第858話 目的不明な指示
各地の情報やらが集まる王都でヴェンツェルさんやハーロルドさん達には、そういった事は報告されていなかった……という事は、他で捕まったってわけじゃないのか。
もしかしたら、何かしらの理由で自分で抜いたと考える方が、可能性はありそうだ。
そもそも、ブハギムノングの鉱山や研究所で大量のガラスを使っていたり、施設を作ったり維持する費用を考えれば、潤沢な資金がありそうだし、今回のようにひったくりみたいな事をする人は出そうにない……というか、あんなせこい犯罪を犯して捕まるような失態は、察せないように管理しそうだ。
男達が話していた内容も、お金を他に持っていないような感じだったし……だとすると、組織を抜けたとかでその際に歯を自分で引っこ抜いたとか……かな? でもそれなら、毒を仕込んだままにしているのもいるらしいし……。
組織に所属している間は、毒が仕込まれた状態にしていないといけないんだろうけど、組織を抜けた場合にそのままにしておく理由はないよな……何かを食べる時とかも気を付けないといけないし。
まぁ、歯を引っこ抜く痛みと、日常で気を付ける事では、どちらが楽なのかは人次第だろうけど。
……そもそも、あれだけ管理統制されている雰囲気だった組織が、簡単に抜けられるとも思わないし……うーん。
「その共通点を持っている人達で、他に気になる事ってありませんでしたか? えっと、魔力量が異常に多かったり、実は人間じゃなかったりとか……」
「いえ、そのような事はありませんでした。我々が捉えた者は全て人間でしたし、魔力量が特に多い者もいません。ただ……捕らえた者達がよく言うのは、指示されてこの街に来た事ですね」
「この街に指示されて……という事は、初めからこの街で悪さをしようとしに来た?」
「どうでしょう……少なくとも何人かは、捕まえられるような事をするまでは、仕事を見つけて働いていたという者もいます。特にその時は問題を起こしたりはしなかったようですし、真面目に働いていたようです」
ふむ……モリーツさんのように、何かの目的を指示されてヘルサルに来たってわけではないのか。
ただ、この街に来る事が目的……元々、毒を仕込んだ人はならず者ばかりで、そのうち悪さをすると考えていたから? いや、それなら何かをするように……それこそもっと酷い事をして、街を混乱させるような事をさせた方がいいだろう。
街に自分達の配下を送り込ませたかった? でもそれなら、いくら毒を仕込んでいても捕まれば情報が漏れる心配もあるので、むしろ悪さをさせたりはしないだろう……ましてや、ひったくりとかのせこい事は特にね。
そもそも、歯を引っこ抜いて毒を無効化している人もいるのだから、組織側が管理や統率しているわけではなさそうだ。
……なんのために、ヘルサルに来させたのか理由が全くわからない。
「この街にいるのかはわかりませんが、指示している人間はいるかもしれないんですよね?」
「まぁ、別々に捕まえた者達が同じ事を言っているので信憑性はあるかと。別々の事件で捕まえた者の言い訳が似通う事はあっても、全く同じになるなんて通常はあり得ませんから。なので我々は、クラウス様の指示を仰いで、事件を起こそうとしている黒幕……指示をしている者が近くにいるのではないかと、調査をしています」
「クラウスさんが……」
「はい。クラウス様は、リク様が守ったこの街をならず者の好き勝手にさせるわけにはいかない、と治安を守る衛兵たちに檄を飛ばしていました」
「あはは……まぁ、俺が守ったというか、皆で守った街ですから……」
俺がというのはともかく、クラウスさんが頑張っているというのはよくわかった。
本当に黒幕が街の中にいるかはまだわからないけど、住民が人達が安心して暮らせるようにと考えれば探し出さなきゃいけないし、もしいなくても指示された人達を見つけておかないといけない。
……何も悪い事をしていない人を捕まえるのは無理だろうけど、調べて警戒するくらいはできるだろうからね。
んー、それならクラウスさんにも、ある程度の事を話しておいた方がいいかもね……。
「すみません、ちょっとお願いがあるんですけど……?」
「リク様からであるのなら、全てにおいて優先します!」
「いや、仕事を優先しましょうね? えっと、クラウスさんに今日か明日あたりで、少し話をする時間はあるかなと。あ、明日になるならできれば早いうちがいいです」
ヘルサルにもあの組織の関係者が……という事なら、早いうちにクラウスさんと話しておいた方がいいと考えて、隊長さんにクラウスさんと話せるようお願いする。
エルフの集落から戻る時もよる予定だけど、その数日の間に何かが起こらないようにね。
まぁ、予定の方はずらす事ができるけど、話をするだけなら早いに越した事はないから。
「クラウス様にですか。最近は農園の事でお忙しいようですが……リク様からなら、大丈夫でしょう。至急、クラウス様に確認させて頂きます」
「早い方がいいとは言いましたけど、最優先とかではないですからね? あ、もし話ができるなら獅子亭で話をしたいとも伝えて下さい。えっと、獅子亭というのは……」
「踊る獅子亭、今評判のお店ですね。畏まりました」
「お願いします。それでは……」
治安を守る衛兵の隊長さんなんだから、仕事を優先して欲しい……クラウスさんと話す事も重要だけど、街の人達を守るのも重要なんだから。
話す場所はマックスさん達にも、ある程度防犯のために知っておいて欲しいし、獅子亭でいいかなと考えて隊長さんに伝える。
最近お客さんが増え過ぎて盛況だから、評判を隊長さんも知っていたらしい。
クラウスさんへの確認を任せて、その場を離れた。
他の衛兵さんが、被害に遭った女性から事情を聞き終わった様子だし、フィネさんやアルネが付いていてくれたから、かなり落ち着いたみたいだからね。
気を失った男達は、縛られたうえで持ち上げて運ばれて行ったみたいだし。
「ありがとうございます、リク様。リク様に助けてもらえるなんて光栄です! 迷惑をかけてしまったのは、申し訳ありませんが……」
「いえ、気にしないで下さい。偶然通りがかっただけですからね。特に手間もかかっていませんし……」
「悪さをするなら、もう少し手応えが欲しかったですけど……でも、困っている人を助けるのは、騎士や冒険者として当然です」
俺が女性に近付くと、向こうが気付いてガバッ! と音が聞こえそうな程深々と頭を下げられ、お礼と謝罪をされる。
とはいえ、本当に偶然だったし手応えはともかく、フィネさんの言う通り困っている人を助ける当然の行いをしたまでなので、気にしないで欲しいな。
「それで、急にあの男達が?」
「はい……多分、私がこの革袋からお金を出して、買い物をするところを見ていたんだと思います」
衛兵さんにも話したんだろうけど、なんとなく流れでひったくりに遭った時の状況の話になった。
女性は最近街に来たばかりで、持っているお金は出身の村から出る際に貯めていたお金や、村の人達から餞別としてもらったのも含まれているらしい。
要は、全財産を持ち運んでいるという事だね――。
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