第919話 獅子亭も夜は営業再開
コッソリとユノが、スプリンクラーを考えて空から降らせるようにしたらしい事を教えてくれる。
確かに火事と来たらスプリンクラーで消火、という考えはわかるんだけど……ユノが遊びに来ていたのは日本で、その日本では多くが屋内用だ。
しかも初期消火活動用でもあるし、建物の外側が燃えているのに効果……は、まぁあったんだろうけど。
直接水を掛けるという方法は達成しているので、間違いじゃないんだろうけどね。
それなら、消防車が外から水を散布するイメージにして欲しかったと思ったり……あれは、もっと大量に水がないと無理だろうけど。
そんな他愛のない、かは微妙な話をしながら獅子亭へと向かった。
そろそろ、モニカさんの怒りが収まっているといいなぁ――。
「あら、リクさんにエルサちゃんお帰り。ソフィーやアルネ、ユノちゃんも」
「うん、ただいま……大丈夫そうだ、良かった」
「ん?」
「いや、なんでもないよ……」
獅子亭に到着して中に入ると、笑顔で怒っている雰囲気が一切ない、いつものにこやかなモニカさんに迎えられた。
ただいまと挨拶しつつ、ホッと息を吐き安心して呟くと、モニカさんが不思議そうに首を傾げた。
蒸し返すのもどうかと思うので、とりあえず誤魔化しておく。
「モニカ、獅子亭の準備中か?」
「そうなの。父さんも母さんも、こういう時だからこそ、何事もなかったように過ごさないといけないって言って、夜からお店を開くって」
「あぁ、それ冒険者ギルドに行く時に、他の酒場をやっているおばさんからも言われたよ」
「まぁ、街の者達が協力して、不安感を広げないために動いているという事だろうな。私達も手伝おう」
「ありがとうアルネ、助かるわ」
俺達を迎えつつも、忙しなく動いているモニカさんを見て、ソフィーが聞く。
酒場のおばさんもそうだったけど、何事もなくお店を開く事で、街の人達を安心させようという考えらしい。
騒動があったからと、不安で店を閉めて非常時のような雰囲気を出すよりは、いつも通りお店を開いて平常時だから不安になる必要はない……とした方が、街にとっていいんだろう。
これも、ゴブリン防衛線を乗り越えて、街の皆の結束力が高まったおかげなのかもしれない。
「俺も手つだ……って……モニカさん、あれは?」
「あぁ、あれはいいのよ。母さんとルギネさんからの提案でもあるわ」
「……まぁ、マリーさん達が許可しているなら、いい……のかな?」
「……ふぇぇ……ひどいですよぅ……ふぐっ、えぐっ……」
「泣いているけど……ごめん、クラウリアさん。俺にはどうする事もできない……」
前回の滞在で、少し離れたアルネがモニカさん達を手伝うよう動き出し、ソフィーもそれに倣って動き出す。
俺も何か……と思ったその時、店の出入り口からは死角になっている場所で、柱に繋がれて、反省中と書かれた木の板を持たされているクラウリアさんを発見。
すぐ横では、ルギネさんが抜き身の剣を持っている事から、木の板に書かれている通り反省を促しているんだろうけど……マリーさんが許可しているなら、問題ないんだろう。
横にいるルギネさんからは、先程のモニカさんと似たような怒りの気配を感じるし、クラウリアさんの事を聞いた瞬間のモニカさんも、チラリと不穏な気配を滲み出していたりもして……。
泣いている姿のクラウリアさんは同情を誘うけど、俺には助ける事はできなさそうだ。
まぁ、あれだけの事をやらかしてそれだけで済んでいるのだから、まだ軽い方だよね、多分。
「うん、カーリンさんの料理もマックスさんに劣らず美味しいね」
「ありがとうございます、リク様」
皆で準備をして、獅子亭の夜営業を終えた後にカーリンさんが作った料理に舌鼓を打つ。
俺は別にグルメだとか、味の違いがわかるという程ではないので、美味しいか美味しくないかくらいしかわからないけど、カーリンさんが作った料理は十分お店の料理として出せるくらい美味しいと思う。
ちなみに、騒動があった直後なのでお客さんはいつもより少なかったけど、営業中にクラウリアさんを皆から見える場所で柱に繋げているわけにはいかないので、必ず誰かが見張るようにして奥に行ってもらっていた。
ルギネさんがマリーさんと協力して、簀巻き状態にしていたけど。
「……元々慣れていたからな。基礎ができている状態だから、教える事が少ない。まぁ、まだまだだが」
「父さん、ちょっと悔しいんでしょ」
「そ、そんな事はないぞ?」
「マックスさんには、まだまだ適いませんよ」
カーリンさんに感想を言っていると、目を細めたマックスさんが話す。
モニカさんがジト目で指摘し、マリーさんは何も言わず溜め息。
目を逸らして答えるマックスさんは、確かにちょっと悔しそうにも見えるけど、カーリンさんのフォローで持ち直したようだ。
俺にはどんな違いがあるのかはっきりわからないけど、マックスさんの料理とは違うような気もするから、細かい味付けとか料理の仕方とか、色々あるんだろうと思う。
「うぅ……お腹空いた……」
「……あー……」
他の皆や、獅子亭で働いてくれている人達も、カーリンさんの料理を食べている中、一人だけ再び柱に繋がれたクラウリアさんが憐れみを誘う声で呟く。
早朝に騒動を起こして、昼はモニカさん達から怒られ、ずっと縛られてだからお腹が空くのも当然か。
「……こうなったら、魔法を使って脱出を……英雄様にバレたら後が怖いけど、コッソリやれば……」
「いや、さすがにわかるよ?」
「ぴぃ! え、ええええ英雄様! わ、私は何も……ま、魔法なんて使おうとしていませんよ?」
「いやぁ、今はっきりと魔力が滲み出ていたから」
「うぅ……魔力を与えられてから、ちょっとした魔法を使おうとするだけで可視化された魔力が漏れるので、コッソリできません……お腹が空いたんですよぅ……」
何やらゴソゴソと、簀巻き状態で柱に繋がれておきながら、身じろぎしているクラウリアさんに近付いて声をかける。
驚いて言い訳というか、とぼけているけど魔力が漏れているからバレバレだ。
他人から与えられた魔力の影響なのだろうか、自分で漏れ出す魔力の全てを制御できないらしく、魔法を使おうとしたら必ず可視化された魔力が漏れるらしい。
それ、強力な魔法を使えるのはいいけど、隠密というかコッソリ何かをやるには不向き過ぎないかな? まぁ、だからこそ今回のように大々的に騒動を起こしたのかもしれないけど。
「はぁ……まぁ、一応これまで暴れる素振りはほとんど見られなかったし……えーと、モニカさん、マックスさん?」
「リクさんは優しいんだから。仕方ないわね。ただし! リクさんにまとわりつかないように!」
「まぁ、何も飲まず食わずで倒れられるよりはな」
さすがに、今回の騒動の元凶だとしても、このまま何も食べさせないというのはかわいそうだ。
それに王都に連れて行かなきゃいけないし、悪さをしたからといっても、最低限は食べ物を与えておかないとね。
……連行している間、ずっと泣かれるのが面倒だとかそんな事は考えていないよ、うん。
近くにいればなんとでもなるとは思うけど、空腹に耐えきれずに暴れたり今みたいに魔法を使おうとされたらいけないからという事で――。
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