第635話 リクは鈍感



「調査に関しては、またこれからでしょう。……二日前、魔物の集団と戦闘が行われた日です。その日、モニカさんから魔物達が移動しているという報告を受けました。これに関しては、他からも多数の報告が来ており、間違いないとの確認が取れた事です」

「冒険者も、慌ててギルドに来る奴らが多かったな。まぁ、あれだけの魔物が街を目指していたとわかれば、慌てるのは当然だろう。むしろ、そのまま逃げなかっただけでも評価できる」

「そういえばモニカさん、移動するのを発見して街に報せたんだったね?」

「えぇ。あの日は調査を開始する前に、移動して来た魔物を相手にしていた時だったわ。……主にユノちゃんがだけど。遠目に魔物が確認できるくらいの距離だったから、刺激しないで戦えるギリギリと行ったところかしら?」


 話は、俺がルジナウムに来る直前になる。

 魔物が他から移動して来る事は既に知られていたし、フランクさんとも話した仕組まれた事というのも含めて、一定数にならないようにモニカさん達以外にも、集まる魔物を散発的にであっても討伐しようとしていたから、色んな人が街の外にいたんだろう。

 その時、魔物達が街へと移動するのを目撃して、慌てて報告をした……と。

 複数の報告から、信憑性のある情報と判断してフランクさんが戦闘準備を始めたんだね。


「その時に、何か不自然な事はありませんでしたか? 今は少しの情報でも欲しいのです」

「……不自然と言われると……あまり。ですが、あの光景はしばらく忘れられそうにありません」

「あの光景?」

「えぇ。全ての魔物が、一斉に私達……街のある方向を向いたのよ。まるで、誰かから号令を出された時のようにね? キマイラだけでなく、キュクロップスやマンティコーラスなんかの、強力な魔物を確認していたから、背筋が震えたわ。どうやっても勝てない相手だし、それだけの魔物がこちらを見ているだけで、言いようのない圧力のようなものを感じたの」

「一部の魔物が持っているものだな。強力な魔物は、何もしていなくとも感じる感覚がある。格下の相手を委縮させるようなものだが、強力であるがゆえに、弱者を威嚇する効果があるんだろう。Bランク以上の魔物で感じられる事が多いな。キマイラやキュクロップスなんて言ったら、あって当たり前だろう。そこで、立ちすくんで行動ができなくなったりしないだけ、優秀な冒険者だ」

「まぁ、魔物の集団というのは、幾度も経験していますから……」

「それで生き残っている冒険者というのも、それだけで凄いのだがな」


 こいつ強いぞ! と思わせるような見た目とか、威圧感なんだろうか?

 キマイラやキュクロップスは当然ながら、マンティコラースも厄介な魔物だったしなぁ。

 それに、数えるのも馬鹿らしくなるくらいいたから、そんな集団に睨まれたら怖くなってもおかしくないよね。


「そうなんですねぇ……でも俺、今回もそうですけど、キマイラと戦ったりしても何もかんじませんでしたけど……?」

「それは……リクさんがおかしいわね」

「あぁ、おかしいな」

「……申し訳ありませんが、これに関しては私も同意します」

「えぇ……?」


 むぅ、そんな威圧感のようなものを感じた事がないと言ったら、おかしいという扱い受けてしまった。

 いやまぁ、確かに話をしている限りだとキマイラとかが強力な魔物なのはわかるし、確かに大きかったり力が強かったりとも思うけど……。


「リクさんは鈍感だから……はぁ……」

「え、そうかな?」


 モニカさんの呟きに首を傾げる。

 自分の感覚が鋭いとは思っていないけど、俺ってそんなに鈍感かなぁ?

 でも鈍感だからこそ、自分の事がよくわかっていないという場合もあるか。


「まぁ、リク様本人が英雄と呼ばれる程の大人物であり、強さの証明でもあるのでしょう。実際、あの魔物達を倒してくださいましたし、格下ではない事は間違いありませんからな」

「格下に機能する圧も、格上には機能しないだろうしな。感じられないのは、そういう事なんじゃないか?」

「うーん、そうかもしれませんね……」

「はぁ……」


 フォローしてくれるフランクさんとノイッシュさんに、ひとまずそういう事で納得する事にした。

 隣では、モニカさんが溜め息を吐いている……ちょっと納得いかない。

 もう少し、モニカさんの事を見ていた方がいいのかもしれないなぁ……。


「少し話が逸れましたが……その魔物達が街へ向いた瞬間の事です。少し気になる事が……」

「何か、不自然な点を見つけていましたか?」

「不自然、と今考えると思えます。ただ、本当にそれがなんだったのかはわかりません」

「どんな事だったのですか?」

「……魔物達は、私を見ていたわけではなく、街の方を見て移動を始めました。すぐに報せないとと思ったのですが……その時、赤い光を見たんです」

「赤い光?」

「うん、そうなの。ただ、それそのものが発光しているとかではなく、日の光に照らされているだけのようだったわ。よく見てみると、それは魔物達の目だったようなの。魔物の集団の中で、キュクロップスは目立つし大きな一つ目を持っているから、よくわかったわ」


 キュクロップスは、五メートルはあろうという巨体。

 しかも、キマイラやマンティコラースとは違って二足歩行なため、集団の中にいても飛びぬけて大きく見えたんだろう。

 距離が離れていても、頭一つ二つは飛びぬけていたキュクロップスの、大きな一つ目を確認するのは難しくないか。

 移動していたんだから、徐々に近付いてきてもいたんだろうからね。

 赤い光かぁ……最近、赤色とは何かと縁があるなぁ。


「それは、本当に目だったのか?」

「キュクロップス以外は、しっかり見たわけではありません。ですけど、キュクロップスの目が血の色のように赤くなっていたのは、間違いなく……」

「そうか……」

「ノイッシュ殿、どうなのですか? 魔物の目が赤くなるというのは?」

「……一部の魔物では、興奮すると体の一部が赤くなる……という事はある。だが、集団全ての目が赤くなるというのは、知らない事だ」

「つまり、キュクロップス以外の魔物の目も赤くなっていたとしたら……」

「何か、理由があるのかもしれない……か」


 モニカさんが確認できたのはキュクロップスの目だけ。

 だけど、魔物の集団から赤い光を見たのは間違いない……つまり、キュクロップス以外の魔物も赤くなっている部分があったとみるべきだろう。

 それが目なのかはわからないけど、ともかく赤く光る何かがあるという共通点が見られるわけだ。

 ノイッシュさんの言うように、魔物が体の一部を赤くさせる事があったとしても、集団が一斉にというのは異常だね。

 それこそ、集団が単一の魔物で、全体が何かに対して興奮をしたとかでない限りは……。


「ふむ……これに関しては、調査が必要でしょうが……答えがわかるとも言えませんな。リク様は、唯一間近で魔物と戦った方。同じ事には気づきませんでしたか?」

「いえ……俺が魔物に向かった時には、赤い光はありませんでした。赤い毛を持つ魔物はいましたけど、それくらいですね」


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