第625話 リクの怪我



 ……思考にエラー? 雑音? 余計な事は考えるな。

 ひたすらに戦う事を考えろ。

 魔物の動きが速く……いや、俺の動きが鈍っているのか。


 思考を速めろ、動きも速めろ。

 止めるな、止まるな、ただひたすらに戦い続けろ、魔物を倒せ。

 首を斬り裂こうとして半ばで失敗、体の動きに合わせ、蹴って止めを刺す。

 剣を振り上げ、振り下ろし、斬り上げ、斬り降ろし……間に合わない、体を前に回転させてかかとを落として頭を潰す。


 失敗、斬り裂く、空振り……どうした? 俺の動きが遅いのか……。

 加速、もっと速く、思考も体も加速させろ。

 斬り裂く、突く、失敗、空振り、踏みつぶす、空振り、失敗――。


 限界なのか、余計な事を考え過ぎているのか、集中を続けようとしても上手くいかない場面が増えてきた。

 もっと、もっと倒せ、魔物を倒せ。

 余計な事を考えず、ただひたすらに魔物を倒せ――。


「ぐっ!?」


 避け続けていた魔法に直撃。

 思考が一瞬だけ中断される。

 衝撃、痛み……痛み?


 思考にノイズが走る。

 痛みを感じたからじゃない、痛みがある事を不思議に思ったからだ。


「っ! はぁ! はぁ! はぁ!」


 突然意識を取り戻したような感覚になり、酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。

 息を止めていたわけではないけど、集中し過ぎて浅い呼吸になっていたんだろう、ずっと動いていたのもあると思う。


「はぁ……ふぅ……はぁ……っ!」


 呼吸を繰り返し、脈動する心臓や血管を落ち着かせている間も、絶える事のない魔物からの攻撃を避ける。

 まったく……休む暇もないね……。


「でも、さっきのはなんだったんだろう? っとあ!」


 火と氷が連続で飛んで来るのを、体を捻って避けながら、少しの思考。

 エルサに集中しろと言われたから、戦う事だけを考えていたのは確かなんだけど、機械的というか、極限まで同じ事を繰り返し、魔物を倒すという考えしか浮かばなかった。

 トランス状態というか、ハイになった状態に近いような気もするけど、違うような気もしてちょっと気持ち悪い。


「はぁ……ぐ……ぺっぺっ!」


 垂れてきた魔物の返り血が、荒い呼吸を繰り返す口の中に入り、生臭さと共に吐き出す。


「あぁ……水が欲しい……っと!」


 絶えず動いていたからなのか、さっきのよくわからない集中状態があったからなのか、喉がカラカラになっているのを自覚する。

 水分が欲しい……水が欲しい……魔物の返り血を飲めば、水分の代わりになるだろうか……?


「はっ! それはちょっと遠慮したい……ねっ! っと」


 まださっきの思考を引きづっているせいか、いつもなら考えない事が浮かんでしまう。

 戦うために、欲している物は手近な物で代用し、ひたすら戦い続けるただの機械のような思考……完全に危険人物だ。

 危ない思考を浮かばないように気を付けながら、突撃して来たキュクロップスの足を斬り取り、倒れたところで剣を突き刺して止めを刺す。


「ふぅ……っ!」


 息を吐きながら、汗や血を拭おうと剣を持っていない左腕を上げようとすると、痛みが走って顔をしかめた。

 左腕の、肩に近い部分に小さな氷の矢が突き刺さっていた。

 さっき受けた痛みは、これのせいだったのか……。

 氷の矢は、既に指の先程度の大きさしかなく、見ている間にも溶けてなくなった。

 深く突き刺さってはいなかったようで、矢がなくなった後に血が噴き出すなんて事はなかったが、滲んではいる。

 

