第934話 アルネの変化



「とんでも理論というか、よくわからない思考の飛躍ね。ヒルダがそれでいいのなら、いいんだけど……あと、後半は言葉を丁寧にしたからってあんまり変わらないわよ。はぁ、りっくんの部屋、仕事を抜け出す先にはちょうど良かったんだけどなぁ……まぁいいわ」

「いやいやいや、俺にとってはあんまり良くない……ヒルダさんが不要とかではなくて、まぁいいかで済ませられないんだけど……」


 本来姉さんの侍女であるヒルダささんのとんでも理論を、すんなり納得して受け入れる姉さん。

 俺、侍女さんを雇うとかそんな事を考えた事すらないんだけど……給料とか、払わないといけないのかな? お金はあるから、大丈夫か。

 いやいや、そんな事よりもっと別の事が……でも、お金は大事だし……。


「いいのよりっくん。ヒルダの好きにさせてあげて。とりあえずは、今のようにりっくんが王城にいる間は、ヒルダがお世話をするってだけだからね」

「……まぁ、今までと変わらないのならいい、のかな?」

「そうよ。それに、ヒルダは今までずっと私に付いてくれていたから。ヒルダが自分で考えて選んだのなら、私は認めるわ。女王陛下のお世話って、大変なのよ? これは、私が言う事じゃないか」

「そうだね……姉さんのお世話は大変そうだ。ヒルダさん、これまで苦労していたんだろうなぁ」

「そこはすんなり納得されるのは、私が納得いかないけど……なんにせよ、ここにいる皆はむやみやたらに口外はしないって事ね」

「はぁ、まぁそうみたいだね。それじゃあ話すけど……アルネもね」

「あぁ、わかった」


 なんだかよくわからないけど、とにかくこれまで大変だったヒルダさんが、俺のお世話をしたいとかそういう希望らしいので、受け入れたって事でいいんだろうか。

 まぁ、姉さんが言うように何かが変わるわけじゃなくて、これまで通り王城にいる間はお世話になるだけなら、問題ないかな……多分だけど。

 ともかく、変な方向に話が逸れたのを姉さんが強制的に戻し、エルフの集落での出来事を話し始める。

 アルセイス様との事が主なので、アルネにも一緒に説明してもらった。


「え!? アルネ、アルセイス様に会ったの!?」

「あぁ、まぁな。本当に会えるとは思っていなかったが……」

「エルフの協力が必要らしくて、アルネの魔力を使ってアルセイス様が顕現したんだ」

「そう……なのね。だからアルネの魔力が、以前とは違う感じがしたのかしら?」


 エルフの集落に到着してから、人間や獣人が多く訪れている事。

 さらに長老達の話をした後アルセイス様の事を話すと、フィリーナが驚いて声を上げた。

 まぁ、エルフにとっては創造主なんだから、それも当然か。


「なんとなく、自覚はあったのだが……フィリーナから見るとはっきり違うのか?」

「えぇ。種族によって大まかに魔力の質が違うのは知っているだろうけど、アルネのはなんて言うか……不思議な感じね。これまで近くにいて見て来たから、ってのもあるかもしれないわ」

「まぁ、兄妹だから必然的に近くで過ごしていたからな。俺は特別な目を持っていないが、なんとなくの感覚でフィリーナの魔力というのはわかるくらいだ」


 フィリーナのように、目で見えているわけじゃなく感覚的なものになってしまうけど、俺が魔力探知の魔法を使った時もそうだ。

 人間、エルフ、獣人……その他にも魔物でも種族によって、魔力がなんとなく違う。

 俺の場合は、よく知っている人の魔力なら識別できるけど、あとはなんとなく人間だとか魔物だとか、種族がわかる程度。

 フィリーナ程はっきりわからない。


「そうね。私も目で見なくても今まではアルネの魔力がわかっていたわ。でも、それが今はわからなくなっている……。私の目で見たアルネは、エルフの魔力と似てはいるんだけど、違うし……もちろん人間や獣人とも違う。そうね……近いと言えば、リクに近いわ」

「俺?」


 俺は人間なんだけど、エルフのアルネに魔力が似ているとフィリーナには見えているらしい。

 これまではそうじゃなかったのだから、アルネの魔力の質が変わったって事かな?

 ヘルサルで、騒動を探ろうと魔力探知を使った時は、よくわからなかったけど。

 特別な目以外にも兄妹だからこそ、わかる何かがあるのかもしれない。


「えぇ。リクの魔力はそもそもに多過ぎて、全容は私の目でも見れないのだけど……人間の質を備えておきながら、ちょっと違うのよ。そういえば、陛下もそうですね」

「私も? でも、私は魔力量はそんなに多くないわよ?」

「はい。リクと比べると誰もが多くないのですが……陛下は人間の平均くらいかと。でも、私の目で見ると、他と違う魔力の質を持っているように見えるのです。リクと同じではないですけど、似ています」

「……りっくんと似ているという事は、私が元々りっくんと同じ世界の人間だったから……かしら」

「魔力の質は魂と同じなの。リクとメアリは、この世界とは別の世界で生まれた魂だから、質は似ているし姉弟だったならほとんど同じに近いの。でも、この世界へ来る時に少しは変わっているの。でも、魂に刻まれた魔力の本質は変わらないの」


 話しが長くなっているため、ソファーでお腹を出して寝ているエルサをつつきながら、ユノがまりっょくに関して補足してくれる。

 魂と魔力か……俺もこの世界に来た時に、これまでとは変わっているらしいけど、姉さんと俺は元々地球で生まれた人間。

 姉さんはこちらに魂が迷い込んで生まれ変わり、俺はユノに移動させてもらったという違いはあれど、魂そのものが同じだから、魔力の本質は変わっていないって事か。

 もしかしたら、姉さんが前世の地球にいた頃の記憶があるのは、魂と魔力が関係しているのかもね。


「しかし、陛下とリクの繋がりはわかるが……俺がリクの魔力と似ているというのは……」

「そこまでは私の目でもわからないわ。でもアルネ、少しは自覚があったようだけど、何か変化は感じられたの?」

「まぁ、ヘルサルに行った時にな。騒動に巻き込まれた時、多くはないが魔法を使ったんだ。その時……なんと言うか、いつもと違う感覚があった。あれはなんだろうか……いつもより、自然の魔力をスムーズに集められたし、自分の魔力も同じく普段より流れが良かったように思う。……極端な例だが、錆びた剣を抜いていた状態から、新しく引っかかりのない剣を抜くような感覚だろうか」


 アルネが感じる変化は、今までよりも魔力の流れが引っかかる事なく、スムーズに集めたり放出したりできる、という事らしい。

 錆びた剣は、鞘から抜こうとしても引っかかったりして抜けにくいけど、新品の剣は力を入れなくても滑らかに抜ける……って感覚なんだと思う、多分。


「……不思議ね、魔力の量は変わっていないように見えるのだけど」

「水道管が大きくなったような感じなの」

「「水道管?」」


 首を傾げながらもアルネを観察するフィリーナに、ユノが話す。

 水道管という言葉にフィリーナとアルネが聞き返し、俺と姉さん以外も首を傾げる。

 まぁ、こっちの世界じゃ上下水道とかもなさそう……少なくともこの国にはないようだから、水道管と言われても、わからないよね――。



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