第689話 新兵さんにはワイバーンの鎧



「ヴェンツェル様!」

「お、来たか」

「あれは?」

「本隊だな。私は不要と言ったんだが……一応これでも軍のトップ、将軍だからな。私が動くときにはあれくらいは必要らしい。とハーロルトに言い含められたのだ。あいつと行動をする時は、もう少し少ないはずなんだがなぁ……」

「あれでも、減らした方なのですけどね。リク様と合流するのだから、危険はないとまで言って……まぁ確かに、リク様が一人いるだけで私を含めて兵士のほとんどは必要ないんでしょうけど」


 探知魔法には引っかかっていたけど、俺に近付いてきたヴェンツェルさん達数人以外は、離れていたから何故だろうとは考えていた。

 どうやらヴェンツェルさんは、爆発の音を聞いて調べるため、マルクスさんと数人を連れて先行してきたという事らしい。

 ハーロルトさんが、多くの人達をヴェンツェルさんに同行させたのに、その本人が単独ではないにしろ先行するというのはどうかと思うけど……ヴェンツェルさんらしいか。


 後詰めで来た集団は、数十からなる馬や幌馬車で、数が多くて細かく探知するのを諦めたけど、大体数百人くらいの兵士さん達のようだ。

 集団というより、もはや軍隊だね。


「ヴェンツェル様、これは……?」

「あぁ、リクの所業だな。まぁ、簡単に説明すると……」


 集団を引き連れてきた人の中で、先頭にいた人が馬から降りて周囲を見渡しながら、ヴェンツェルさんに問いかける。

 その人に説明をするヴェンツェルさんだけど、俺の所業っていうのはちょっと……オーガが爆発しただけだし……確かに倒したのは俺やモニカさんだけどね。



「リク、お腹が減ったのだわ!」

「もう少し待ってくれないか、エルサ? さすがにここじゃ食欲が沸かないから……」

「む、移動するのか?」


 ヴェンツェルさんやマルクスさんが、軍の人達に説明してくれている間に、オーガを倒し終わったソフィーやエルサと合流。

 すぐにエルサがお腹が空いたらしく、お昼の要求を始める。

 とはいえ、さすがにオーガが爆発して破片が散らばっているような場所では、何かを食べるという気が沸かない……血が飛び散ったりという事はないけど、それでもね。

 エルサに言い聞かせていると、それに気付いたヴェンツェルさん。


「えぇ。合流はできましたけど、ここじゃ落ち着きませんからね」

「ふむ、まぁ魔物の死骸が散乱しているようだからな」

「閣下、新兵の中にはこれを見て具合を悪くしている者もいるようです」

「なんだ、これくらいで……まだまだ鍛え方が足りないようだな。仕方ない、我々も移動する事にしよう」

「お昼を食べるので、もう少し何もない所に行きましょう」

「そうだな。我々は、合流予定の場所に到着してから昼食のつもりだったが、こうしてリク殿とは合流できたからな」


 お昼の用意をするために、場所の移動を開始する俺達。

 馬がないので俺達は徒歩だけど、その速度に合わせてヴェンツェルさん達も馬や幌馬車で移動してくれた。

 散らばっているオーガの破片を見て、気分が悪くなった人もいるみたいだから、それくらいでちょうどいいらしい。

 まぁ、人間じゃなく魔物とは言っても、やっぱり体がバラバラになっていたら慣れないと気分が悪くなったりするよね……俺は冒険者になる前にマックスさんから、慣らされたけど。

 ……マックスさん、魔物の解体とか倒した後の処理なんかを、生々しく語って想像させられたもんなぁ。


 ちなみに、気分が悪くなってしまう程、慣れない新兵さんを連れて来たのは、ヴェンツェルさんが人を減らせない状況での抵抗だったらしい。

 俺がいるからという理由で、安全だから新兵に実戦を経験させたいという事だ。

 本当に戦うことになるかはともかく、軍隊として行動させる経験を積むのは中々機会がないため貴重らしい、というのがヴェンツェルさんの言い分だ。

 マルクスさんが苦笑しながら、訓練と称して新兵を鍛えるのが趣味になっているからと補足してくれた。


 目標は建物の中だから、さすがに全員で突入する事はできないだろうし、肌で実践の空気を感じればそれでいいという事でもあるようだ。

 気分が悪くなっていない新兵さん達は、ワイバーンの処理を手伝ってくれた人達のようで、多少慣れているらしい……通りで見覚えがあるような気がしてたんだ。

 さらに、新兵さん達は青みがかった鎧を来ており、俺が持ち帰ったワイバーンの皮が使われているようで、ちゃんと俺がやった事が役に立っているみたいで少し嬉しいかった――。



「ほぉ、モニカ殿は料理が上手いのだな。このスープ、馬に乗って疲れた体に染み渡るようだ……」

「いえそんな……王城の料理人に比べたら私なんて……」

「モニカさんのスープは、美味しいだけじゃなくて安心する味ですよね」

「私も、子爵領へお供した時に頂きましたな。懐かしいとも思える味です」

「そうよね。あぁ、久しぶりの味だわ」

「フィリーナ、少し食べ過ぎではないのか? さっきから何度もお代わりをしているが……」

「だって、行軍中はまともな物が出ないんですもの。干し肉とかばかりよ? 一応、温かいスープもあったけど、干し肉とか保存の効く食材を突っ込んだだけだしね。ちゃんと味を調えて作られている物はなかたわ……」


 昼食が始まり、手早く焚き火をして料理を済ませるモニカさん。

 そのモニカさんが作ったスープを飲みながら、ヴェンツェルさんとマルクスさんは嬉しそうだ。

 いつの間にか……というより、軍の幌馬車に一緒に乗っていたフィリーナとも再会し、ソフィー達と焚き火を囲んでの食事だ。

 エルサに乗れる俺達とは違い、ヴェンツェルさん達のような軍は移動に数日かかるのが当たり前なので、荷物を少なくする目的もあって、干し肉などの粗食が多いんだろう。


「やはり、移動を短時間で行える利点は大きいのだな。我々はここまで来るのに数日……人数が多いのもあって、保存の効く物ばかりだったな」

「肉も野菜も、調理済であれば多少は保ちますが……それでも限界がありますからね。一日や二日程度の行軍なら問題ありませんが、今回は新兵の訓練も兼ねているので、全て保存の効く物をとしました」

「……あの、新兵さん達……だけでなく、向こうにいる人達は話しているような干し肉を食べているようなんですけど……?」

「あぁ、気にしないでいい。こちらはこちらで、しっかりとモニカ殿の料理を頂くとしよう」


 新平さんの訓練というのは、行軍する時には粗食ばかりだと慣れさせる目的もあるんだろう。

 それはともかく、さすがに人数が多いので数人から十人程度で別れて焚き火を作り、それぞれで食事をしているんだけど……俺達のところ以外はフィリーナが言っていた、干し肉をぼそぼそと食べている人達ばかりだ。

 時折、こちらを羨ましそうに見ている人もいて、気にするなと言われても気になってしまう。

 エルサは、どんな目で見られていても、やっぱりキューを両手で掴んで食べているけどね……相変わらず暢気なドラゴンだ。

 手に持っている器に入っているスープを、どうしようかと考えていると、他の場所にいた兵士さんの数人が欲し肉を握りしめて立ち上がった――。



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