第713話 特徴のある種族



「耳が長い……もしかして……」

「どうしたのだ、リク殿? その者の前で急に止まったりして……?」

「いえ……ヴェンツェルさん、これはどう見ますか?」

「これ……? ふむ、これは確かに驚くか。見慣れているとはいいがたいが、リク殿と出会ってからは、見慣れている節もあるな……」


 研究者たちの拘束が終わったのか、うつ伏せに倒れているツヴァイを見て止まっている俺に近付いて来るヴェンツェルさん。

 俺が泊まった理由を示すように、ヴェンツェルさんにもツヴァイの耳を見せると、納得しながらも難しい表情。

 ツヴァイの耳は、人間とは明らかに違って長く、先が尖っている……最近ではアルネやフィリーナがいる事もあって、見慣れた感のあるエルフ特有の耳をしていた。

 アテトリア王国は人間が多い国なので、見慣れない物でもあるけど、フィリーナ達が一緒にいてくれるおかげて、最近では見慣れてしまって珍しく感じなくなった耳。


 最初の頃は、お互いあまり口にしなかったけど、やはり見慣れない長い耳に視線が行く事もあったけど、今ではもう意識しなくなった。

 失礼かなと思っても、やっぱり見てしまうんだよなぁ……まぁ、物珍しそうな視線をしたり、失礼のないようには意識していたから、フィリーナ達もあまり気にしなかったようだけど。


「やっぱり、エルフ……ですよね?」

「だろうな。それ以外に、この特徴のある耳を持つ種族はおらん。まぁ、獣人なら人間とは違う耳を持っているだろうが……それとも違うしな。他にエルフの特徴に近く、人間と同じ形をしている体を持つ魔物、というのも聞いた事がない」

「やっぱり……じゃあ、このツヴァイという人は……」

「まぁ、先程の凄まじい魔力を見ても、エルフである事は間違いないだろう。あの魔力は通常の人間では見る事ができない……リク殿を除いてな? それでも、リク殿からすると、矮小な魔力だったようだが……」

「いやぁ……矮小とまでは言いませんけどね。でも、ルジナウムで強力な魔物と戦っていたら、あれくらいじゃ動じなくなりましたよ?」


 俺はあんな、これ見よがしに滲み出た魔力を可視化させたりはいていないけど、エルサ曰く魔力は漏れ出ているらしいから、あまり大きく変わらないのかもしれない。

 それはともかく、ルジナウムで戦ったキュクロップスやキマイラの事を考えると、ツヴァイがそれほど強く思えなかったというのは本当だ。

 向こうは魔物だから、魔力量に関してはよくわからないけど、ツヴァイの方が単純に魔力は多かったのかもしれない……でも、肉体的な強さでは明らかにキマイラとかの方が強いからね。

 ……エルフといえど、体の一部を切り落とされても動きが鈍らないなんて事はないだろう。


 まぁ、使っていた魔法は強力だったから、最初の予想とは違って単独でキマイラを倒すくらいはできたかもしれない……キュクロップスは大きさが違い過ぎて難しいかも? 氷の槍も熱線も、五メートルを越える巨体からすると小さいから、爆発の威力次第かなと思う。

 とは言っても、集団で襲って来るAランクの魔物を相手にはできないだろうし、勢いよく炸裂する魔法なんて、味方に影響を及ぼす可能性も高いからね。

 結局、魔物の集団を相手にした時の事を考えたら、脅威とは一切思えなかったというのが事実だ。

 それでも、オーガを大量に使ってとかだったら、周囲に被害を及ぼさないように戦う事は不可能だっただろうから……ツヴァイ側に備えをさせずに突入したのは、正解だったのかもしれない。


「……キマイラや、キュクロップスが大量にいたのだったな。それに比べればというところか。そんな経験したいとは思わんが。――おい、お前達は知っていたのか、この者がエルフだという事を?」

「い、いいいえ! ツヴァイ様……いえ、ツヴァイはいつもローブを纏って、顔もほとんど隠している事が多かったので……エルフを見た事はないので、ずっと人間だと思っておりました……」

「隠していたという事か。まぁ、なんにせよ捕まえて情報を引き出すべきだな」


 ヴェンツェルさんの問いに、首を横に振って否定する研究者達。

 隠していたから知らなかったのは仕方ないにしても、そんなよくわからない怪しい相手の持って来た書簡なんかを信じないで欲しいと思うのは、俺だけだろうか?

 まぁ、可視化するほどの魔力を持っているから、国の要職に就いていると信じ込ませやすかったとかもあるのかな? その辺りは、ヴェンツェルさん達が聞き出すのに任せよう。

 事情聴取とか、俺の仕事じゃないし、やった事もないからできないだろうからね。


「あ、ヴェンツェルさん。布かなにか、ありますか? 端切れでもいいんですけど……」

「布? いや、さすがに持ってはいないな。あの者達を拘束するのにも、着ていた服を利用させてもらったくらいだ」


 戦闘になる事がわかりきっている場所へ突入するのに、余計な物は持っていないか……仕方ない。

 それじゃ、ちょっと失礼して……。


「ひっ! な、何を……!」

「慌てなくても、攻撃したりはしませんよ……っと、これで良し」

「リク殿、何をしているのだ?」


 俺が近付いて来た事で、研究者さん達は怯えていたけど……何もしないから安心して下さいねー。

 声をかけながら、ヴェンツェルさんが使わず捨てられた白衣を拾って一部を破り、適当な大きさの布にする。

 破った布を持って立ち上がり、ツヴァイの元へ近寄る俺に問いかけるヴェンツェルさん。

 仰向けに倒れているから、顔が下か……ひっくり返してっと……!


「よっと……えぇと、鉱山にいた男の事なんですけど、そいつ、拘束して運び出そうとする際に、ソフィーが協力してくれる人を呼びに行ったんです。でも、その間に気が付いたらしく、口に仕込んでいた毒を自分で飲み込んで……」

「自害した……か。成る程、だから布を噛ませるのだな」

「はい。話を聞くにしても、死なれちゃいけませんからね。プライドが高そうだったので、自分で……とする人かどうかわかりませんが、念のため」


 ツヴァイの体をひっくり返し、仰向けにしながらヴェンツェルさん説明。

 イオスのように口の中に毒を仕込んでいたりしたらいけないし、あるかどうかを調べるにしても、この場ではできないからね。

 とりあえず、エルフらしい端正な顔の口に布を突っ込み、さらに長めの白衣の端切れを使って猿ぐつわのようにして、仕込み毒を使わせないようにする。

 やり過ぎると息ができなくなるかもしれないから、口を閉じて歯を食いしばれないように調節して……と……これで大丈夫だろう。


 口の中に仕込んだ毒なんて、大体奥歯を噛みしめたり、歯を噛み合わせたら毒が出るようにしてあるとかだろうし、強く噛めないようにしておけばいいかなと思う。

 最初から口に含んでいたりとかだったら、喋っている時に飲み込んでしまう可能性もあるから、そんなところかな。

 ちなみにツヴァイの顔や体は、所々酷い火傷を負っていたけど、焼けただれているという風でもなく息もしているようだから命に別状はなさそうだ。

 フレイムスピリットのフレイちゃん、任せた甲斐があって俺よりも絶妙な力加減をしてくれていた――。



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