダの前足のうち、片方を半ばで斬る事に成功……ボロボロの剣を使うのも、結構慣れて来たなぁ。

 

「アダンラダ以上にリク殿の動きが早くて、とてもではないが追い付けんな。だが、こちらも負けていられんのだよ! せぁっ!」

「RYAA!」


 足が一本斬られたアダンラダが、着地に失敗しながらも俺に向かって尻尾を伸ばして来たのを避け、斬っている間に、後ろから追い付いたシュットラウルさんが別のアダンラダへ、レイピアで走り込む勢いのまま突き込む。

 そちらのアダンラダは既に着地して体勢を整えられていたようで、シュットラウルさんの接近に気付いたアダンラダに避けられてしまう。

 さらに、右前足の鋭い爪を伸ばして、シュットラウルさんに飛びかかった。

 傍から見ているからよくわかるけど、アダンラダの動きは確かに速いね

 

「甘い。アダンラダをあの程度の突きでやれるとも思っておらん。ぬん!」

「RYUA!? RYU……GUGIGIGIGI……」


 渾身の突きを避けられて、態勢を崩しているように見えたシュットラウルさんは、流れるような動作でレイピアを引き戻し、襲い来るアダンラダの方へ体の向きを変える。

 最初から狙っていたのか……。

 シュットラウルさんのレイピアは、飛びかかるアダンラダのお腹に深々と突き刺さった。

 一瞬何が起こったのかわからない、といった風に目を見開いたアダンラダは、突き刺さったレイピアにぶら下がったままジタバタとしながら声をだしていたけど、やがて声も動きもなくなって動かなくなった。


「RYA!」

「おっと危ない。シュットラウルさんに負けていられませんね。こちらも……せいっ!」

「RYU……」


 俺の視線と意識が、シュットラウルさんの方を向いていると判断したのか、まだ無事だったアダンラダが飛びかかって来る。

 体を回転させつつ、飛びかかりを避けながら足や尻尾を斬られて、満足に動けないアダンラダに剣を振って胴体を斬り裂く。

 さらに、横を通過していくアダンラダにも、回転する勢いのまま剣を振って斬り倒した。

 短い声を出して、力なく倒れたり地面に落ちるアダンラダ……これで、四体全部討伐完了だ。


「よし……っと。この剣にも随分慣れた、かな?」

「……」

「あれ、シュットラウルさん。どうかしましたか?」



 折れる事なく、ボロボロの剣を使って魔物を倒せた事に、満足感と慣れを感じながら鞘に納める……納める時にも気を付けないと、錆びた部分が引っかかって折れてしまいそうだけど。

 ふと、視線を感じたのでそちらを見てみると、レイピアを持ったままのシュットラウルさんがこちらを見て動かないので、首を傾げながら声をかける。

 さすがに、突き刺したアダンラダからはレイピアを抜いているけど。


「いや……想像以上に鮮やかな戦闘だったのでな。少々驚いてしまった」

「鮮やかって言うなら、シュットラウルさんも鮮やかでしたよ? 駆け込んでからの一撃目、わざと避けさせたんですよね?」

「まぁ、な。アダンラダは素早く、避ける事に関してはかなりのものだ。だが、攻撃に転じた時が最大の隙を見せるのでな。わざと避けさせて、向こうから飛びかかるよう仕向けたのだ。とは言っても、避けなければ最初の一撃でも倒せるくらいには力を込めたつもりだが」


 シュットラウルさんは、俺の戦いを見て驚いていたようだけど、俺からするとシュットラウルさんの戦いの方が凄いと思った。

 本人が言っている通り、避けなければ最初の一撃で仕留められるくらいの突きでありながら、最初から避けられる事を想定して、向こうからの攻撃を誘い、そこにカウンターのようにしてレイピアを突き刺す……という事だろう。

 俺みたいに、力任せや場当たり的に動くのではなく、先の事を考えて動いているわけだからね。

 アダンラダの事を知っているからというのもあるんだろうけど、相手の動きを予測して倒す方法を考え、その通りに過不足なく動くというのは中々難しい。


「あの戦いでは、兵士達も参考になるかどうか……いや、良いものを見させてもらった」

「そうですか? まぁ隠す程の事ではないので。俺としては、シュットラウルさんの戦い方の方が参考になりましたよ」


 ユノのように、圧倒的な技量で戦われたらよくわからないけど、魔物を倒していた……なんて事になっていただろうし、あんまり参考にならない。

 むしろ、どこがどうすごい技量なのかすらわからないくらいだ。

 エアラハールさんは、見本を見せてくれる時もあるけど……どちらかというと避けさせてからというよりは、避ける事すらできない一撃を、という方向性だからね。


 近いのはヴェンツェルさんかな? でも、あの人はもう少し力寄りな感じもする、あの筋骨隆々な見た目のせいもあるけど、使っていたのも大剣だったし。

 ともあれ、戦いの参考になるという意味では、先程のシュットラウルさんの動きが一番参考になるだろうし、本心だ――。



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