第924話 手と手が重なり短くなる距離



 何やらホッとした様子で、別の方向を向き呟くモニカさん。

 小さな声だったので、よく聞こえなかったけど……多分、俺が気付いて良かったとか、そんな感じのようだ。

 でもさすがに、これだけ雰囲気が違うと言うか、モニカさんの魅力を引き出しているとはっきり言えるくらいだったら、俺でも気付くと思うよ?

 まぁ、合流してすぐは気付けなかったんだけど……あれは、しつこく声をかけていた男のせいだ、うん、そういう事にしよう。


「あ、でも……俺はいつもとあんまり変わらない恰好だね。うーん、もうちょっとちゃんとした服を用意しておけば良かったかなぁ? 綺麗なモニカさんの隣にいるのは、ちょっと不釣り合いかも?」


 オシャレな恰好をしているモニカさんと比べて、俺はいつもとほとんど変わらない恰好。

 みすぼらしいとは言わないけど、動きやすい服で簡素な物だ……早い話がいつも着ている服。

 これに皮の鎧を上から身に着けたり、剣を腰に下げ、頭にエルサをドッキングさせたら、外に出る格好となる。


「綺麗……! んんっ! そんな事ないわよ、リクさん。そんなリクさんが私は……」

「ん?」

「い、いえ! とにかく、リクさんはそのままで大丈夫だから。ほら、止まって話していないで、行きましょう?」


 さすがに、これでモニカさんの横にいるのは不釣り合いかなと思ったんだけど、モニカさんは首を振って否定。

 何やら、一瞬別の事に気を取られたみたいで、否定してくれながらも何かを言いよどむ。

 どうしたのかなと首を傾げる俺に、さっきよりも勢いよく首を振って、歩きだした。


「あぁ、うん。そうだね。このままここに立っていたら、他の人の邪魔になるし」

「……リクさんがちゃんとした格好をしたりしたら、ルギネさんやクラウリアさんみたいな人が、もっと増えるかもしれないじゃない」

「モニカさん?」

「あぁ、ごめんなさい。さ、行きましょう!」

「あ、うん」


 少し握っている手を引っ張られる形になりながら、モニカさんの隣を歩き始める。

 俺が追いつく前、また何か呟いた気がするけど、問いかけても教えてくれなかった。

 まぁ、特に何かあるわけじゃないんだろう。

 とにかく、オシャレなモニカさんを連れて、得も言われぬ高揚感と共に、二人でヘルサルを見て回るために動き出した――。



「あら、リクさんとモニカちゃんじゃない! あ……むふふ、そういう事ね~」

「あらあら、お邪魔しちゃったわね~」

「お、リクさん! うちに寄って行って……あ、邪魔しちゃ悪いな」

「リク様、クラウス様より……失礼しました。また後でお知らせします」

「いやいやいや、他のおじさんやおばさん達はまだしも、衛兵さんは後回しにしちゃいけない用件でしょう!」


 といった風に、顔見知りに声をかけられたり、入ったお店で意味深な笑いをされたりと、大体は俺とモニカさんがずっと手を繋いでいるのを見て、色んな反応をされた。

 さすがに、衛兵さんが何やら報告がありそうだったのは、引き留めたけど。

 クラウスさんから確認できる限り、街の人達も協力してくれたおかげで騒ぎを起こした人達の捕縛が完了した、という報告だった。

 まぁ、俺がすぐに聞かなきゃいけない事ではないだろうけど、仕事を後回しにしちゃいけないと思う。


「はぁ……ちょっと一息ね」

「そうだね。顔見知りが多いからだろうけど、皆俺達を見るたびに話し掛けてきたなぁ」

「そうね。私はこの街で育ったから、子供の頃から知っているおば様達も多いし……ちょっと恥ずかしかったけど」


 大通り以外にもヘルサルを歩き回り、お店を覗いたり、露天商が扱っている商品を眺めたり、声をかけられながらも色々見て回った後、少し休憩をするためにカフェっぽいお店に落ち着く。

 さすがにずっと歩き通しだと、疲れちゃうからね。

 人の少ない店内で、向かい合って座って飲み物を頼んで一息だ……さすがに今は手を離している。

 店内に入って座る際、モニカさんがちょっとだけ名残惜しそうだったのは、印象深かった……とはいえ、手を繋いだままテーブルに着くわけにもいかないし、お店の中だから変な男に絡まれる心配もないだろう。


「モニカさんもそうだけど、俺もこの街で色んな人と話したし、知り合いになったからね。おじさん達からもよく話しかけられたよ。まぁ、いつもの事ではあるけど」

「ふふ、そうね。リクさんは皆から慕われているから」

「慕われているというより、呼び込みの一環みたいにも思えるけど……何も言われないより、いいのかな?」


 新しく街に来た人達はまだしも、防衛戦の準備で顔を合わせた人の多くは声をかけてくれる。

 大体は、うちの店に来てくれ! とか、そんなのばかりだし、ヘルサルを歩き回ったら毎回なんだけどね。

 声をかけられないよりは、いいのかな。

 俺が溜め息と共に吐露しているのを見て、小さく微笑みながら運ばれてきたお茶を飲むモニカさん。


 なんとなく、いつもとは違う姿を見ている気がして、頬に熱を感じ、顔や視線を逸らした。

 うーん、なんだろう……お茶を飲んでいる姿はよく見ているのに、今日だけちょっと特別な感じがするなぁ。

 服装や、髪飾りが似合っているからってのもあるかな? うん、そう思っておこう。


「でもそうね……リクさんとこうして二人で、街を見て回るって事は久しぶりよね……」

「そういえばそうだね。センテに初めて行った時は一人だったし、それ以降はエルサがいたり、ソフィーが加わったり……」

「エルサちゃんを連れて帰って来た時は驚いたわ。それと同じくらい、初めて獅子亭に飛び込んできた時は驚いたけど」

「ははは、あの時はお腹が空いて必死だったからね。まさか、無一文で放り出されるとは……」


 モニカさんと一緒にというのは何度もあるけど、モニカさんと二人でというのは、本当に久しぶりだ。

 それこそ、獅子亭で働かせてもらってしばらくして、給料で自分の服とかを買いに出た時以来……かな?

 エルサに関しては俺も色々と驚く事が多かったら、モニカさん達が驚くのもよくわかる。


 それに、ユノにこの世界へ移動させてもらたけど、完全に無一文でその日の食べる物すらない状態だったからね……美味しそうな匂いに釣られたのが大きいけど、あの時は必死だったと自分でも思う。

 さすがに異世界に来た直後に行き倒れかけるとは……。


「今だから、ユノちゃんの事も教えてもらったし、リクさんがどうしてあんな事になっていたのかわかるけど……まさか獅子亭に飛び込んできて、食事の注文ではなく『働かせて下さい!』だもんね。父さんや母さんも驚いていたわ」

「それも、特に持ち物もなく……だからね。多分、俺がモニカさんの側だったとしても驚くよ」

「ふふ、そうね。ちょっとどころではなく怪しかったけど、今ではあの時飛び込んできてくれたのが、獅子亭で良かったと思うわ」

「それは……俺が言う事だよ。本当、あの時マックスさんやマリーさん、モニカさんと出会えて良かった」


 見ず知らずの男が、何も持たずに飛び込んできたんだからなぁ……以前からの知り合いとかならともかく、よくあの状況で働かせてくれたと、今でも思う。

 絶食という程ではないけど、あの時食べた獅子亭の料理の味は、今でも忘れられないくらいだ――。



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