第932話 魔物に対するの訓練も必要



 まぁ、国王が代替わりした際に国土を増やそうと考え始めてもおかしくないから、初代皇帝の妄想が原因とは言えないんだろうけどね。

 結局、小国の集合体でそれなりの国力を所持するようになって、一応はアテトリア王国に抵抗できるようにはなったようだけど、それでも国土や人口は王国が勝っているとか。

 それなら、共和国とかにしたらよかったんじゃ? とも聞いたけど、初代皇帝が権力に取りつかれていたんじゃない? なんて言われて終わった。

 百年以上も前の話だから、その時初代皇帝になった人が何を考えていたかなんて、今正確にわかる事じゃないか。


 結局、倍近くの国土や人口を持つアテトリア王国に正面から挑んでも、まともに考えれば負けるだけ。

 なので、今回のように組織を利用したのか作ったのか……ともかく、組織を使って裏工作をして、こちらの国力を下げようとか、狙いを付けているんだろうとの事。

 ちなみに、以前話した帝国の技術力は魔物に関する事ではないかとの予想がされたり、帝国に戦争を仕掛けた国が簡単に負けてしまったりしたのは、魔物をぶつけたからではないか、と想像するに至った。

 確かに、ルジナウムや王城、ゴブリン達のような魔物を大量にぶつける事ができれば、相手の被害を増やしてこちらの被害を少なくできるよね。


「お爺様も言っておられたのですが、魔物に対する訓練も必要になるかと。やはり、訓練された兵士を相手にするのと、魔物を相手にするのでは勝手が違いますので。シュタウヴィンヴァー領では、騎士団を中心に始めているようです。……リクが模擬戦をしてくれたおかげで、訓練には積極的だそうです」

「模擬戦の話は、今度聞かせてもらうわ。でもそうね……魔物には魔物の、兵士には兵士の戦い方があるか……ヴェンツェル?」

「はっ。王国軍でも、魔物を討伐する事があるのでそちらの訓練や、心構えなども叩き込んでおります。ですが……正直に申しますと不十分と言わざるを得ません。騎士や兵士は、人と戦う事を想定して訓練する事が多いですし、対処する事もそちらが多いのが現状です」

「まぁ、冒険者ギルドとの兼ね合いもあるからね。治安も含めて人の対応は国が、魔物は冒険者が対処するのが一般的だから」


 帝国の成り立ちや王国との規模の違いはともかく、もし帝国が魔物を戦争に投入した場合の事を、エフライムは考えているようだ。

 魔物と人では、戦い方が違う……ゴブリンロード率いるゴブリンとかなら、ある程度の統率が取れているので、人相手の訓練で大丈夫だろうしある程度の魔物までなら、対応も難しくない。

 けど、これがAランクの魔物であるキマイラやキュクロップスだったとしたら……いや、Aランクとは言わなくともBランクくらいのマンティコラースとかだったら。

 姿形が違うので当然だけど、人と同じような戦い方では対処は難しい、というかほぼできない。


 マンティコラースなんて、油断したら体の部位がそれぞれ独立して動いて襲い掛かって来るからね……魔法も使うし。

 それに、ワイバーンのような空を飛ぶ魔物が相手なら、そもそも剣の訓練をしてもあまり役には立たなさそうだ。

 地上まで近寄って剣が届けばいいんだけど、基本は空を飛んでいるだろうからこちらから仕掛けるのは難しい。

 その際は弓矢や魔法で攻撃となったり、リーチの長い槍を持つ事になるだろうけど……上から襲って来る魔物の対処は、人相手と違うのは簡単にわかる。


 つまりは、人同士の戦争とだけ考えず、あらゆる魔物が襲い掛かって来る事を想定して訓練する必要があるわけだ。

 全ての兵士が全ての魔物に対処できるわけじゃないけど、戦い方を習っているかどうかでかなり違うはずだからね。


「こちらから積極的に帝国へ仕掛けるわけじゃないけど、先の事を考えれば、魔物との戦いを想定して動いていた方が良さそうね。そちらは、今後の課題として検討しましょう」

「はっ!」

「エフライム、シュタウヴィンヴァー領での訓練で、成果がありそうなら報告して。先に始めているそちらと連携を強めていた方が、有効な訓練になるでしょう」

「畏まりました。お爺様とは連絡を取り合い、報告をさせて頂きます」

「はぁ……とは言っても、短期間で対応できる兵士を大量に、というわけにはいかないのよねぇ。冒険者ギルドに頼もうかしら?」

「陛下、確かに冒険者は魔物と相対する事が多いため、慣れているでしょう。ですが、リク殿のように協力的な人物は稀です」

「それに……戦争を考え、備えるためとあればギルドは渋るでしょう。良くても、何度か兵士と冒険者とで合同訓練を行えるかどうか……です。それだけでもありがたいと言えばありがたいのかもしれませんが……」

「そうよね。ないよりはマシだけど……って程度になるわね。それに、冒険者は他国にも行けるから。国に忠誠を誓っている人達ではないのだから、こちらの情報が漏れる可能性もあるわ。ある程度口止めはできるでしょうけど、義務化してしまうと協力は取りつけられないでしょう。結局自分で口に出したけど、実現できそうにないわね」

「ですな。我々は帝国のように裏で工作を目論んではいませんが……漏れてはいけない情報はあります。それに、もし冒険者に帝国側の人材が入り込んでいたら、こちらの軍内部の事が知られる可能性も。それは、先の事を考えているようで、結局は不利益を被る事に繋がりかねません」


 姉さん、ヴェンツェルさん、エフライムが話しているのを、ヒルダさんが用意してくれたお茶を飲みながら聞く。

 俺やモニカさん達もいるのに、この場で話していいのだろうか? とは思うけど今更だし、そもそも国としての正式な決定とまではなっていないから、問題ないんだろう……多分。

 確かに、冒険者は魔物を相手にしている経験が豊富な人が多いため、協力してくれれば心強いけど……代わりに組織の人が潜り込んでいる可能性が高いところでもあって、情報の漏洩は防げなさそうだ。

 国とギルドは協力関係ではあっても、戦争でどちらの国の味方をする事はできない。


 エフライムが言っているように、良くても合同訓練をするくらいだろう……戦争への備えというのが表に出ないように、何か別の名目を用意すればってところかな。

 国内の治安を守り、あらゆる事に対処できるよう兵士を鍛える、とかかな? まぁ、その辺りは俺が考える事じゃないだろうけど。


「とにかく、軍の訓練は検討の余地がありそうね、ヴェンツェル」

「はっ。至急、部下達を集めて検討致します」

「新たな兵士も集めなければね……でも、無理はさせないように。無理矢理兵士にしたり、新兵に無理をさせてもいい結果にはならないでしょう」

「承知しております。まずは今いる兵士を鍛え直し、新たに集った兵士も早急に戦えるように仕上げます。まぁ、今から新兵をと考えれば、数カ月程度ですかな」

「……せめて一年くらいは見た方がいいと思うけど、そういった事は話し合って訓練内容と一緒に決めて。シュタウヴィンヴァー領で行われている訓練の報告も加味してね」

「はっ、承知致しました! では、早急に検討致します」


 そう言って、ヴェンツェルさんが姉さんに敬礼して退室して行った。

 書類仕事からは逃げる事が多いのに、こういう事は動きが早いんだなぁ。

 まぁ、軍のトップである将軍なのだから、こういう時に動かないといけないんだろうけど――。



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