第760話 野営地を離れてルジナウムへ



 翌朝、熟睡した後の快適な目覚めと共に、朝食を食べてマルクスさんと話す。

 調査の方は進めているんだけど、やっぱりまだ新しい情報を見つけられないようで、頑張ってもらいたい。

 あと、昨日の模擬戦を見学していた新兵さん達からは、なぜか弱音が出ていると言われたけど……特別な事は何もしてないにも拘らず、なんで弱音がと思ったら、戦闘が高度でついていけないと言っていたそうだ。

 まぁ、マルクスさんはそんな弱音を吐いた新兵には、王都に戻ったらヴェンツェルさんに鍛え直してもらうと笑っていたけど……そんなに高度だったかな? 俺はともかく、フィネさんは戦い慣れていたから気持ちはわからなくもないか。


 ともあれ、会話を終えて昼くらいにルジナウムに出発する事を伝え、建物を出る。

 外では、森の中から出てきた魔物相手に兵士さん達が戦っているのを見かけたけど、苦もなく対処していたし、魔物も強い部類ではないようなので問題はなさそうだ。

 爆発するオーガと比べたら、人数に余裕のある兵士さん達が負ける要素はないよね……ワイバーンの鎧もあるし。

 さらに、野営地では王都へ向かう残りの兵士さんを見送る。


 調査にずっと、多くの人数を割いておくわけにはいかないというのが一番の理由で、残るのはマルクスさんと一部の兵士だ。

 魔物にも対処したりしないといけないから、大体三十人くらい残るらしいけど、ちょっと少ないかな? と思っていたら、なんでも補給物資を持って別の兵士さんが合流予定だとか……これはヴェンツェルさんが手配しているはずとの事。

 まぁ、しばらくここにいる人達にも食べ物は必要だし、そりゃそうか。

 すぐに食料とかが必要なら、俺がエルサに乗ってルジナウムに行って買って来ようかとも一瞬考えたけど、その必要はないそうだ。



「それじゃ、マルクスさん。また王都で」

「はい。お気をつけて……というのはリク様には必要ありませんか。またお会いできる頃には、調査の成果を……」

「はい。よろしくお願いします」


 お昼過ぎ、俺の見送りにわざわざ出て来てくれたマルクスさん。

 ずっと調査でこもりっきりになっていたら体がなまるという理由もあり、大きくなったエルサに乗り込んだ俺達を声をかけてくれる。

 ついでに、ちょっとだけ訓練をして体を動かす予定らしいけど、無理をしない事を願う。


「それじゃエルサ、ルジナウムに向かおう」

「了解したのだわー」


 モニカさんやソフィー、フィネさんもそれぞれ見送ってくれる兵士さん達や、マルクスさんに声をかけ終わったのを見計らって、エルサに言って移動を開始してもらう。

 まずはルジナウムに行って、フランクさんへの報告をしたり、ユノやエアラハールさんと合流だね。


「エルサ様はこれ程高く飛べるんですね……兵士達を乗せた時は、低く飛んでいましたけど。それに、ルジナウムから飛んで来る時は、暗くてあまりよく見えませんでしたが、こうして見ると飛んでいる実感が凄いです」

「兵士さん達は、空を飛ぶのに慣れていないし、ちょっとした体験というだけでしたからね。本当は、もう少し高くとか速く飛ぶ事もできるんですけど……」

「止めてくれリク。私にはこのくらいがちょうどいい」

「ちょっと残念だけど、ソフィーがこうだから仕方ないわね」

「……この通り、高かったり速かったりすると、その分怖いと感じる人もいますから」


 エルサの試乗会とは違って、今回は高く速く飛んでいるので、フィネさんは地上を見下ろしたり、さらに遠くまで見渡せる事を感心する様子だった。

 とはいえ、ソフィーが怖がってしまうのでこれ以上高く浮かんだり速くするのは避けているんだけど。

 前に、ちょっと高めで速く飛んだ時の恐怖心が、まだ残っているみたいだ……トラウマになっちゃったかな?

 まぁ、急ぐ用があるわけじゃないし、無理をするところじゃないからね。


「兵士達を乗せた時みたいに、風を感じるようにはできないんですか?」


 なんて聞いて来るフィネさんは、空を飛びながら風を感じるのにハマった様子だったけど、それはソフィーのためにもやらない事にした。

 風があった方が、空を飛んでいる実感が得やすい分、恐怖心を煽る事になってしまう可能性がたかいからなぁ……。

 以前はエルサがうっかり結界を忘れていても平気だったのに、ソフィーはすっかり怖がるようになってしまったみたいだから……やっぱりちょっとした全力で飛ぶのは、控えた方がいいんだろうね。

 もしかしたら、これまでも我慢していた部分があるのかもしれないし、これからまた慣れていってもらうようにしたいと思うけど。

 とりあえずフィネさんには、また機会があればエルサに乗った時にでも風を感じてもらおうかなと思う……その機会があるのかはともかくね。



「ありがとう、エルサ」

「空をのんびり飛んでいただけなのだわ。今回はリクが何かに首を突っ込んだりしなかったから、楽な物なのだわー」

「何もなきゃ、そりゃ首を突っ込んだりもしないけどね……」


 ルジナウムの近くでエルサに降りてもらい、お礼を言う。

 小さくなって俺の頭にドッキングしながら言っているのは、王都へ一時的に戻る途中でアメリさんを助けた時の事だろう。

 俺だって、しょっちゅう何かに首を突っ込む気はないんだけど、魔物に襲われている人を見かけたら、冒険者として助けないといけないからね。

 別に自らトラブルに飛び込んだりしているわけではない……と思いたい。


「リクなのー!」

「ユノ!?」

「あら、向こうから走って来ているわね?」

「今日ここに来るって言ってなかったのに、なんでわかったんだろう?」

「ユノの事をわかろうとするのは、いくらリクでも無理なのだわー」


 エルサに苦笑して、ルジナウムに向かって歩き出そうとしていると、遠くからユノの叫び声と共に駆けて来る小さな姿を発見した。

 連絡をしていたなら出迎えに来るのはわかるんだけど、今回は何も連絡していなかったから、今日ここに来るとは知らなかったはずなのに……?

 俺の頭で呟くエルサの言葉には、ある種納得だし元が神様なので無理なんだろうなと思うけど……なんとなくそれとは違うニュアンスを感じてしまったのは気のせいだろうか?


「リク、お帰りなの!」

「ただいま……と言っても、ルジナウムが本拠地とかじゃないんだけどね」

「それでも、どこかへ行って帰って来たならお帰りとただいまなの!」

「そうだね。うん、ただいま」

「ただいまユノちゃん。でも、どうしてここがわかったの?」


 俺達のいる場所まで駆けて来たユノ……その走る速度は常人以上に見えたのは、今更だけど……ともかく、俺の前で急停止したユノは、息を切らす事なく笑顔で俺達を迎えてくれた。


「遠くでエルサが飛んでいるのが見えたの! だからお迎えに来たの!」

「そう。でも……そんなに遠くのエルサちゃんって見えるのかしら?」

「俺達を乗せている時は、大きくなっているけど……この場所でさえ、上空からだとルジナウムの建物が小さく見えるんだけどなぁ」

「目がいいからなの!」

「うんまぁ……そういう事にしておこうか」


 数百メートルどころか、キロ単位で離れた場所に降りているので、いくらエルサが大きくてもほとんど見えないと思うんだけど……。

 まぁ、豆粒くらいだとしても、空を飛んでいる魔物すらいないわけだし、空を動いていたらエルサだと思うのもわからなくもない……のかな? とりあえず目がいいから、で納得しておこう――。




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