第925話 モニカさんと行った思い出のお店



「あ、そうだリクさん。久々に、あのお店に行ってみる?」

「あのお店?」

「えぇ。初めてリクさんとお買い物に出た時に、行ったお店よ」

「あぁ、そういえば。服を売ってくれているお店だったね。お店の人とは、あれから何度かあった事があるけど、あのお店にはあれ以来行ってなかったっけ」

「そうよ。まぁ、獅子亭にお客さんとしても来てくれていたから、私も何度か会っているけどね」


 獅子亭で働き始めて、最初はマックスさんのお下がりの服を貸してもらったり、なんとかなっていたんだけど、自分のサイズに合う服を買いに行ったんだったっけ。

 マックスさんと俺だと、身長はそう大きく変わらないけど体格が全く違うからね。

 初めての給料で、モニカさんが案内してくれてようやく自分の服を買う事ができたんだ。

 獅子亭の常連さんだし、何度も顔を合わせる事はあったけど、こちらからお店に行く事はなかったから改めて行くのも良さそうだ。


 ……完全に、街中を散歩したりお店を見て回ったりと、遊び気分になって来ているなぁ。

 まぁ、モニカさんが楽しそうだし、見た限りでは昨日の騒動の影響はあまりなさそうだから、いいか。

 所々、焦げたり崩れかけている建物を見かけたりはするけど、片付けている途中というくらいで困っている人を見かける事もなかったし。

 クラウスさんからの報告を持ってきた衛兵さんも、死者はおらず、少し怪我をした人が数名、住んでいる家がなくなったような人も数人程度で、そちらは対応していると言っていたからね。

 うん、これはもうのんびりと遊べという神様の思し召しなんだと思っておこう……神様はユノで、エルサと一緒に昼寝してそうだけど。


「うん、それじゃあこの後は、そのお店に行ってみよう。……服を買う予定はないから、冷やかしになるかもしれないけど」

「あそこのおば様なら、それくらいは気にしないと思うわよ? それに、リクさんが来たら喜んでくれるんじゃないかしら」

「そうだといいけど……あ、でも少しだけ何か食べてからにしようか」

「そうね。もう日も高いし」


 以前行った事のあるお店に行く事を決め、空腹を感じるので食べる物をモニカさんと注文する。

 もうお昼時を少し過ぎたくらいだし、途中でお腹が鳴ったりしないようにね。

 とは言っても、お店自体が食事処というわけでもないから、軽食を少し程度だ。

 まぁ、これでお腹が鳴る事はないだろうし、夕食は獅子亭に行っていっぱい美味しい物を食べればいいだろう――。



「えっと……うん、じゃあ行こうか」

「は、はい……」


 カフェでの食事も終え、外へ出て歩き出そうとする前に……そういえば今日は、ずっとモニカさんと手を繋いでいたというのを思い出し、顔を見合わせる。

 妙な雰囲気になったのを振り払うように、モニカさんに手を差し出して、再び手を繋ぐ。

 今日は、なんとなくこうしておいた方がいいと思った。

 手をつなぐ際、いつもとは違ってしおらしく返事をするモニカさんに、一瞬だけ心臓が激しく鼓動したようだけど、表に出さないように気を付けながら、目的の店へと歩きだした。


「お邪魔します……でいいのかな?」

「決まりがあるわけじゃないから、いいんじゃない? おばさん、こんにちはー!」

「いらっしゃ……おや、リクさんとモニカちゃんかい! よく来たね! ん?……あらあら……」


 知り合いのお店に入る際、なんて声をかけていいか迷ったけど、特に気にする程の事もないか。

 そう思いながら、モニカさんと一緒にお見せに入り奥へと声をかける。

 モニカさんの挨拶に気付いたおばさんが、奥からやって来て俺達に気付いた。

 手を繋いでいるのに気付き、何やらニヤニヤし始めたけど……。


「やっぱり、私の思った通りだったねぇ……随分前だけど、この店にも仲良く二人で来ていたし」

「おばさん、あの時は本当にそんなんじゃなかったんですよ?」

「あの時はって事は……今はどうなんだい?」

「えっと……その……ご想像にお任せします」

「いいのかい? 勝手に面白おかしく想像するよ?」

「面白おかしくはさすがに……」


 ニヤニヤおばさんがしたり顔で頷き、モニカさんと話す。

 前回来た時は、街の事をよく知らない俺の案内でもあったから、おばさんが何を考えているのかわからないけど、多分違うと思う。


「いやだって、お店の中に入ってまで手を繋いだままっていうのはねぇ……面白おかしく考えるしかないんじゃないかい?」

「そう言われると……」

「あ、ごめんモニカさん。このままだとお店の中を自由に見て回れないよね」


 面白い物を見るように、おばさんが俺とモニカさんの繋がれた手を見る。

 これまでもそうだったけど、お店の中で手を繋いでいたら商品をじっくり見たりするのに邪魔かな……さすがに、知り合いのお店だし、ここで変な男に絡まれる事はないだろうからと思い、手を離した。

 女の人は服に興味があるだろうし、ここまでのお店では手を繋ぎっぱなしだったけど、ここでは離して自由に見た方がいいはず。

 俺は気の利く男なのだ……多分。


「あ……」

「かっかっか! モニカちゃんの残念そうな顔……中々見れないねぇ。おばさん、そういうの大好物だよ!」

「もう、おばさん!」


 繋いでいた手を離すと、モニカさんが思わずといった感じで声を漏らし、おばさんが豪快に笑う。

 あれって残念そうな表情だったんだ……モニカさんは手を繋いだままの方が良かったのかな?

 まぁ、お店を出たらまた繋げばいいか。

 ただなんとなく、今までモニカさんの手を握っていた自分の手が、冷たくなってしまう気がした。


「えーっと、ちょっとお願いがあるんですけど……」

「なんだいリクさん? リクさんの頼みだったら、この街で商売してるのは無茶な事でも大体聞いちまうよ?」

「いや、無茶な事じゃないですけど……ちょっとこっちに……」

「はいはい?」

「リクさん、どうしたのかしら? まぁ、私は私で久しぶりに服を見てようかな。……二人でじゃないのは、ちょっと寂しいけど。でも、リクさんだから仕方ないよね」


 話を中断させてしまうのは申し訳ないけど、モニカさんとやり合っているおばさんに声をかけ、この店に来る事が決まった時から考えていた事をお願いしようとする。

 無茶なお願いじゃないはずだし、服を扱っているお店だから的外れでないはずで……なんて、頭の中で確認しながらおばさんを離れた場所に連れて行く。

 俺とおばさんを見送って、キョトンとしていたモニカさんは、何やら呟いた後お店に並んでいる商品を見て暇を潰すようだ。


「その……おばさんから見ても、今のモニカさんって綺麗ですよね?」

「あぁそうだね。私の若い頃を思い出すようだよ。モニカちゃんは今日のために、念を入れて着飾っているようだねぇ。服を扱っているからわかるけど、パッと見でも上等な物を身に着けてるとわかるくらいさ」

「そう、ですよね……やっぱり」


 おばさんの若い頃は知らないけど、今のモニカさんは控えめに言っても綺麗という言葉が似合う。

 特に本人が変わったとかではないけど、服や髪飾りが似合っていて……あれ、もしかして化粧とかもしてるのかな?

 それはともかく、服の質については俺にはよくわからなかったけど、おばさんから見てもいい物を着ているらしい――。



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