第897話 開かない門と異変



「んー、反応がないわね?」

「そうだな。例え夜だとしても、見張っている衛兵が小窓から対応したりはするものだが……」

「……」


 モニカさんとソフィーが、二人で門を軽く叩いたり、声を出して呼びかけたり……さらには横にある人が一人通れるくらいの扉を叩いたりしても、何も反応がなく首を傾げている。

 俺はといえば、二人が言っていた事が冗談ではなかったようで、門を叩かせてもらえなかったので、少し後ろで待機中だ。

 俺の肩を、アルネとフィネさんが左右からポンと優しく叩かれたけど……落ち込んでなんかないんだからね!?


「どうしようかしら? こんな事今までになかったわ」

「本来なら、もうとっくに開いているはずなんだがな……」


 何度叩いても、声を出しても、固く閉ざされたままの門からは何も反応がない。

 どうしようかと考えている二人が、ふとこちらを振り返った……ん、俺?


「やっぱり、リクさんに門を破壊してもらうしか……?」

「そうだな。そうすれば確実に中に入れる」

「いやいやいや、二人共そうさせないために、俺に門を叩かせなかったんだよね!? それに、開かないからって門を破壊したら、街の人達に迷惑がかかるし、下手したらお尋ね者だよ!?」

「冗談よ」

「あぁ、さすがに冗談だ」

「……こんな時に変な冗談を言わないでよ」


 こちらを見るモニカさんとソフィーは、本気の目をしていたように見えたんだけど……本人達が冗談と言うのなら、そうなんだろう。

 さすがに、門を破壊する事が不可能とは思わないけど、そんな事をしたら奥の人に迷惑がかかるし、多分捕まるからね。


「しかし、どうするのだ? 一分一秒を争うわけでもないから、このまましばらく待つのもいいが……」

「お風呂に入りたいのだわー」

「ねー。お風呂入りたいのー。やっぱり、暖かいお湯がいいの」

「まぁまぁ、エルサ様もユノちゃんも、もう少し待っていて下さいねー?」


 アルネが難しい表情をしながら視線で示した先には、エルサを抱いて座っているユノ。

 そちらでは、昨日お風呂に入れなかった事を不満そうにするエルサ達に、フィネさんに宥められている最中だった。

 すっかりフィネさんがお守り役になったなぁとか、アルネが難しい表情なのは一応これまで通りに接すると決めていても、アルセイス様以上の存在だと知って扱い方に戸惑っているからだろう、なんてどうでもいい事が頭に浮かぶ。


「でも、実際に門が開かないんじゃなぁ……」

「いっその事、エルサで飛んで中に入るか? 門を入ってすぐは馬や馬車が集まる広場になっているから、エルサが降りられる場所があるだろう?」

「それもいいかもね。でも、エルサちゃんに馬や人を踏んだりしないよう、気を付けてもらわないといけなくなるけど……」

「それくらい、簡単なのだわー」

「でも、せっかく街の人達を驚かせないように、いつも離れて降りてもらっているのに……まぁ、ヘルサルの人達なら大丈夫かもしれないけど」

「リクさんとエルサちゃんなら、そこまで何か言う人や危険を叫ぶ人はいないと思うわよ? まぁ、新しくヘルサルに来た人も多いようだから、そちらはわからないけれど」


 王城に行く場合を除き、街に入る時などに離れた場所でエルサに降りてもらうのは、そこで暮らす人達を驚かせないためだ。

 ワイバーンなど、空を飛ぶ魔物もいるけどエルサはそれより大きいうえに、空から魔物が! となると騒ぎになるのは間違いないからね。

 一部では大きくなったエルサを見た事がある人も増えたし、騒ぎになる可能性は少なくなっていると思うけど、それでも驚かせちゃいけないと、今まで離れて降りてから、歩いて中へ入っていた。

 まぁ、新しくヘルサルに来た人が初めてエルサを見て、という事があるかもしれないけど、元々住んでいる人達の方が多いんだから、なんとかなるかな?


「とりあえず、エルサに乗って様子を見てみよう。もし外壁の内部で騒ぎが起こりそうだったら、おとなしく門が開くのを待つって事で」

「そうね、そうしましょう」

「中に報せるのだわ? だったら、空から一撃加えれば簡単に報せられるのだわ」

「いや、それはさすがに駄目だろう。エルサがやったら、門を破壊するよりも大惨事だし、ちょっとした騒ぎどころじゃ収まらなくなるから」


 物騒な事を言うエルサを諫めながら、とにかく大きくなってもらい、皆で乗り込んで空からヘルサルの様子を見る事にする。

 外壁の外を見張る衛兵さんはいるはずなので、そちらで何かしらの騒ぎが起きそうだったら、無理はしないとも決めた。

 中に入りたいだけで、騒ぎを起こしたいわけじゃないからね。

 そうして、エルサがゆっくり上昇して、外壁よりも高く浮かんで内部を見渡したんだけど……。


「何……これ……?」

「煙……火事か?」

「あ、あっち、あちらで今爆発が起きました!」

「魔物でも入り込んでいるのか? 戦闘をしているような雰囲気だぞ?」

「……俺達が思っていたよりも、中で深刻な事になっているみたいだね」


 今まで、門の前にいて大きな外壁に阻まれて内部の様子は何もわからなかったんだけど、視界が開けて見渡した街は、あちこちで黒い煙が立ち上り、フィネさんが発見したように散発的に爆発が起きたりしている。

 大体は、爆発のあとに煙が立ち上り始めているので、おそらく火を使った爆発なんだろう。


「よっぽどの緊急事態でないと、閉まっている門に入れないとは言ったけど、まさか内部がよっぽどの緊急事態になっているとは思わなかったわ」

「おそらく、あちこちで戦闘が行われているように、衛兵もそちらへ掛かり切りで門を開ける事もできないのだろう」

「もしかしたら、外へ逃さないために門を閉めているままにしているのかもしれんな……」

「うーん……エルサ、もう少し高度を上げてくれるか?」

「わかったのだわー」


 にわかに緊張感が走るモニカさん達。

 ふと気になった事があったので、エルサにお願いして高度をあげてもらうが、そちらは相変わらず暢気な返答だった。

 街のあちこちで戦闘が行われていたり、爆発している様子を見ても、エルサが動じる事はないようだ……深刻になり過ぎるよりはいいバランスなのかもね。

 ともあれ、気になる事を確かめるため、上げた高度から街の外を見てみると……。


「あっち、センテに続く東門や、西門の方でも、両方門が閉まっているみたいだね」

「確かにそうみたいね。人がいるのが見えるわ」

「馬車もいくつか見えるから、おそらく商隊か何かだろうな」

「という事は、やっぱり俺達が入ろうとしていた南門以外も閉まっているって事で……アルネが予想したように、戦っている何者かを外に逃さないように……って事かもしれないね」


 南門に限らず、東西の門も固く閉ざされているのは、そちらで人や馬車が立ち往生している様子なのを見てわかる。

 空からだと農園の方も見えるけど……さすがにそっちに人がいるかは確認できないか。

 まぁ、門が閉じてて外に出られないだろうし、この様子だと働きに出ている人はいないだろうね――。



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