第941話 クランだと自由の幅が広がる



 ミルダさんの特殊な趣味は置いておいて、統括ギルドマスターという、アテトリア王国内のギルドを取りまとめる立場であるからこそ、ヤンさんのようにいち支部のギルドマスターよりも多くの情報が入って来るんだろう。

 もしかしたら、直接ツヴァイやクラウリアさんを捕まえて話を聞いている、王城の上層部くらいの事は知っているのかも……考え過ぎかな?


「ミルダの特殊性は置いておいて……えっと、どこまで話したかしら。あぁ、戦争ね、戦争」

「戦争と、クランを作る事に何か関係があるんですか? 冒険者は、国家間戦争に関しては基本的には不参加。ただし、自由意思で冒険者としてではなく一個人として参戦は認められている、でしたよね?」

「そうね。でも、クランを作る事によって組織になる。クランはクランマスターの意思で運用する事になっているの。だから、もし戦争が勃発した場合、クランごと参戦というのも、実はできるのよ」

「え?」

「まぁ、扱いは……義勇兵のような感じになるのかしら? 冒険者ギルド所属ではあるから、国には属さない。けど、どれかの国に味方して参戦、となるわね。まぁ、これまでの歴史でクランが戦争に参加したのは数回しかないのだけど」

「その……いいんですか? 本来は冒険者として参加は認められないはずなのに」

「良くはないわね。でも、クランマスターにはそれだけの決定権が委ねられるの。冒険者ギルドからは、当然静止が入るけど形式だけで、黙認されるような感じね。というより、Aランク以上の冒険者が率いる集団よ? 規模はクランによって違うとは言っても、場合によったら数十人どころか数百人が一斉に、ギルドにそっぽを向く事になるわ」

「ですが、参戦時に略奪行為など、冒険者として以前に人として外れた行為が確認された場合は、冒険者資格の剥奪もあり得ます。抵抗した場合は、本部や別の冒険者から抑えられるだけですね」


 だから結局のところ、認めざるを得ないって事か。

 とは言っても、ミルダさんが補足したように調子に乗ってやり過ぎてはいけないと。

 うーん……グレーゾーンといったところなのかな? 個人で参戦の時点で、グレーだった感があるけど。


「つまり統括ギルドマスターは、クランを率いてリクさんに戦争へ参加して欲しい、という事ですか?」

「私の立場じゃ、そこまでは言えないわ。でもね、これでも様々な情報を持っているの。魔物と戦う可能性が高いとなれば……冒険者の出番だし、統率されて規律を守っている兵士でなければ、酷い暴力にさらされるのかもしれないわけ。……まぁ、国家間戦争で、全て統率されて略奪行為をしないのもすくないんだけどね。でも、魔物よりはマシと考えるのが冒険者ギルドなの」

「魔物との戦いを想定しているわけですね……」

「思い過ごしならそれでいいんだけどね。兵士による蹂躙はもちろん酷いけど、魔物による蹂躙も酷いものよ。実際に見た事はないけど、積み重なる遺体がある方がよっぽどいいと言える光景らしいわ。私はアテトリア王国の出身だから、故郷がそんな魔物の脅威に晒されたくないの」


 モニカさんの質問、ソフィーの呟きにそれぞれ答えるマティルデさん。

 昨日の話でも姉さん達が考えていた事だけど、兵士よりも魔物と戦う可能性が高いため、その際の被害を想定して今回の提案をした、と言っても良さそうだ。

 魔物が集結する裏に、帝国側の組織が関係しているとわかれば、そういう想定をしてもおかしくはないか。


「そして、これも大きな理由の一つなんだけどね。クランになればギルドからの縛りが緩くなるの。そして、日頃の鍛錬や魔物への備えのために、国の兵士と連携する事も求められる。……つまり、兵士の訓練も受ける事ができるのよ」

「マティルデさん……どこまで知って……?」

「私は、冒険者ギルドの情報網で知り得た事しか知らないわ。リク君ほどは、知らないって程度かしら?」

「……」


 まるで、昨日話していた魔物と対峙するための訓練の話を聞いていたかのような口ぶりに、少しだけマティルデさんが怖くなる。

 魔物を相手にする事の多い冒険者ギルドだからこそ、そこまで考えられたのだろうか?

 筒抜け……とは思わなくとも、多くの事が知られていると考えた方が良さそうだ。

 明言しないのは、お互いある程度の事は知っているけど触れずに、話してはいないし示し合わせてはいない……というポーズなのかもね。


「警戒しないでほしいんだけど、別にリク君に対して何か思うところがあるわけじゃないの。冒険者でもランクが上がったり長く活動したり……人によってそれぞれ事情ができるし話せない事だってあるわ。それをどうこうしようというわけじゃなくて……そうねぇ……ミルダ?」

「はい。こちらの目的というか、考えている事は伝えておかないと誤解を招く事も考えられると思います。リク様がそうなるとは思えませんが……クランを作ってもらえるのであれば、そのような可能性は潰しておくべきかと。クランを作るとなると、多くの冒険者が参加しますから」


 冒険者ギルドの情報網って広いんだなぁとか、どこまで知っているのかちょっと怖いなぁなんて考えていたら、マティルデさんに俺が警戒していると思われたらしい。

 ミルダさんに声をかけて、何かを窺うように視線をやるマティルデさん。

 頷くミルダさんは、まだ話していない事を伝えておいた方がいいと考えたようだ。

 俺からしてもマティルデさんの考えはわからない……まぁ、悪い事を考える人じゃないと思うから、変な誤解はしないけど、もしクランを作ったら多くの冒険者が集まるわけで。

 そうなると、訝しむ人も出てくるかもしれないからね。


「そうね……リク君。私がリク君たちにクランを作ってもらいたい理由。というより、もし戦争なりなんなりになった場合に、参戦するよう誘導しているように聞こえたかもしれないけど……」

「まぁ、今みたいなパーティを作るだけで、モニカさん達と集まって活動しているよりは、参戦しやすいみたいなので、そうさせたい考えがあるのかなとは思いました。違うんですか?」


 帝国の事、アテトリア王国の事を考えたら、俺達に戦争に参戦して魔物を相手にしてもらいたい……という言い方だったから、てっきりそうだと思ったんだけど。


「いいえ、違わないわ。まぁ、ただの国同士の戦争なら、参戦して欲しいとは思わないんだけどね。魔物の事もあるし、今回は色々違うのよ。帝国の冒険者ギルドがね、怪しい動きをしているの」

「帝国の冒険者ギルド……ヘルサルのギルドマスターになった、ヤンさんから聞きました。向こうからの情報が入って来ないとか?」

「あぁ、支部の新しいギルドマスターね。そう、冒険者ギルドは様々な国で活動しているのもあって、それぞれのギルドから定期的に情報のやり取りをしているの。その国の情勢や魔物の状況、冒険者の数やランクに関してとかね。でも、少し前……バルテルの事があってからくらいかしら。やり取りはするんだけど、帝国の情報が当たり障りのない事ばかりなの」



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