第922話 不届きな男は軽くあしらおう



 男の腰に下げている剣は鞘に入っているから、抜いた時にどうかはわからないけど……なんとなくね。

 でも、剣や鎧って冒険者として依頼をこなしていたら、ある程度汚れてしまう物なはず。

 魔物と戦えば土や返り血で汚れるし、薬草採取だって草花や森に入る必要があるので汚れる……使っていれば汚れるのは当然なんだけど、その男の身に着けている物は新品同然に綺麗だ。

 まぁ、さっきモニカさんに報酬が入ったと言っていたから、それで新調したのかもしれないけど。

 でも、冒険者と言うには身なりが綺麗すぎるのが気になった。


「えっと……冒険者さん、ですよね?」

「おう、そうだ。これでも俺は、それなりにランクの高い冒険者だぞ? ほら、わかったらさっさとどっかへ行きな。俺はこの人と大事な話があるから……っと?」

「へぇ~、ランク高いんですねぇ……」


 問いかけてみると、得意げにしながらも剣にかけた右手はそのままで、左手で俺を追い払うようにした後、モニカさんの肩を掴もうとした……。

 なので、モニカさんと男の間に体を入れて邪魔をしつつ、観察するようにしながらしらじらしい声を出す。


「……リクさん?」

「なんとなく、モニカさんだけでも大丈夫だと思うけど。ここは任せて」

「え、えぇ……」

「てめぇ、俺が冒険者とわかってもその態度たぁ、やる気か? あぁ?」

「うーん、こんな早い時間に、しかも人が見ている場所で、というのはどうかと思うけど……女性にしつこく付きまとうのはどうかと思うよ?」

「いい度胸だ……後で後悔しても知らねぇぞ?」

「はぁ……」


 俺の背中側のモニカさんから、小さく声をかけられるのに頷いて任せてもらい、男と対峙。

 邪魔をされたからか、脅しが効かなかったからか、険しい表情になった男が俺を睨む。

 けど……冒険者をそんな脅し文句に使わないで欲しいなぁ。

 本当に冒険者かどうかはともかく、ルギネさん達が絡まれたり、ヤンさんが溜め息を吐くように低ランクにならず者が……なんて言っていたのを思い出す。


 身なりは良さそうなので、ならず者と見てすぐ判断はできないけど……俺の注意にすらりと新品っぽい剣を抜いたから、碌な相手ではないと判断。

 溜め息を吐きつつ、俺も剣を……抜こうとしたんだけど、そういえば宿を出る際にソフィーに預けたんだった。

 街を見て回るためだから、必要ないだろうと。


「あ、そういえば……」

「丸腰の相手に剣を振るうのは気が引けるが、お前が怒らせたのが悪いんだからな。せっかく、さっさとどこかへ行けば見逃してやろうと思ったのによ……」


 剣がない事に気付いた俺に対し、ニヤリと笑った男は抜いた剣をちらつかせ、自分が圧倒的優位に立っていると確信した様子。

 俺が剣を持っていない事がわかっていたから、脅すようにしていたんだろうなぁ。

 はぁ……まぁ、剣はそれなりに良さそうなものだけど、やっぱり使い込んだ様子もないし、これくらいなら素手でなんとでもなるか。


「えーっと、君も冒険者なら知っていると思うけど……冒険者同士の私闘は、一方が圧倒的に悪い場合を除き、補償は発生しないはずだよね?」

「あぁ? 知らねぇなそんな事。まぁ、俺がお前を怪我させちまっても、何も気にする事はないって事だな」

「まぁ、そうとも言えるんだけど……まぁいいか」


 冒険者同士の私闘は、客観的に見た際に片方が明らかな悪さをしているとかではない限り、その場限りの事となる。

 私闘になる前に仲裁したり、忠告をしたりはするけど、基本的に冒険者ギルドも国の機関も関与しないという事。

 その際に、装備などが破損した場合も弁償しなくてもいいという事でもある。

 まぁ、多少の怪我ならともかく、重傷を負わせたり命を奪ったりまでだったら、単純に捕まるけどね。


「てめぇ、その余裕の態度……俺の剣を見てもそうなのは大したもんだが、あとで後悔するんじゃねぇぞ!」

「……うーん、やっぱり武器は必要ないし、むしろなくてよかったかな? っと」

「はぁ!?」


 俺の態度が気に障ったのか、男が怒りに任せて大きく振りかぶった剣を、俺に対して振り下ろす

 その動作は、本当に冒険者なのか怪しいくらい、素人とわかるもので……エアラハールさんの動きとか、兵士さんの動きを見ていると、呟く余裕があるくらいだ。

 まぁ、俺も人の事は言えないだけどね……冒険者になる前、マックスさんに教えられる前はこんな感じだっただろうし、その後も多少マシになったとは言っても力任せに剣を振るっていたから。

 ともあれ、振り下ろされた剣を左手の平で受け止める。

 渾身の力を込めたであろう剣が、軽々と、しかも素手で受け止められ、驚愕の声を上げる男。


「使った形跡も見られないから、ちょっともったいないけど……仕方ないよね。まぁ、補償しなくてもいいから、やっちゃおう。っ!」

「はぁ!?」


 受け止めた剣身を見ても、やっぱり綺麗で刃こぼれ一つない。

 手入れが行き届いているというよりは、お店で売られている新品を買って、一度も使ってないという感じだ。

 ちょっともったいない気もするけど、俺が弁償する必要はないし、突っかかってきた方が悪いと思い、左手を閉じて剣を掴まえ、そのまま握る。


 少しだけ強めに力を入れると、バキィッ! という音を出して、新品の剣はあっさりと折れて、剣先が地面に落ちた。

 男は体重をかけていた剣が折れ、半ばから先がなくなったため、驚きの声を発したまま、地面に向かって先のない剣を振り下ろす形になった。


「おっと、危ないよ……っと」

「ぐっ! ごふっ! が! げあ!」


 全身が剣を振り下ろす形になって、このままだとちょっと危険かな? と思い、左足で男の剣を誰もいない方へ蹴り飛ばす。

 さらに、上体が倒れ掛かっている男に右足をお腹に打ち付けて、体ごと蹴り飛ばした。

 派手な声を上げて吹っ飛んだけど……倒れ込んでいた先に、落ちた剣先が刺さっていたからね、あのままだと大きな怪我をしてたかもしれない。

 蹴り飛ばされるのと、どっちが痛いかは知らないけども。


「はぁ、変なのに絡まれたなぁ。モニカさん、だいじょ……モニカさん?」

「あぁ、リクさん……って、はっ! な、何!? ど、どうしたの?」


 吹っ飛んだ男はどうでもいいとして、モニカさんの方を窺おうと振り返って声をかけると、何やら口を開けて顔を赤くしていた。

 すぐに俺の声に気付いてハッとなり、いつものモニカさんに戻ったけど、どうしたんだろう?


「いや、モニカさんの方は大丈夫かなって……」

「え、えぇ。大丈夫よ、リクさんのおかげでね」

「そっか。なんだか、ぼーっとしていたけど……まぁ、モニカさんでもあんな男くらいはなんとかできたかもしれないけど、完全にモニカさんが付いて来ると信じ切っていたようだから、ちょっと腹が立って思わず……」


 しつこく付きまとって、モニカさんの方もはっきり嫌そうな態度を示していたのに、なぜか自分の方へ来ると信じて疑っていない様子だったからね、あの男。

 なんとなく、イライラした感情が沸きあがって、売り言葉に買い言葉という程ではないけど、ちょっと挑発する感じになってしまった。

 ちょっとやり過ぎたかなぁ?



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