第946話 練習中のフィネさんに話を聞きに行く



「……今日明日で決めなきゃいけないわけじゃないから、また夜とか夕食の時にでも考えるよ。それに、姉さんとかにも相談しておきたいし」

「そうね……陛下にも話しておいた方がいいと思うわ。それじゃ、訓練場に行きましょうか」


 フィネさんが習得しているかはともかく、俺達も……特にモニカさんやソフィーは見ておいた方がいいだろうと思い、訓練場に行く事にする。

 俺は、今使っている剣があれば問題ないだろうけどね。

 モニカさんは、マティルデさんから提案のあったクランの事を考える時間が……と思ったようだけど、まだ余裕はあるし、姉さんとも相談しておいた方が良さそうだから、後回しだ。

 冒険者ギルドとの兼ね合いで、姉さんに全てを話していいわけじゃないと思うけど。


 特に、帝国の冒険者ギルドが戦争に参加したらとかの辺りは、ちょっと難しい。

 向こうの冒険者ギルドが、帝国と繋がっているとか、裏ギルドの話はそれとなくしておいた方がいいかもしれないけど。

 その辺りの判断は、後々マティルデさんと相談だ――。

 


 ――訓練場に来ると、青い鎧を着た兵士さん達……ワイバーンの鎧だろうから、新兵さん達だね。

 その人達と剣、じゃなかった斧を交えるフィネさんの姿があった。

 連続で模擬戦のようにしているんだろう、汗を滴らせながら斧を繰り出すフィネさんだけど、息切れはそんなにしていない。

 多分、相手が新兵さんだから全力で斧を振るっているわけじゃないからだと思う。


「……次、お願いします!」

「は、はい!」

「なんだか、フィネさん対新兵さん達になっているようだけど……」


 新兵さんの剣を斧で弾き、喉元に突き付けて次の相手を要求するフィネさん。

 そこだけを見てみると、フィネさんが新兵さん達に訓練をしているように見えて、本当に次善の一手の練習なのか首を傾げてしまう。


「いや、そうでもないようだぞ? ほら、あそこに置かれた鎧を見てみろ」

「切れ込みが入っている……かな?」


 俺の言葉を否定し、訓練場の隅を示すソフィー。

 そちらには、三人の兵士さんが鎧を脱いで休憩しており、その近くには脱がれたワイバーンの鎧が置かれていた。

 さすがに、全身鎧の全てを脱いでいるわけじゃないようだけど、置かれた兜や籠手の部分には傷どころか斬られて穴が開いていたりする。

 ワイバーンの鎧って、モニカさんが全力の槍を叩きつけても傷一つ付かなかったのになぁ。


「あれくらいなら、鍛冶に頼めば修復はできるだろうが……ワイバーンの鎧も斬れるのであれば、相当な切れ味のようだ」

「私も槍で傷一つ付けられなかったから、あれがユノちゃんの言っていた方法で為されたのなら、相当有効なようね。あれ、通常のプレートアーマーだったら、着ている人もまとめて斬られているでしょう?」

「多分ね。フィネさんが手加減している……ようには見えないから、ワイバーンの鎧に対してあれなら、プレートアーマーはもっと深く大きな穴が開いていたと思うよ」


 置かれているワイバーンの鎧の穴は、数センチ程度だけど……あれが通常のプレートアーマーだったら、もっと大きな穴が開いていたと思う。

 それこそ、着ている人も大きく怪我をするくらいのね。

 次々と新兵さんを相手にしているフィネさんを見ていると、ほとんど手加減しているようには見えないので、ワイバーンの鎧を着ている人が相手で良かった。

 そもそも、鎧が硬くて次善の一手でも易々と斬れないから、手加減していないのかもしれないけど。


「次!」

「ふぃ、フィネさん……少し休憩する時間を……」

「何を甘えた事を! 騎士の訓練はこんなものじゃないのですよ!」


 俺達が穴の開いた鎧を見て感心していると、その間に数人の新兵さんと戦ったフィネさんが、さらに次の対戦相手を要求。

 どれだけ続けていたのかわからないけど、次々と交代させられる新兵さん達は、鎧のおかげで怪我はなくとも疲れ果てている様子。

 まぁ、フルプレートの鎧を着て何度も戦闘させられたら、疲れるもの当然だよね……しかも、負け続けているわけだし。

 休憩を求める兵士さんと、檄を飛ばすフィネさん。


 フランク子爵の騎士団では、厳しく訓練されたりさせたりしていたんだろうなぁ、というのが窺えた。

 鬼教官とか呼ばれてたりして……なんて考えて、苦笑しながら動きの止まったフィネさんに近付き、声をかける。


「フィネさん、お疲れ様。ちょっと休憩して、話しを聞きたいんだけど……いいかな?」

「これはリク様! 申し訳ありません、気付きませんでした。ですが、まだまだ訓練の最中で……」

「まぁまぁ……ユノから話を聞いたんだけど、フィネさんの方がどう感じたのか聞きたいんだ。それに、息は切らしていないけど、汗が凄い出ているから……体が冷えちゃいけないからね」

「……動いていれば、冷える事もないのですが……リク様に見苦しい姿をお見せするわけにはいきません。わかりました」

「「「「はぁ……良かった。……リク様、ありがとうございます!」」」」

「あははは、まぁ、ゆっくり休んで下さい」


 集中していて、俺達に気付いていなかったフィネさんが、声をかけた事で気付いてこちらへ振り向く。

 気付かなかった事は別に謝らなくていいんだけど、ポタポタと汗が滴り落ちるくらいだから、あんまり息切れしていなくても、休んだ方がいいと思う。

 運動して出た汗を汚いとか見苦しいとか、そんな事は一切思わないけど……体を冷やさないようにしないとね。

 話をするために休憩する事をフィネさんが了承し、ようやく解放されると安堵する新兵さん達。


 重い息を吐いた後、一斉に俺に向かって頭を下げた。

 苦笑を返しておいて、フィネさんと一緒に訓練場の隅へ……後ろから「さすが英雄様だ」とか、「我々を救って下さった英雄様だ」なんて話している声が聞こえた。

 ……訓練を中断させた事で、英雄って呼ばれるのはちょっとどうかと思う。


「ふぅ……すみません、落ち着きました。ありがとうございます」


 隅に移動して、モニカさんがタオルを差し出して、汗を拭くフィネさん。

 激しい息切れはしていなくとも、やっぱり疲労はあったんだろう……汗を拭いた後大きく息を吐いていた。


「とりあえず話をと思ったけど、先に水でも飲んだ方がいいですか?」

「いえ、大丈夫です。これくらい騎士団の訓練に及びませんから。……魔力を使ったからなのか、全身が少し気だるい感じはありますけど」

「まぁ、無理をしていないならいいかな」


 先に用意しておけば良かったな……と思いながら、フィネさんに飲み物をと聞いたけど、今は大丈夫らしい。

 気だるいのは、普段魔力を使わないのに次善の一手のために使ったからだろう。

 無理をしている様子ではないから、このまま話しても大丈夫そうかな。


「フィネさんって、魔法は使えないのよね?」

「えぇ。私は魔法を使う事はできません。なので、魔法具を使う以外では今回初めて自分の魔力を意識的に使った事になりますね」


 魔法を使わない人が、魔力を使って感じる疲労というか、だるさのようなものは珍しいんだろう――。



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