第846話 農場の中は少しだけ暑い



「リク様、ハウス栽培と言うのは?」

「あぁ、俺が結界を張って外から隔離した農場の状態を、ハウス栽培と呼ぶようにしています」

「成る程、ハウス栽培ですか……畏まりました、この街の者達にもそう呼ぶように浸透させましょう」

「いや、別に呼び方はなんでもいいんですけど……それで、結界の内部はどうですか? えっと、具体的には暑すぎるとか、そういう事は……?」


 温度管理が完璧じゃないので、まだハウス栽培とは言えないが、とりあえず便宜上結界で覆って農場にするのをハウス栽培と呼ぶようにしている。

 まぁ、呼び方はなんでもいいし、相手に通じればいいから無理して帰る必要はないんだけど……それはともかく。

 結界内での温度はどうか、クラウスさんに聞いてみた。

 透明だから直射日光を遮る事はないし、結界は空気を完全に遮断するから、内部が暑すぎたりしていたら作業にも支障が出てしまうからね。


 まぁ、熱伝導だのなんだので、夜間に冷まされてそこまで猛烈な暑さにはなっていないと思うけど……今この国の気候もどちらかと言えば少し低いくらいだし。

 とはいえどうなるかわからないし、作業や作物に影響が出過ぎてしまうようなら、早く温度管理用の何かを用意しないといけないからね。

 今回はエルフの集落にその研究を、という主目的だけど、ヘルサルでの様子を見てどうなのかと言うのも調べておく目的もあるから。


「結界の内部は、外部より多少暑いと感じますかな。ただ、夜間は涼しくなりますし、結界のおかげで安全に作業ができるので、問題は何も起きておりません。……いえ、それどころか、ヘルサル周辺では育たなさそうな作物も作る事ができるかもと、作業者より上申されております」


 多少は暑くとも、今のところ支障らしい支障はないようで良かった。

 よくわからずとりあえず結界で覆っただけだし、温度管理の事は頭になったからなぁ……暑くなり過ぎて、作業者が働けないとかになったら本末転倒だからね。

 入り口を、多少大きめにしたおかげもあるかな? この先ハウス栽培を開始する時には気にしておこう。


 あと、この辺りでは育たない作物も育てられる可能性、というのはハウス栽培をやるうえでの利点だ。

 もちろん、土が合わなかったりなどの条件で、作れない物もあるんだろうけど……温かくすればもっと温暖な地域の物も育つ可能性が高いし、その逆もね。

 温度管理ができるようになったら、もっと幅が広がりそうだ。


「土に合う物なら、栽培できるかもしれませんね」

「はい。特に南側の……もしかしたら国外の作物を作る事もできるかと、今相談しています。まぁ、現状で既に農地のほとんどが埋まっているので、作物の収穫が済んでからとなるでしょう」

「無理に急いで始めるよりも、じっくり検討して試す方がいいでしょうからね」


 本当に土に合うかどうか、というのは多分実際に栽培を始めてみないとわからな部分もあるからね。

 栽培できて収穫まで行っても、収穫物の数が少なかったり、味が悪かったりなどの場合だってある……こういうのは試行錯誤の繰り返しで、やってみる事が大事だと思う。

 とは言っても、知識のある人達と話し合ったり十分に吟味するくらいはしないとね。


 あと、ハウス栽培で一番の欠点は農場にしている範囲……何事も、メリットとデメリットがあるから仕方ない。

 通常なら、人手があるのであれば農地を広げるのも検討する必要があるんだろうけど、ハウス栽培はあらかじめ場所が決まっているから、後で広げる事が難しい……結界を張り直すとかは別としてね。

 前回見に来た時は、少し余裕を持たせて結界を張ったから、まだ余裕はあるだろうけど。


「……リク?」

「ん? あぁ、そうだね。――クラウスさん、実際に農場に入って見る事はできますか? あと、ガラスの方も見ておきたいんですけど……」


 アルネに呼ばれてそちらを見ると、何やら言いたい様子……というより、見てみたいと考えているのがわかるくらい、期待している表情をしていた。

 ヘルサルの結界を維持するガラス、フィリーナが魔法具化したけどその様子見も兼ねているから、そちらも見てみたいんだろう。

 アルネに頷いて、クラウスさんに農場やガラスを見に行く事ができるかを聞く。


「もちろんです! リク様が農場に来て下されば、作業者たちも喜ぶでしょう。それに、元々はリク様が作ったと言っても過言ではありませんからな。ガラスの方もですが、リク様を拒む事はありませんし、私の許可も必要ありません」

「そ、そうですか、ありがとうございます。――それじゃ、ヤンさん」

「えぇ。私は行けませんが……もし見つかれば、元ギルドスターの様子も見て来て下さると助かります」

「わかりました。クラウスさんへの連絡や、場所を貸してくれてありがとうございます」


 俺が農場へ行くと聞いて、嬉しそうにしながら勢い込むクラウスさん。

 その勢いに圧されながらも、許可というか農場に行くのは問題ないようなので、頭を下げてお礼を言う。

 ヤンさんには、連絡と部屋を貸してもらったのでそちらにもお礼をしておいた。

 広い農場だから、元ギルドマスターと会えるかはわからないけど、見かけたら声を掛けてみよう――。



「やはり、リク様は街の者達からの人気がおありですなぁ」

「ははは、皆良くしてくれるので嬉しい限りですよ。でも、クラウスさんも声を掛けられていたので、人気なんじゃないですか?」

「いやいや、私は女王陛下とリク様のため、街の発展に尽力をしているだけです。人によっては嫌われていますよ」

「俺のためって……まぁ、代官という仕事の内容は俺にはわかりませんけど、そういう人がいるのは仕方ないですね……」


 冒険者ギルドを出て、クラウスさんやトニさんとも一緒に農場へ向かいながら話す。

 トニさんが少し難しい表情をしているので、仕事の方は大丈夫かなと思ったんだけど、クラウスさんが俺と一緒に農場の様子を見たいんだそうだ……街の事業のため、働いている人達の様子を見たり、激励をするのも仕事だとかなんか。

 一応、トニさんの様子も窺ってみたけど、溜め息を吐きながらも頷いたので当たらずとも遠からずというか、大丈夫なんだろう。

 それにしても、俺が農場へ向かう途中にすれ違う人達や、お店を開いている人達で、以前から街に住んでいる人達の多くは手を振ったり会釈したり、声を掛けてくれる。


 それを見て、クラウスさんは俺に人気がと呟いた。

 でも、俺だけじゃなくクラウスさんに対しても、皆笑顔で接していたから人気があると思う。

 クラウスさんが言うように、代官という役人だし行政側の人間だから、反発したり一部の不満を持つ人達からは嫌われているのは仕方ないけど。


 通りがかる人達の笑顔を見る限りでは、嘘の笑顔に見えるものはなかったように思うし、それだけちゃんと街を管理して皆のために働いてくれているんだろうと思う……女王である姉さんにはわかるけど、俺のためにというのはちょっと微妙な気がするけどね。

 そこは、民のためとか言わないのはクラウスさんらしいのかもしれないけど――。



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