第981話 用意された宿はまるでお屋敷



「……こちらが、宿になります。センテに滞在される間、自由にお使いください」

「お使いください~」

「えっと……宿?」


 アマリーラさん達に案内されたのは、庁舎区画に近い場所。

 それだけならまだ良かったんだけど、宿と言われたのは貴族が住んでいてもおかしくない、大きな家……屋敷だった。

 王城や、フランク子爵邸より小さいのはそりゃそうだと思うけど、それでも十分過ぎる程大きい。

 モニカさん達が王都で泊っている、用意された宿よりも大きいんだけど……。


「宿というより、屋敷ね」

「この辺りは、大きな家や屋敷が多いのは知っていたが、あまり冒険者が寄り付かない場所だな」

「……石で造られているのね」

「立派な屋敷ですね。リク様に相応しいかと」

「わー、おっきい家なのー!」


 モニカさんとソフィー、フィリーナは屋敷を見上げて。

 フィネさんはなぜか深く頷いて納得していて、ユノは手放しで喜んでいる。


「えーっと、本当にここが宿でいいんですか?」

「はい。こちらは要人用の宿になっています。大きめの街には、こういう宿が幾つかあるものです」


 確かに、ヘルサルでも王都やルジナウムでも、街中の一画に大きな屋敷があったりしたけど……貴族が使う物で、俺には縁がない場所だと思っていたんだけどなぁ。


「……もしかして、ここはシュットラウルさんが泊まっていたり?」


 シュットラウルさんと一緒とは聞いていないけど、それであればわからなくもない。

 貴族の人がいるとなれば、これくらい大きな宿? が用意されるものだろう、多分。


「いえ、ここはリク様方のための宿になります。ルーゼンライハ侯爵様は、別の……あちらの宿に」

「あっちって……」

「向こうも、それなりに大きいわね。私達というかリクさんだけど……泊まる宿よりも小さいわ」

「何やら、こちらの宿と繋がってもいるように見えるが……」


 アマリーラさんが、シュットラウルさんの泊まる宿として示したのは、俺達が泊まる予定らしい宿らしき建物のすぐ隣。

 塀で区切られているけど、三階くらいの高さの部分が繋がっている、一応は別の建物だった。

 モニカさんの言うように、俺達が泊まる宿の建物より少し小さく、具体的には俺達の方が四階建てで、シュットラウルさんの方が三階建て。

 さらに、建物の横幅や奥行きも俺達が泊まる方が、一目でわかるくらい大きい……一体何部屋あるのか見当すらつかない。


「ルーゼンライハ侯爵様は、リク様を最大限に歓迎しようとされています。陛下からももてなすよう言われてもいるようです」


 姉さん……特別にもてなさなくても、そこらにある一般的な宿で良かったんだけど。


「それに~、侯爵様の命の恩人でもありますから~」

「英雄リク様がいなければ、ルーゼンライハ侯爵様は今頃生きてはいなかったと……常々言っておられます」

「あー……えっと……まぁ、確かに助けましたけど。……成り行きなんだよなぁ」


 シュットラウルさんを助けようというか、姉さんを助けるついでだったりしたんだけど。

 まぁ、本人が恩に感じている事だから、特に何か言う必要はないか。

 でもさすがに、貴族の侯爵様であるシュットラウルさんより、大きく豪華な建物で寝泊まりするのはちょっとなぁ……。


「その、せめてシュットラウルさんと泊まる場所を、交換できたりはしませんか?」

「……屋敷に見まがうほどの宿に泊まるのは、断らないのね」

「まぁ、諦めたのだろう。リクがこういう押しに弱いのはいつもの事だし、せっかく用意してくれたのだから断るのも失礼に当たる」


 断ろうとしたら断れるんだろうけど、別に意固地になる所でもないからね。

 それに、実際宿とは言えない程の大きさには驚いたけど、こういうところに寝泊まりするのが嫌いじゃないし……むしろちょっと興味がある。

 王城はもっと大きいだろうとか言われそうだけど、あそこは旅先の宿とか、そういう感じは一切ないからね。

 部屋を一歩出たら、兵士さん達が行き交っていたり、女王陛下や貴族の子息が遊びに来たりするし。


「ルーゼンライハ侯爵様からは、リク様をこちらにと承っております。侯爵様のお命を救い、女王陛下から信頼され、国民から広く英雄と称えられる方なのですから、当然の事でもあります」

「当然の事ですよ~」

「そ、そうですか。当然なんですか……はぁ。仕方ないか」


 真面目なアマリーラさんと、言葉尻を真似るリネルトさん。

 断るという選択肢はないわけだし、ここは諦めて大きい方の宿に泊まるしかなさそうだ。

 溜め息は吐いたけど、嫌々ではないし嬉しいんだけどね。


「せっかく用意してくれたんだ、英雄らしくどんと構えて楽しんでもいいんじゃないか?」

「リクも楽しむのー! かくれんぼとか、鬼ごっこもできそうなの!」

「かくれんぼ? 言葉からなんとなくわかりますが、鬼ごっことは一体……」


 ソフィーが俺の肩をポンと叩いて言って来る。

 ユノは屋敷の中を走り回って遊びたい様子で、フィネさんは鬼ごっこが何かわからず首を傾げた。


「こんなお屋敷で、そういう遊びはできないんじゃないかなぁ? まぁ、ソフィーの言う通り楽しめばいいか」

「どんと構えているリクさんってのも、ちょっと想像しづらいけどね」

「俺自身でも想像できないよ、モニカさん」


 豪華なお屋敷で、走り回って遊ぶのはさすがになぁ……と言葉をかけつつ、楽しむ事に決めた。

 モニカさんも言っているけど、俺も偉そうにというか何も遠慮せずに思う存分楽しむ、という自分の姿は想像できなかった――。



「「「「お待ちしておりました、英雄リク様」」」」

「リク様、何か不自由な点があれば、お申し付けくださいませ」

「……えっと?」


 諦めて大きな宿の入り口を開け、中に入った途端、複数の人達が頭を下げて俺達を迎えてくれた。

 迎えられるのはいいんだけど、女性はメイドっぽい服で、男性は執事っぽい服を着ているから、一瞬にしてハイソな空間に足を踏み入れた気分だ。

 ……メイドさんや執事さんっぽい人達がいるから、ハイソっていうのは俺の庶民感覚のせいだろうけど。

 王城でも、同じようにメイドさんや執事さんがいるし、豪奢な内装だったりもするけど、あっちはほら、兵士さんの方が数が多いからね、ヴェンツェルさんのような暑苦しい……もとい、マッチョな人もちらほらといるし。


「こちらの者達は、半数が侯爵家の使用人、残りはこの宿で働いている者達です。何か申し付ける事があれば、この者達に」

「ルーゼンライハ侯爵家で、執事を務めさせて頂いております」

「あ、はい。よろしくお願いします……」


 アマリーラさんが紹介して、初老の男性が進み出て一礼。

 この人が多分、皆をまとめているんだろう。

 侯爵家の使用人さん達がいるのはまぁ、シュットラウルさんがセンテに来ているのだから、連れて来ていても不思議じゃないけど……宿の人達も使用人さん達と遜色ないくらいに見える。

 あっけに取られて、俺を含めた他の皆もこくこくと頷くくらいしかできない。


 ……あ、フィネさんはフランクさんのところで慣れているので、いつもと変わらないか。

 あと、ユノは目を輝かせて皆を見ている……無茶な事をお願いしなきゃいいけど――。



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