第820話 身軽でトリッキーなフィネさん



「最後は、フィネ嬢ちゃんじゃの。わかっておると思うが……」

「はい」


 ソフィーとの模擬戦が終わった後は、最後にフィネさんとの対戦。

 そのフィネさんは、刃引きした斧を右手に持っているだけで、今回は投げる斧を持っていない。

 投擲に頼る事が多いのを改善するためでもあるし、新しいフィネさんの戦い方を模索するためでもある。


「では、始めじゃ!」

「ふっ!」


 フィネさんとお互い向かい合って構え、エアラハールさんの合図で模擬戦の開始。

 最初は防御に徹する俺に向かって、合図と共に踏み込むフィネさん。

 ソフィーやモニカさんと比べたら小柄なためなのか、これまで欠かさず鍛錬してきた成果なのか、ともかく、踏み込む速度はソフィー達より上だと思う。


「でも、速くても正面からなら……!」

「はぁ!」

「くっ!」


 踏み込んだ速度のまま、フィネさんはソフィーと同じように大きく振りかぶった斧を振り下ろす

 武器は違うけど、先程ソフィーと模擬戦をした時と同じような形で、再び木剣を上げて防御する。

 フィネさんが小柄でも、勢いと木剣よりも重量のある斧で、十分に体重を乗せた一撃はソフィーのよりも重かった。

 でも、この程度なら押し返して隙を作って……。


「っ!!」

「んぇ!?」

「はぁ!」

「こなくそぉっ!」


 俺が木剣で受け止めた斧を押し返そうと力を入れた瞬間、いつの間にか斧に左手を添えていたフィネさんは、押し込むように力を入れた後、木剣を起点にして空中に浮かび上がる。

 そのまま小柄な体は俺の頭上を回転しながら通過し、背中から呼気を放つ音と気配を感じる。

 すぐさま腕を伸ばして遠心力と共に木剣を横に振りながら、体も一緒に右回りで回転させた!

 おそらく、俺の意表をついて背後に回り、空中で体を捻りながら着地、そのままの勢いで斧を振ると予想……。


「っ! っとと……さすがですね、リク様。完全に意表を突けたと思ったのですけど」

「全然予想していなかったから、意表は突かれました。なんとか振り払いが間に合って良かったです」


 腕を伸ばし、剣を振り払う事で大振りにはなってしまうけど踏み込んできているはずのフィネさんへ確実に当たるはず……という目論見通り、危ういところで斧でガードし、そのまま押されてフィネさんがたたらを踏みながら交代してくれた。

 あの瞬間、少しでもフィネさんの呼気を感じるのが遅れていたら……いや、俺が体を回転させる速度が遅れていたら、間違いなくフィネさんの一撃は俺の体に直撃していただろうね。

 逆に、フィネさんが俺へと斧を当てる事に固執していたら、お互いの武器が体に当たって痛み分けになっていたと思う。

 とっさの判断だったけど、我ながら悪くなかったんじゃないかと思いつつも、向こうが斧、こちらが木剣で助かったとも思う。

 ……向こうよりリーチが長い武器だったからこそ、間に合っただろうからね。


「ですが、これだけでは終わりません……よっ!」

「もちろん、それはわかっています……んっ!」


 二、三度打ち合っただけで模擬戦は終わらない……再びフィネさんから踏み込んできて、お互いの武器を振るって行く。

 フィネさんは、投擲がなくても十分過ぎるくらいトリッキーな動きで俺を翻弄しようとするので、防御するにも回避するにも厄介な相手だった。

 小さくとも重量のある斧を使っていながら、小柄な体を生かす戦いだね……ある意味、リーチが短い斧だからこそ、邪魔にならずにできる動きなんだろう。

 先程のように、打ち合った際にそこを起点にして飛び上がったり、油断していた部分に蹴りや体当たりをしてきたりと、相手の体勢を崩す戦いが多かった……ソフィーがさっきやっていた戦い方を熟練させた形とも言える。


 おかげで、一撃を受け止めただけで安心してはいけないと、教えてもらった気にもなれる程だ。

 これまでの経験も含めて、さすがBランクの冒険者だと何度も感心させられた。


「そこまでじゃ!」

「っ……はぁ……はぁ……ありがとう、ございました……」

「こちらこそ、色々教えてもらった気分です。ありがとうございました……はぁ……疲れた……」


 モニカさんやソフィーよりも長く続いていた模擬戦は、エアラハールさんの静止によって終わる。

 お互い打ち合わせていた武器を引き、お礼を言い合って息を整える。

 ずっと動き回っていたフィネさんは、俺より運動量が多くて荒い息を吐いているけど、俺もさすがに溜め息を吐くように体に溜まった空気を吐き出す。

 休憩する時間はあったけど、さすがに三人と連続で模擬戦をするのは疲れるよね……体力的にもそうだし、集中しなきゃいけないから、精神的にもね。


「はぁ、あれだけ動いてほとんど息を乱さない、リクさんはさすがというべきかしら?」

「まぁ、尋常じゃない体力だと思っておこう。それにしても、あっけに取られる程の動きだったな……私には、まだまだあれ程動く事はできそうにない」

「いえ……結局全てリク様に防がれましたので……せめて一撃位はと思ったのですけど。ソフィーさんのようにはいきませんね」

「……あれは、意表を突くどころか無謀な一手だったと、振り替えって自分でも感じるくらいだからな。防がれていたら、その先に繋がる手は完全になかった」


 息を整えるフィネさんに、モニカさんとソフィーが近寄って話しかける。

 色々と言われている気がするけど、集中を続けた疲れはともかく、あれだけ連続で動いてあまり疲れとかを感じず、息切れもしていない自分に俺自身が驚くらいだからね。

 感覚的には、全力疾走で長距離走をやったくらいなのに、疲労的にはジョギングを少ししたくらいのかんじという……自分でももうよくわからない。


「さて、先程の動きじゃが……リク、最初に剣を振り払ったのは結果的に良かったが、場合によっては悪手じゃ」

「えぇ……」


 模擬戦の終わった俺達に、離れて見ていたエアラハールさんがゆっくりと近付きながら、先程の指摘をする。

 でもあの振り払い、俺としては結構上出来な動きだと思ったんだけどなぁ……。

 

「先程はフィネ嬢ちゃんがすぐに攻撃動作へと移ったから良かったものの、少しずらしていたら空振りさせられていたじゃろう。相手が見えない状態で、闇雲に剣を振るのはデメリットの方が多いものじゃぞ? というか、背後は見えておらんのじゃろ?」

「さすがに、後ろは見えませんよ。……まぁ、確かにちょっと振り回した感はありました」

「うむ。人はもちろんじゃが、魔物によっても知恵のある奴はおる。背後に回られた際、こちらの動きを予測して空振りさせようとするのもいるからの」

「確かに、あの場面でフィネさんが一歩引いていたら……焦った俺がただ大振りをして大きな隙ができていたと思います。うーん……あの場面ではどうしたらよかったんでしょう?」


 言われて見たら、フィネさんの呼気を感じて思わず回転しながら剣を振ったけど、それがフェイントで一歩引かれていた場合、単純に空振りしてしまう事になる。

 確実に先手を取り優位に立っている状況なのだから、隙ができてしまえば後はフィネさんの攻撃を受けるだけだ。

 体を止めようにも、そこにまた隙が生まれてしまうし、相手が見えない状態からなのだからその判断も遅れるのは当然の事。

 とは言っても、あの時他にどう動けばいいのかわからないので、素直にエアラハールさんへと聞いた――。



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