「痛みを感じた事がないわけじゃないけど、怪我をしたのっていつ以来だろう……?」


 痛みはあるが、左腕が動く事を確認しながら呟く。

 突き刺さったと言っても、どうやら針が刺さったような怪我でしかなく、血が滲んでいる程度で大きな怪我じゃない。

 だけど、この世界に来て怪我をした事なんて、エルサと契約をしてからはなかったため、痛みに対して敏感になっていたようだ。

 慣れたくはないけど、怪我なんてしてこなかったから痛みに慣れていない。


「……そういえば、俺の体って魔力で守られているから、頑丈らしいんだよね?」


 誰にともなく呟き、もう一度怪我の場所を確認。

 そこからは、魔物の返り血とは違う、紛れもない自分の血が滲んでいた。

 魔力が多過ぎて溢れているのに近い状態なため、戦闘をする意識に切り替わったら、俺はドラゴン並みかそれ以上に頑丈になるらしい。

 実際に、刃の付いた武器を素手で受け止めたりもしたし、エアラハールさんの訓練では、ソフィーやモニカさんの攻撃を受けても、怪我をする事はなかった。


 なのに、今は氷の矢が突き刺さっていた……。

 ソフィー達以上の威力がある魔法だった? いや、それなら氷が簡単に溶けてなくなるはずがない。

 俺の意識が戦闘に切り替わってなかった? だったら、さっきまでの思考はなんだったのかとなるので、これも違う。

 つまりは……。


「俺の魔力が、少なくなってるって事なんだろうね……おっと!」


 呟きながら、マンティコラースが突き刺そうとする尻尾を避けて、剣で斬り裂く。

 元々体を守っていたのが魔力なんだから、それが薄くなった、もしくはなくなったと考えると、原因は俺の魔力が減っているからだ。

 溢れる程の魔力のおかげで守られていたのに、戦闘を続けて魔力が減り、体を守る事もできなくなったという事。

 どれだけの魔力があれば、そういう事ができるのかはわからないけど、割と危険な状況なのかもしれない。

 そもそも、疲れと魔力が減った事で、集中していても剣が当たらない事があったし、魔法にも当たってしまったんだろうな。


「結界で、身を守る……?」


 いや、この状況で発動する程の魔力が残っているのかわからないし、俺が結界にこもったら標的がルジナウムの街になるだけだ。

 魔物と戦って倒し続けているからこそ、向こうの意識が俺へと向いてくれているのもあるだろうから。

 魔力が少なくなっているのなら、絶えず魔力を使っている剣を収めて、改良されたエクスブロジオンオーガの時のように、結界で体を覆って拳で戦う?

 いや、あれはエクスブロジオンオーガだからできた事だ。


 キマイラやキュクロップスを相手に、それは難しいだろう。

 体を守れる程の魔力がないなら、拳を叩きつけて相手を破壊するほどの威力も出ないはずだ。

 結局、戦い続けるには、今のまま剣を振り続けるしかないのか……。


「予想以上に数が多かった事と、強力な魔物が多かったせいだろうけど……一人、いや、エルサと俺だけでなんとかするなんて、調子に乗り過ぎたね……」


 ヘルサルの時はまだ、自分の事がよくわかっていなかった。

 けど、それから色々な魔物と戦って来て、俺ならなんとかできると驕ってしまったのかもしれない。

 ドラゴンのエルサと契約していたり、魔力量が多いとはいっても、俺だって人間だし、限界がある。

 それをよく知らずに、なんとかすると考えた事自体が、間違いだったのかもしれないなぁ。


「俺の魔力が尽きるか、エルサが応援を呼んで来るのが先か……どっちだろうね?」


 魔力が減り、戦う事はまだ続けているけど、いずれ押され始めるだろう。

 そして、魔力が尽きた時には間違いなくやられてしまう。

 その前に、エルサがルジナウムから応援を呼んで来てくれたら、状況も変わるかもしれないけど……あれからどれくらい時間が経ったかもよくわからないから、いつ来るのかもわからない。

 空からは日が差しているから、数時間も戦っていない事だけはわかるくらいだった――。



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