第626話 極限の一撃



「なんだろう、もしかしたら……と考えているのに、全然怖くないや」


 自分がやられてしまう可能性は考えた。

 けど、恐怖といった感情が一切ないのはどうしてなのか。

 俺がやられる事はない……なんて盲目的に信じているわけじゃない。

 もちろん、死ぬのは怖いんだけど。


「ぐぅっ! しまった!」


 余計な事を考えて、そちらに意識を取られていたせいか、また遠くから飛来した魔法に当たってしまった。

 しかも、今度は右腕。

 衝撃と痛み、氷の矢ではなく火だったために熱さも感じて、思わず剣から手を離してしまった。

 地面に落ちる剣、それを拾う間もなくキュクロップスが迫る。


 ……大事な武器である剣を落とすなんて、エアラハールさんに怒られるなぁ。

 なんて場違いな事を考えつつ、キュクロップスから離れるように後ろへ飛んだ。


「GYUA? GYUU……GU!!」

「ん? ……あぁ、そうか」


 振り下ろした腕が俺に当たらず、疑問の声を出すキュクロップス。

 しかし、下ろした腕の先には、俺が落とした剣があった。

 武器が欲しかったのかはわからないが、俺を体ごと握りつぶせる程の大きな手、その指で剣をつまんで持ち上げた瞬間、キュクロップスの目から光が消えて、短い悲鳴のような声と共に倒れた。


 キュクロップスが倒れた原因は簡単だ、リリーフラワーの赤信号さんことルギネさんのように、剣に魔力を吸われてしまったんだ。

 人間より、体が大きい分魔力がありそうなのに、一瞬で吸い尽くしてしまったんだなぁ。

 さらに偶然にも、その勢いで俺の方まで剣が飛んで来たので、微かな痛みに耐えながら右手でキャッチ。

 運がいいというかなんというか……。


「お前も、俺以外に使われたくないとか、考えるのかな? いや、剣がそんな事を考えるわけないか……」


 落としてしまった剣が、キュクロップスに使われる事を嫌がって俺の元へ戻って来た、なんとなくそんな想像をして苦笑を漏らす。

 こんな状況で笑えるのは、まだ俺に余裕があるからなのかもしれない……いや逆に余裕がないから、笑うしかないのかも?


「ともかく、もう一度集中して戦い続けるしかないか。今更逃げるなんてできないし、応援が来るまで頑張らないとね」


 応援が来たら全てが解決だとは思わないけど、今よりは楽になるだろう。

 それに、ずっと戦い続けていたからそろそろ魔物も数を大分減らしているはずだ。

 大きな魔物に囲まれているせいで、全体を見通せないため、残りがどれくらいあるかはわからないけどね。

 とにかく、頑張るしかないんだから、もう一度集中して戦い続けるだけだ。


 怪我をして、痛む両腕は我慢。

 かすり傷程度なんだから、腕は動くし、俺が我慢して余計な事を考えなければいいだけだ。

 集中、集中、集中……研ぎ澄ませろ、ただの魔物を倒すだけの存在……。


「いや、違う……こうじゃない……」


 先程と同じような戦闘思考とも言える集中の仕方だと、きっとまた攻撃を受けてしまう。

 あれは敵を倒すためだけに特化しているように思うから、最低限の回避行動はしても、自分の身を顧みないような気がするから。

 研ぎ澄ませ、集中して、無駄な動きを省いたうえで、魔物の動きを並列処理し、避け、剣を振って敵を倒す。

 意識を思考に任せるのではなく、自分の意思で動く、自分の意識を保って戦うんだ。


「……集中……研ぎ澄ませ……」


 余計な情報を遮断するために、目を閉じるなんて事はしない。

 むしろ目を見開いて、魔物の動きだけでなく、周囲全てを見る。

 どこから何が来るのか、どうしたら最小限の動きで避けられるか、どう動けば魔物を倒す事ができるのか……。


「……っ!」

「「「「GUUUUUUUAAAAAA!!」」」」


 瞬間、思考の中に光のようなものを感じた。

 その光に誘われるように体を動かし、攻撃を避け、剣を振る。

 一瞬、瞬きするほどの一瞬の出来事だった。

 体を回転させ、周囲全ての魔物を斬り裂く。


 手ごたえは感じないと言っていい程、何も感じなかった。

 元々、魔力を使っている俺の剣は、鋭い切れ味でキュクロップスだろうとキマイラだろうと、抵抗をほとんど感じる事無く斬り裂けるのだけど、今はそれ以上になにも手に感じなかった。

