第652話 エルサが溶かす



「オーガなのだわ?」

「どこからどう見ても、オーガなんだけどね……でも、肌の色が……」

「赤いのだわ。鉱山とかで見たのと一緒なのだわ? こいつも爆発するのだわ?」

「いや、それがわからないんだ。確認する前にさっさと凍らせたから。ほら、あっちの人を驚かせないように、爆発させちゃいけないと思ったから」

「それで広い範囲を凍らせたら、そっちの方が驚くと思うのだわ。はぁ……でもいくら私でも、凍っているのを見ただけじゃわからないのだわー」

「まぁ、そりゃそうか……。溶かす?」

「リクは止めた方がいいのだわ。爆発より酷い事になるのが目に見えているのだわ」

「……否定できない。それじゃ、エルサに任せるよ」

「仕方ないのだわ。しばらく、オーガの前に立って顔を動かさないでいるのだわー。結界の準備はよろしくだわ」

「それはもちろん、わかってるよ。俺やエルサはともかく、後ろの女性は危ないかもしれないからね」

「それじゃ、やるのだわ。ごあ~」

「気が抜ける声だなぁ……」


 さすがにエルサでも、凍っている状態を見ただけでは、このオーガが爆発するのかどうかというのはわからないみたいだ。

 エルサとは話し、溶かして試す事を決める。

 二体いるオーガのうち、右側のオーガの前に立って俺の頭にくっ付いたまま、炎を吐き出すエルサ。

 頭上から、オーガに向かって松明くらいの大きさで、赤い炎が噴き出して直火であぶり始める。


 火を出す時、気の抜ける声だったけど、魔法名もなしだからエルサが直接火を吐いているようにしか感じないな、これ。

 頭の上だから俺には見えないけど、それでもエルサの口元から火の魔法が出ているのは温度でなんとなく感じるし、今までも同じように口から吐くようにして、魔法を使ってたから。


「あ、エルサ、俺の髪を燃やしたりするなよ? チリチリになったら嫌だし」

「ほんはひっはいはひはいほはわー」


 これ、口を開けて魔法を使っているのか……多分、「そんな失敗はしないのだわー」とか言っているっぽい。

 口を閉じたら火が途切れるのかな? 本当に、魔法じゃなく直接火を吐いているとかじゃないよな?


「あのー?」

「ん、はい。どうかしましたか?」

「はほをふほはふははわー」

「あぁ、ごめんごめん。――すみません、ちょっと取り込み中で顔を動かせないので、このまま……」


 恐る恐る、といった風に女性から声がかかる。

 どうやら、ようやく葛藤や混乱から抜け出せたらしい。

 返事をしながら、顔を振り向かせようとすると、エルサに注意されて謝りながら再びオーガへと向く。

 危ない危ない、あのまま女性に顔を向けてたら、エルサの出している火が女性に向かっている所だった。

 オーガを溶かすとか関係なく、危険だった……助けたのに、俺が女性に危害を加える事になれば、笑い話にもならないからね。


「あぁはい。それでその……白くてとんでもなく触り心地が良さそうだけど、大きくなったり小さくなったりして、今は火を吐いて喋る生き物は一体……?」


 すごい具体的だ……。

 触り心地がいいというのは、全力で肯定するけど。


「ほあほんはわー」

「ほあほんはわー? えっと、そのような生き物が?」

「いやいや、そうじゃなくて……ドラゴン、ですよ」


 自分の事を聞かれたからか、俺より先にエルサが答えたけど……口が閉じられない状態だと、まともにドラゴンと発音できないせいで、意味不明な種族が伝わってしまった。

 間抜けな音を繰り返して言う女性に、笑いが漏れそうになるのを我慢しながらドラゴンだと訂正する。


「ど、ドラゴン……というと、あの……?」

「どれかはわかりませんけど、ドラゴンです」

「はほはわー」

「伝承では、巨大な体躯から繰り出される一撃で、人間ならず魔物も弾き飛ばし、尋常ならざる魔法で地形を変える。ドラゴンが潰した国々というのが、いくつもあるという……あの? あらゆる魔法が効かないし、人間と一緒にいる事はないと聞くけど……」

「エルサ、そんな事してたのか?」

「ひふへいはほはわー。わはひはへへほひへ、ほはほほふへははへはほはわー」

「……火を出していると、会話も少し不便だなぁ」


 多分、「失礼なのだわー。私は寝て起きて、空を飛んでただけなのだわー」とかだろう。

 随分自堕落というか、暢気に過ごしていたんだと思うが……そういえば、エアラハールさんが砦にドラゴンが突っ込んだという話をしていたっけ。

 エルサ以外にもドラゴンがいるのは、これまでの話でなんとなくわかるけど、基本的に暢気で自由に過ごしていて、時折人間がちょっかいを出して反撃される……というような感じなのかもしれないね。


「とにかく、ちょっと色々ありまして……今は一緒にドラゴンといるんですよ」

「だ、大丈夫……なの? 襲われたりとか……食べられたりとか……?」

「ははは、それは大丈夫ですよ。エルサ……ドラゴンンは人間を食べたりしませんから。食欲は旺盛ですが……」

「ひふーはおいひふひふほはひへはいほはわー」

「『キューが美味し過ぎるのがいけない』、か? まぁ確かに美味しいけどね……」


 契約をしたからとかは、ゆっくり話をする機会があればでいいだろう。

 今はオーガを溶かしている最中だから、あまり詳しく話すのもね……エルサが何喋っているのかわかりづらいし。

 助けた女性は、何処からどう見ても人間である俺と一緒にいる事で、エルサが襲って来ないだろうと判断したのか、おとなしく後ろで待っている事にしたようだ。

 まぁ、ブツブツと「ドラゴンが、本当に? 大丈夫かしら? でも実際に助けてもらったし……悪い人じゃないと思うんだけど……でも、あの登場の仕方はちょっと……」なんて葛藤しながら声を漏らしていたけどね。


 ……空からの登場に関しては、触れないで欲しい……あの時はなんとなく、あれが格好良いと思いついてしまっただけだから。

 落ち着いて考えると、わざわざ飛び降りて登場する必要はないと思えるんだけどね……おかげで混乱させちゃったし、馬にも無理をさせてしまった……勢いって怖い。

 そういえば、逃げた馬は元気かなぁ……?


「ひふ、ばひょほはえふほはわ」 

「はいはい」


 自分の思い付きで取った行動を、後悔したり現実逃避をしているうちに、オーガの一部が溶け始めて火を当てる場所を変えるよう、エルサに指示される。

 氷が溶けているのに、同じ場所へずっと火を当ててたら、単純に焦がすだけだからね……全体的に溶かさないと、爆発するかどうか確かめられないかもしれない。

 魔力が通ればいいんだろうけど、それには一部だけじゃなく他の場所も溶かさないと……かな。


「これ以上は、ただ焦がすだけなのだわ?」

「んー、まぁ凍っているのが溶ければいいだけだろうし、焦がしてもいいんだろうけど……少し待ってみようか?」

「了解だわー」


 一体のオーガの表面を全て溶かし、エルサが火を止めて聞く。

 表面は熱で溶かせたけど、内部はまだ凍っているみたいで、爆発はしないし触っても固い。

 ちなみに、もう一体の方はそれなりの時間が経っているにもかかわらず、表面が溶け始めてすらいない……地面もそのままだし、どれだけ低い温度で凍らせたんだよ……と自分に対して思ってしまった。

 鉱山の穴も同じような感じで凍っていたのなら、イオスを縛った後のソフィーは、結構待ってからようやく出られたのかもしれない……ごめん、ソフィー――。



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