第708話 怪しい命令はちゃんと確かめましょう



 何はともあれ、ローブの男がいくら可視化された魔力を纏っていても、Aランクの魔物の方が強そうではあっても、それだけで判断しちゃいけないのかもしれないか。

 ユノの剣技みたいに、見た目からは想像もつかない程の何かを持っている可能性もあるからね。

 仕方ない、ここからは真面目にやるかな……これ以上呆れられるのも嫌だし。

 ……ツヴァイで二というのは、確かドイツ語だったように思うけど……それがどうして、ローブの男になっているんだろう?

 称号と言っていたから、本当の名前というよりはコードネームのような感じなんだろうけど……もしかして、姉さんや俺のように地球から来た人間が付けたとかなんだろうか?


「それで、そのツヴァイさんですけど……その後ろの道から逃げられたのに、なぜこちらに?」

「俺の後ろの通路に気付いていたか。まぁ、好奇心と興味、といったところだな。どうやってオーガの爆発を無効化したのかを知りたいのだよ。それに、お前達なぞ俺一人で十分だ。逃げたければ自由に逃げるが、逃げる必要もないからな」


 さっきも言っていたように、やっぱりオーガの爆発に対しどう対処したのかが気になって、姿を現したようだ。

 ちなみにだけど、後ろに通路があるというのは見なくてもわかるから、大した事のように言われても困る……何せ、ここに入って研究者の男性と話していた際には、ツヴァイという人物の気配は何も感じなかったし、それなら話している最中にどこからか現れたと考えるのが当然だろう。

 まさか、結界で塞いで未だにオーガが叩いている元々扉があった所からではないだろうし、俺だけでなくヴェンツェルさんもいるので、ずっと気付かなかったという事はない。

 当然、考えるならどこからか来たという事だけど、ツヴァイという人物の後ろから風というか空気の流れを感じるからね……実際、纏っている魔力が少し揺れているから。


 魔力は自然に還る性質だから、流れる空気の影響を受けているんだろう。

 それにしても、大した自信だなぁ……俺だけでなくヴェンツェルさんも、いや、多分この人が言っているのは突入した兵士さん達や外にいる兵士さんも含めての事だと思うけど、それを相手に一人で十分なんて。

 通常の人間では考えられないくらいの魔力を保持しているのは確かだから、それで自信過剰になっているのかもしれないけど。


「もし、何も教えないと言ったら?」

「なに、その時は簡単な事だ。俺が力ずくでお前達から聞き出せばいいだけの事……外にもいるのだろう? 数が多いからと優位に立っていると考えているようだが、それも一人の優秀な人間によって、覆される事を思い知るだけの事だ」

「……一人で全てを覆すというのなら、私も見た事があるのだがな」


 ヴェンツェルさんがポツリと呟いたのは、もしかしなくても俺の事だろうか?

 俺一人だけの功績だとは思わないけど、少なくともツヴァイという人物では成し遂げられない事をしているのは確かか……。


「ツ、ツヴァイ様!? 何を仰っておられるのですか!? あちらは軍に所属している方々、以前見せて頂いた、陛下からの命令書を見せればいいだけではないですか!」

「……はぁ……まだ信じていたのか。これだから、研究をするしか脳のない馬鹿者は……」

「は……? 何を?」

「あんなもの、偽装した偽物に決まっているだろう! お前達のような者達を騙すのは、楽な事だったが……研究に関してはまだしも、他の事はからっきしなのだな」

「偽装……偽物……という事は……?」

「まだわからないのか……いや、信じたくない事実を突きつけられて、混乱しているだけか」


 相変わらず上から物を見ているような言い方で、俺達に向けてさっきのようなものを放つツヴァイ。

 いや、間違いなくさっきなんだろう……外にいる兵士さん達も含めて、本当に一人でどうにか出来ると考えているようだ。

 一触即発、俺やヴェンツェルさんと対峙し、にわかに緊張感を増した部屋の中で、またもや空気を壊す研究者の男性による叫び。

 ツヴァイは溜め息を吐いた後、研究者の男性に事実を突きつけた……そうか、姉さんからの命令という書簡を偽造していたのか……。


 という事は、研究者の男性が言っていたのは事実ではないけど、嘘でもなかったって事なんだろう。

 騙されていたからって、オーガを研究していたのは何も罪に問われないという事はないだろうけど、なんとなく嘘を言っているように見えなかった、俺の目は節穴じゃなかったんだね……良かった。


「一つ聞くが……その書簡、陛下からだという証明はなかったのか?」

「証明? 証明だと? 見せてもらった書簡には、陛下の名前が書かれてはいたが……それが証明だろう?」

「名前だけか……ならばそれは偽物で間違いないな。陛下が本当に書簡を送る際には、封蝋以外にも偽造防止の魔法がかかった魔法具を使って、紋章が入っているはずだからな」


 偽造防止の魔法具というのは知らないけど、要は印鑑のような物だろうか?

 まぁ、サインをするくらいなら誰かが真似をすれば、見分けが難しい事だってあるから、そういった防止措置をする事は大事だろうと思う。

 それにしても、研究者の男性や他の人達は、名前が書かれていた書簡を見せられただけで信じてしまうと言うのは、少し疑いを知らなさすぎるんじゃないかと思う。

 今まで研究やらなにやらに没頭していて、ようやく認められたという喜びが先に来たために、疑うことができなかったのかもしれないけど。

 意外と、客観的に見れば誰も信じないだろうと思う事でも、実際自分の身に降りかかったら疑うよりも先に信じてしまったりもするからな……詐欺がなくならない原因の一つだね。


「紋章……そんなものはどこにも……ツヴァイ様!?」

「だから、俺も言っただろうが……偽物だと! 適当に書いた名前があるだけで信じるとは……お前達は本当に馬鹿なのだな。いや、役に立つ研究をしてはいたのだから、研究馬鹿としておくか」

「……そんな……そんな……私は、私は陛下からの命令だと……ようやくこの国は国力の向上を目指す事に決めたのだと。そして、私達の研究が成果を見せる時だと考えていたのに……」

「陛下が、魔物を利用するという研究を認めるわけがないだろう。民に害を及ぼす可能性がある事を、あの方は容認しない」


 ツヴァイという男が改めて偽物だと断言し、さらにヴェンツェルさんが追い打ちをかけた事で、研究者の男性は完全に諦めたようだ。

 地面にへたり込んで項垂れ、完全に呆然自失といった状態か……他の人達も似たり寄ったりだね。

 まぁ、自分達の研究が本来禁忌とされていた事でも、国に認められてやっていたという自負のようなものがあったみたいだから、それがなくなってしまって落ち込むのはわかる。

 もう少し、姉さんが本当に魔物の研究を認める人かどうか考えて欲しいと思うけど、それは俺が姉さんとの距離が近いからなんだろうね。


「さて、邪魔者は静かになったな。まったく……俺の意気を削ぎやがって、役立たずが!!」

「ぐぅっ!」

「なっ!」

「貴様、何を! 仲間ではないのか!?」



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