 ただ単純に、素振りのように、体が回転するのに合わせて剣を振っただけのような感覚。

 一秒にも満たないその瞬間で、俺を囲んでいた周囲の魔物が斬り伏せられた。


 一瞬後に上がる、魔物の悲鳴や断末魔。

 すぐに降り注ぐ魔法を避けつつ、状況確認。

 あの一瞬で、十体近くの魔物を倒せていたようだ。

 とは言え、さすがにそれで終わるわけもなく、また別の魔物が倒れた魔物を踏みつけながら、俺へと迫るだけなんだけど。


「……今のは……もしかして?」


 最善の一手……とエアラハールさんが言っていた技に近いのかもしれない。

 一度見ただけだから同じとは言えないけど、抵抗なく対象を斬るという感覚は、あれに近いのかもしれない。


「……くはぁ! はぁ……はぁ……!」


 呟いた後、最善の一手かもと考えた時点で、体が酸素を求めて再び荒い呼吸を繰り返す。

 エアラハールさんが、何度も使えないと言っていたのは、こういう事なのかもな……。

 俺が見たのはボロボロの剣で、硬い木剣を斬るだけだったから、エアラハールさん自体も披露しているようには見えなかった。

 けど、俺が今斬ったのは強力な魔物達。


 いかに剣が鋭いおかげとは言っても、体に負担がかかるのも仕方ないのかもしれない。

 極限まで全身を研ぎ澄まし、集中を越える集中をして、通常ではありえない鋭さで動き、斬り裂く技……といったところかな。

 威力は十分過ぎるくらいにあるのはわかるけど、体への負担も相当な物らしい。

 限界に近い状態だからこそできたのか、散々剣が折れないようにして戦った成果なのかはわからないけど、少しくらいはエアラハールさんに近付けた気がして、少し嬉しい。


「はぁ……ふぅ……喜んでいる場合でも、ないけどね……」


 周囲の魔物を斬り倒したため、少しの間余裕ができたけど、その魔物を踏み越えて別の魔物が迫る。

 まだ呼吸は苦しいし、どれだけの集中をしたらいいのかわからないため、同じようにまた最善の一手っぽい動きをする事はできそうにない。

 体の負担も大きいから、連発したらすぐに力尽きてしまいそうだし……。


「仕方ない……はぁ……とにかく、今は戦い続けないと……」


 最善の一手を使った後遺症なのか、それとも元々体の限界が近いためか、重い体を動かし、剣を持ち上げて魔法を避け、魔物の攻撃を掻い潜りながら戦闘を続ける。

 さすがに、そろそろ疲れが顕著になってきた……。

 もしこれが無事に終わったら、お腹いっぱいモニカさんの料理を食べて、たっぷりと寝たいなぁ。

 なんて、何かのフラグかもしれないと思えるような事を考えた時、遠くから何かが……。


「リクーーーーーーー!! 助けに来たのーーーー!!」

「この声は……ユノ!?」

「お前達じゃまなのーーー!!」


 遠くから聞こえる叫び声は幼く、だけど心強いユノの声だ。

 周囲に響き渡った叫びと共に、囲んでいた魔物達が戸惑うような動きをして、少しの間攻撃の手が緩まる。

 おそらく、他の方向から何かが来るとは、思っていなかったからだろう。

 俺に向かって一直線に、魔物達の戸惑いを跳ね飛ばすような、ブルドーザーが突撃して来るような勢いで血煙と魔物の斬られた体が、文字通り舞っていた――。



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