第864話 見送りの際に発覚する事実



 見送りに来てくれた人達の中で、マックスさん達の次はルギネさん達。

 獅子亭の事は任せろ、と請け負ってくれるルギネさんは頼もしいけど、アンリさんに指摘されて悔しそうにしている。

 実力がマックスさん達に及ばないからって、必要ないって事はないから安心して欲しいな。

 グリンデさんは、以前から変わらずシッシッと追い払うような仕草をしているけど、ちゃんと見送ってくれるから、少しは態度が緩和したのかなと思う。


 ミームさんに関しては、肉を求める姿勢が変わっていないけど……お肉が美味しいのはわかるけど、相変わらずその肉への執着心がどこから来ているのか、疑問だ。

 アルネやエヴァルトさんに聞いて、何か珍しいお肉があれば持って帰って来ようかな。

 珍しい物が美味しいとは限らないけど……珍味って、食べる人の好みで別れたりもするから。


「カーリンさん、獅子亭での仕事頑張ってください。ちょっと……いや、かなり忙しいとは思いますけど」

「はい! リク様のおかげで仕事も見つかって、しかも料理を学ぶ機会にも恵まれました。助けて下さった事もそうですが、リク様には感謝してもしきれません! 忙しいのは、むしろ望むところです!」

「まぁ、ほとんど全部偶然が重なっただけですよ……」


 意気込みが十分なカーリンさんは、俺に感謝するように深々と頭を下げる。

 偶然ひったくりに遭ったところに遭遇して助けて、偶然料理ができて獅子亭で即戦力になれて、偶然人手が足らない所という、ここまで重なると仕組まれたのかな? と思ってしまうくらいの偶然が重なったけど、狙ってやったわけじゃないからね。

 苦笑しながら、これ以上感謝する必要はないから、頑張るだけでいいとだけ伝えておいた。


「伯父様にも、連絡しておかないと。お父さん達から離れるって伝えたら、私の事を心配してくれていたし……」

「ん? 伯父様?」


 言葉のニュアンス的に、オジサマとか怪しい響きではなく、親戚という意味での伯父様だと思う。

 まぁ、親類なら女性が一人で親元を離れると聞いたら、心配するのも当然か……。


「伯父様は、王都で偉い役職に付いているんです。だから、私や両親にも家名があるって聞きました」

「王都で偉い役職……えっと、確かシュレーカーって家名でしたっけ?」

「はい。あ、リク様は王都にも滞在していたので、伯父様を知っているかもしれませんね。ヴェンツェル・シュレーカーって言います!」

「え……えっと……」

「ヴェンツェルだと!?」


 どこかで聞いた事のある家名だと思ったら、ヴェンツェルさんだったかぁ……そう言えば、シュレーカーって以前名乗っていたような気がする。

 ヴェンツェルさんと呼ぶ事に慣れていたし、特に意識していなかったから忘れていたけど。

 こんなところにも、予期せぬ偶然があった……と思いつつどう反応していいかわからないでいると、ヴェンツェルさんの名前を聞いたマックスさんが、大きく驚いていた。

 マックスさんはヴェンツェルさんと昔からの親友で、筋肉仲間だし、そりゃ驚くよなぁ……俺と同じく、家名の方は忘れていたっぽいけど。


「リクさーん、そろそろ出発するわよー」

「あ、うん。わかったー!――カーリンさん、ヴェンツェルさんの話はまたヘルサルに戻って来た時に……って、マックスさんにも話しておいて下さいね! それじゃ!」

「あ、はい。え、マックスさんも伯父様の事を知っているんですか? 王都にいたリク様なら、知っていてもおかしくないとは思いますけど……」

「知っているも何も……」

「リクが拘わっているとはいえ、奇妙な縁もあったものねぇ……」


 他の人達との挨拶が終わったんだろう、モニカさん達が俺を呼ぶ声に応えて、カーリンさんとの話もそこそこに離れる。

 クラウスさん達との話もあって、少し遅めの出発だから、もたもたしていられないからね……遅くなると、明日中にエルフの集落に到着できなくなってしまうから。

 エルサが速度を出せば、今日中にでも行けるんだけど、さすがにそれは皆……時にソフィーが怖がるだろうからできない。

 皆に手を振って、キョトンとしているカーリンさんと、驚きながら話しているマックスさんやマリーさんを見つつ、エルフの集落へと出発した。


 ……アメリさんはハーロルトさんの知り合いだったし、カーリンさんはヴェンツェルさんの姪っ子三だった……なんだろう、偶然で済ませていいのかな?

 ともあれ、世間って意外と狭いんだなぁ……。



「なんだ、リクは気付いていなかったのか?」

「え、ソフィーは知っていたの?」

「もちろんだ。家名自体は多くないからな。というか、貴族しか持っていない」

「ヴェンツェル様は、軍トップの将軍なので当然騎士爵を持っていますから、家名も持っています。まぁ、騎士爵を叙爵された方全員というわけではありませんけど。家名を持つか持たないか、自分で決められるんです」

「ハーロルトさんは、家名を持っていなかったわよね?」

「んー、名乗らなかっただけかもしれないけど、家名があるとは聞いていないね」


 獅子亭を離れ、ヘルサルを出てエルサが大きくなっても迷惑しなさそうな場所まで移動しつつ、皆と話す話題はカーリンさんの事、というよりヴェンツェルさんか。

 ソフィーやモニカさんは、ヴェンツェルさんの家名であるシュレーカーというのを覚えていたらしく、アルネはあまり貴族とか家名に興味がなくてわからなかったとの事。

 ユノやエルサは、興味なさそうだから当然知らないとして……フィネさんは、どこかで聞いた事があるというのと、家名を持つのは貴族であるという事から、カーリンさんと出会った昨日の夜に一人で考えている時に思い出したらしい。


 興味のないアルネ達は置いておいて、一番ヴェンツェルさんと接していた俺が気付かなかったというのは、なんだかヴェンツェルさんに申し訳ない、かな?

 まぁ、あの人はそういう細かい事を気にしなさそうではあるけど。


「とはいえ、ヴェンツェルさんは自分で家名を決めたのではない、とフランク様から聞いた事があります」

「自分で決めていないって事は、誰かに決められたって事ですか?」

「誰かに決められたというより、最初から決まっていたらしいです」

「ん? だが、騎士爵なのだろう? 領地を持って代々治める事を義務として課される、男爵以上の爵位とは違い、騎士爵は一代限りの爵位だ。家名を持ち、家族や親族はその家名が付けられるが、本人がいなくなれば家名もなくなるはずだが……」

「ヴェンツェル様は、武門の家系なのです。カーリンさんやその両親が、村でお店を開いている理由はわかりませんが、ヴェンツェル様の血筋は貴族ではありませんが、優秀な軍人を輩出しているとフランク様から聞きました」

「有力者の家柄って事ですか?」

「そういう事になります。なので、家名がある事が自然なのです。おそらく、ヴェンツェル様の上の世代……もしかしたらもっと前からかもしれませんけど、次の代へと移り変わる前に、次の世代の人達が騎士爵を賜る。そうして、家名が続いているんだと……全部、フランク様から聞いた事ですけど」



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