第792話 城下町を歩いても大丈夫そう
ふとエアラハールさんの事を思い出したので聞いてみると、今日はまだお酒を飲んでいたいらしい。
一日中お酒をと考えると、トラブルが怖いと思ったんだけど……俺とは違って慣れてそうだから大丈夫か。
ただソフィー、自分が酔った時に酷かったのは、既に自覚があるから、そろそろ俺を例に出すのは止めて欲しい……。
自業自得なんだけどね……はぁ。
「でも、こうして歩いていても、本当に人が集まってきたりしないね?」
「そうね。視線は感じるけど……見ているだけで声をかけて来る人もいないわね」
俺は頭にエルサがくっ付いているし、モニカさん達もいてそれなりに目立つ集団になっているのに、街行く人達は視線をこちらに向けるくらいで、近寄って来る事はなく、むしろ以前はなんだったんだろうと疑問に思うくらい楽に歩けている。
視線のいくつかは、フィリーナに向けられているのでエルフ珍しさというのもあるんだろうけど、なんにせよ問題なく歩けそうなので、俺への関心はかなり薄れたのかもしれない。
時折、こちらに来ようとするけど、すぐにやめる……といった仕草を見せる人もいるけど、誰かがきっかけにならないと集まらない、という事かもしれない。
集団心理とかかな? 皆が集まっているから、他の人も集まるとかそういう……。
「そんなに、以前は人が集まる程凄かったんですか?」
「そうだなぁ……歩くのもままならないくらいで、しかもそれぞれが話そうとするので、無秩序だった。こうして町を歩くだけでなく、どこかの店に入る事も考えられなかったな」
「そうよねぇ。人が集まったら、慌てて城まで逃げ帰るくらいだったわね」
ルジナウムでの様子も知っているフィネさんは、今の様子から俺達が囲まれて身動きが取れなくなる、という状況の想像が難しいみたいだ。
あっちは、ヘルサルと同様に、声をかけてきたりはするけど人が多く集まったりする事はなかったからね。
王都の方が人が多いから、というのはもちろんあるんだろうけど……こちらにいる人の方が、ミーハーな人が多いのかもしれない……偏見かもしれないけど。
「あ、ほらほらリクさん見て。あの店で昨日のお菓子を買ったのよ?」
「あ~……確かに昨日のお菓子が売っているね……目立つのぼりまで立てて……」
「他にもあるようだが、あの店が主にリクの顔を作っているな」
「見た目はリク様と似ていないくても、人の顔を食べるというのは……と思ったりもしますが、味は良かったですね」
「美味しかったから、また買うの!」
「キューには及ばないのだわ。けど、甘い物はそれはそれでいい物なのだわ」
冒険者ギルドに向かう道すがら、大通りを少しだけ通っていると、のぼりを複数立てて目立つお店をモニカさんが示して教えてくれる。
のぼりには、「稀代の英雄饅頭、始めました」と書かれている……冷やし中華かな?
ともあれ、そののぼりにはでかでかと饅頭になった、俺とは似ても似つかない絵が描かれており、大々的に販売している様子。
今も、それなりにお客さんが買っているのが見えるから、繁盛しているようだ……まぁ、確かに味はよかったけどね。
「……英雄と書かれているだけで、俺の名前は書かれていないし、顔も似ていないから……別の英雄さんって事はないかな?」
のぼりにを含め、店には俺の名前はどこにも書かれていないので、淡い期待を込めて聞いてみる。
まぁ、はっきりと名前を使うと色々と問題があるから、とかだったりするのかもしれないけど……許可とか必要なのかもしれない。
もし、俺へ直接許可を求めに来られたりしたら、絶対許可しないだろうけどね……それなら、女王様饅頭とかの方がと、逆に提案するだろうし……姉さんには怒られそうだけども。
「リクさん以外に、この国で英雄と呼ばれる人物はいないわよ?」
「いやほら、昔の伝説とかで呼ばれていた人がいたとか……」
「そういう話はないな。英雄と呼ばれるのに近い人物の伝説、というのもあるにはあるが……人によって聞かされる内容が変わる伝説だと、人気は出ないだろう」
「人によって変わる?」
「伝承そのものが、作り話ではないかと言われています。人の噂のようなもので、リク様程じゃなくとも、昔活躍した人物がいたという話なんですけど、噂が元なので……」
「背びれや尾ひれが付いて、よくわからない伝説になっちゃった……と」
「そういう事だな」
わずかな希望だったんだけど、俺以外に英雄と呼ばれる人はこの国にはいないらしい。
一応、伝説とかで語られる人物とかもいるみたいだけど、噂の範疇を出ないし、背びれやら尾ひれやらが付き過ぎて、人によって伝説の内容が変わってしまうとかなんだろう。
それじゃ、共通の認識として評判になったり、関連の物を作っても中々売れそうにないか。
伝説を統一する意味で、一つの話を作り出してとかでもいいんじゃないかと一瞬考えたけど、そんな労力を使うくらいなら、今人気の英雄を使った方が、わかりやすくて売りやすいだろうしなぁ……自分が人気というのは、微妙だけど。
「買わないの? また食べたいの……」
「んー……俺は、あのお店にあまり近付いちゃいけない気がするからなぁ。とりあえず、離れて見えない場所にいるから、ユノに誰か一緒について行って、買っておいで?」
「わかったの。モニカ行くのー!」
「え、私? まぁ、そうね……わかったわ。それじゃリクさん、すぐに戻るから」
「うん。あ、ユノ……お小遣いを……」
「大丈夫なの。まだ残っているお金で買えるの!」
「私のも買って来るのだわー!」
お店をジ―ッと見ながら呟くユノに、俺が直接行くのはまずい気がしたので、他の誰かと一緒に買ってくるように伝える。
モニカさんの手を引っ張ってお小遣いを渡そうとしたけど、まだ残っているお金で十分だと言って、お店へと向かった。
確かに、昨日見たがま口財布に残っていたお金で足りるだろうけど、後でちゃんとお小遣いを渡しておかないとね。
ユノに自分のも買ってくるように言うエルサの声を聞きながら、少しだけ離れた場所に移動して戻って来るのを待つ事にした。
「逃げたな……」
「逃げましたね?」
「いや、だって……俺が行くとなんかいろいろありそうだったから……」
ユノ達を待っている間に、ソフィーとフィネさんからジト目で見られてしまう。
あのお店が、本当に俺の顔を模して饅頭を作っているのなら、似ていない事が問題になりそうだし、それならと本当に似ている顔で作り直すなんて事にもなりかねない。
下手をすると、名前を使う事とかの許可を求められそうだしね……言われたら絶対断るけど、自分から行って文句を付けたり、辞めさせたりはさすがにしたくない。
逃げたと思われても、無駄な諍いというか、積極的に拘わらない方がいいと判断した、と思って欲しい。
そんな風に、ソフィーやフィネさんに言い訳をしながら、ユノとモニカさんが戻って来るのを待った。
結局、買ってきたのは全員分だったり、また自分の顔と言われて食べられる光景を見て微妙な気分になるんだけど、そこは仕方ないと溜め息を吐いて諦める。
エルサに至っては、おやつの饅頭だったはずなのに、喉が渇いたとキューを要求して追加で食べていたりもした……確かにキューは水分が多いけどさ……飲み物代わりに食べるのはどうかと思う。
キューを食べるための方便だったのかもしれないけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます