第872話 呼んでいる者



「リク、呼んでいるの!」

「ユノ?」


 俺とエルサがそんなやり取りをしていると、いつの間にかもとに戻った様子のユノがベッドに立ち上がっていて、急に声を上げた。

 呼んでいるって、一体なんの事だろう?


「前に来た時は、別の場所を見ていたから気付かなかったみたいなの。今回来た時に私とリクを見つけて、呼んでいるの!」

「えっと……一体誰が呼んでいるんだ?」

「あの気配、成る程だわ。……面倒な事にならないといいけどだわ」


 必死な様子というわけではないけど、何やら誰かに呼ばれている事を伝えたい様子のユノ。

 前回来た時っていうのは、集落が魔物に襲われている時だと思うけど……俺とユノを見つけて呼ぶって、一体?

 俺に対して溜め息を吐いていたエルサは、何やら納得してまた別の溜め息を吐いていた。


「とにかく、アルネを起こすの。エルフを連れて行かないと、会ってくれないの」

「あ、おいユノ!」

「はぁ……追いかけるのだわぁ」

「エルサ? 何か知っているんだろう?」

「今はとにかく、ユノを追いかけるのだわ。すぐに説明してくれるはずなのだわぁ」

「……仕方ないか」


 アルネを起こすと言って、ベッドから降りて駆けだすユノは、そのまま部屋から出て行った……きっと、言った通りアルネの部屋に行ったんだろう。

 ……アルネ、食事後は研究について考え過ぎたと言って、すぐに休むと言っていたんだけど、大丈夫だろうか?

 ともあれ、何やら事情を察したらしいエルサに聞いてもはぐらかされるだけなので、仕方なくユノを追いかけて、俺も部屋を出た。

 その際、ちゃっかり俺の頭にドッキングするのを忘れないエルサ……何気に抜け目がないね。



「……アルネ、大丈夫?」

「ぐっ……リク、これが大丈夫に見えるか? ゴホッゴホッ!」


 ユノを追いかけてアルネの部屋に入ると、ベッドで横になっている寝ていたはずのアルネのお腹にユノが膝立ちで乗っていた。

 おそらく、前に俺に圧し掛かって起こした時の要領で同じようにしたんだろうけど、進化させて膝立ちにするとは……恐ろしい子!

 って、感心している場合じゃないな……思わず心配して声をかけたら、咳き込みながらも応えてくれるアルネ。

 良かった生きてた、じゃない、起きてた。


「アルネ、早く起きるの! 呼んでるから一緒に行くの!」

「ちょ、ぐっ! がはっ!」

「ユノ、ストップストップ! それ以上やるとアルネが起きれなくなっちゃうから! 安らかに寝ちゃうから!」


 はっきりと声をだしているのに、ユノはさらに体重をかけてアルネのお腹の上で、こまめにジャンプを繰り返す。

 人のお腹の上で、さらに膝立ちなのにジャンプとは器用な……と思っている場合ではなく、慌ててユノを止めるために抱き上げてアルネのお腹の上からどかした。

 ……ぜぇぜぇと荒い息をしているけど、なんとかアルネは無事なようだ。

 あのままだと、本当にアルネが安眠というか永眠するところだった……起こしに来たはずなのに、ある意味寝させようとするとは……。


「ユノ、それで一体どういう事なんだ? アルネも起きたし、説明して欲しいんだけど」

「はぁ……はぁ……起きたは起きたが、危うく永い眠りにつくところだったんだが……」


 抱き上げたユノを部屋の床に降ろし、そろそろ説明をしてくれと声をかける。

 アルネはベッドの上で、荒い息を整えている……すぐは動けそうにないから、休みながら話を聞いていてくれればいいかな。

 お腹の上にいきなり乗られるのって、想像以上に驚きとダメージがあるから、と経験者だから心の中で同情しておく。


「あのね、さっき言われたの。エルフを一人連れて、こちらに来て欲しいって」

「エルフを……だからアルネを起こしたのか。でも、来て欲しいって誰に言われたんだ?」


 さっき、呼ばれているって言っていたユノだが、一体誰に呼ばれたのか。

 そもそも、エルサはなんとなくわかっても、俺には何も聞こえなかったし、気配すら感じなかった。

 電話のような通信手段があるわけじゃないし、同じ場所にいる俺に気付かれないように話すのは不可能だと思うんだけど……。

 ただ、ユノは虚空を見てなにやらもごもごと口を動かしていたから、本当に何かと話していたらしいのかもしれないが。


「アルセイス。懐かしい人……人? 人じゃないけど、その人から呼ばれたの」

「アルセイス?」


 どこかで聞いた事があるような……?


「そ、その名は、もしかしてアルセイス様の事か!? ゴホッゴホッ!」

「アルネ、落ち着いて。まだダメージが残ってそうだから、ゆっくりね?」

「あ、あぁ……しかし、アルセイス様だと……? 本当に呼ばれる事なんてあるのか?」


 そのアルセイス、という名が聞き覚えがあるような? と考えていると、まだベッドで休んでいたアルネが驚きと一緒に激しく反応した。

 アルネを落ち着かせるように声をかけつつ、そう言えばと思い出した。

 初めてアルネやフィリーナと会った時、アルセイス様って言っていたんだったね……確か、フィリーナの特別な目は、アルセイス様の加護とかなんとか言っていたっけ。

 話の流れから、人間やエルフとは違うのがわかるけど、アルセイスというの人? がどういう存在なのかまではわからない。

 ……まぁ、ユノに直接語り掛けるとか、特別な目を授けたりとかって時点で、なんとなく神様関係かなぁと思うけど。


「アルセイスは、森の神として存在しているの。エルフの人達が、崇めている神様って言ったらわかるの?」

「森の神様……あぁ、確かにエルフさん達が崇めそうではあるか」

「……アルセイス様は、我々エルフを守護してくれる存在だと伝わっている。森と共に生きる事で、アルセイス様の加護を得られて、エルフに繁栄と平穏をもたらすとな。だから、強固に森から出て生活する事に反対する長老達がいたのだが……フィリーナの魔力が見える特別な目も、アルセイス様からの加護を受けたのだ」

「あれ、それって今は森の外に出て暮らしているから、怒られたりするのかな?」

「……わからない。集落の半分は森で、離れているわけでもなくまだ森の中で生活している者もいる。だから、アルセイス様の加護は完全になくなったとは考えられてはいないが……」


 森の神で、エルフが崇める神様って事か。

 だから長老達のように古くから森で暮らしているエルフは、森から出て暮らす事に反対だったのかもしれない……エヴァルトさんの話を聞く限り、そこまで高尚な考えがあったかどうかは疑問だけど。


「それじゃもしかして、エルフが人間を拒絶していたのも、そのアルセイス様の教えとかそんな感じなのかな?」

「いや、アルセイス様は他者を嫌ったり、排除する教えはないはずだ。ただ、エルフはアルセイス様に創られたという伝承がある。だから、人間とは違う成り立ちから、拒絶する方向へ行ったのかもしれん」

「アルセイスは、森を害する存在以外は何者を拒絶する事はないの。確か、『森は全てを包み込んで慈しむのよん』って言ってた。あと、『だからといって、森の中に閉じ込める事はしないのん。森の中や付近にいれば恵みと加護を与えるけど、外へ行ったとしても罰する事はないよー。去る者追わずの精神なのよー』だったかな?」

「随分、軽い話し方なんだね、そのアルセイス様って……」



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