第624話 単独戦闘の開始
エルサが何を言いたいのか、考え込む事ができない今の状況じゃ難しいけど、何やら俺自身の事を考えろと言われている気がする。
余裕を持っていられる時間もないため、すぐに話を切ったエルサが、キュクロップスの目を突き刺すために飛び上がった俺から、ふわりと飛んで離れた。
地面に着地する俺に、十メートルはあろう高さまで上昇したエルサの声が、魔物達の声に紛れながらもよく聞こえた。
大声とかではないのに、なぜ騒がしい周囲に関係なく聞こえたのかはわからない……多分、契約している事が関係してそうだけど。
ともかく、助言っぽい事を言いながら、セルフエコーを残してさらに上昇、ふわりふわりとルジナウムの方へ向かって見えなくなった……締まらないなぁ。
エルサも魔力が減っているし、疲れてもいるんだろうから、速度は出ないみたいだ。
助けを呼ぶにしても結構時間がかかりそうだし、頑張らないとな。
「集中、魔力を節約……か」
「GAAAAAA!!」
「せい! うーん……」
名前も知らない魔物を切り伏せながら、エルサから言われた言葉を考える。
魔力を無駄に使わないというのはまだしも、俺が集中をしていない……という事はないだろう。
まぁ、エルサと話していたりはしたけど、集中していなかったらもっと危険な状態になっていたかもしれないし、片手間で倒せる魔物の数でもない。
エルサが言いたかったのは、もっと集中して魔物を倒す事に特化しろ……という事なのかもな。
「魔力は……節約した方がいいのは間違いないね。よし! ――ありがとう、もういいよ」
火の精霊は、明らかに最初の勢いを維持していない。
俺からの魔力が減ったからなのが、大きく関係しているんだろう。
最初の頃は、キマイラやキュクロップスでさえも燃やし尽くす事ができていたのに、今では俺に飛びかかろうとする魔物の牽制くらいしかできていなさそうだ。
離れた場所からの魔法も、防ぐ効果は期待できそうにないし……節約のために召喚を解く事に決めた。
お礼を言って魔法の解除をする俺に対し、火の中にある瞳が心配そうに揺れたように見えて、火の精霊はいなくなった。
どうやら、エルサだけでなく火の精霊にまで心配されちゃってたみたいだね。
精霊に感情とかがあるのか、わからないけど……。
「くっ……ほっ! っと……せい!」
火の精霊がいなくなった事で、さらに俺へ向かう魔物の攻撃が激化する。
遠くからの魔法攻撃は数を増し、大小さまざまな魔物が俺を休ませないよう、次々に襲い掛かって来る。
中には、味方……と言えるのかはわからないけど、魔法が当たるのも構わず俺を捕まえようとする魔物もいた。
火の精霊がいなくなったので、目に見えて俺が弱っているとでも考えたんだろう。
目立つしね、火の精霊。
「でも、疲れてはいるし、魔力も減っているみたいだけど……弱っているとまでは、言えないんだよっ!」
「GIAAAAA!!」
魔法を避け、四方八方から迫る魔物の攻撃を掻い潜って、人間と同じくらいの大きさの魔物を切り裂く。
まぁ、疲れていて魔力も減っていれば、十分に弱っていると言えそうだけど、物は言いよう……というか、認めたくない。
自分が弱っていると認めてしまったら、途端に動けなくなりそうだしね、自分を発奮させるためにも必要だ。
「集中……集中……集中っ!」
火の精霊がいなくなったから、魔力に関しては剣に流れるだけになっている。
他の人はともかく、俺にとってはその程度の魔力は微々たるものなので、気にしない。
火の精霊を複数召喚したままにしているよりは、魔力が減っている感じもないからね……感覚がマヒしている可能性はあるけど。
とにかく、攻撃を掻い潜り、魔法を避け、目の前にいる魔物を倒す事に集中する。
「魔物の攻撃が遅くなった? いや、俺が速くなった……? 違うか、集中しているおかげだろうね。無駄な事は考えるのも、止めよう……はぁぁぁ!!」
とにかく、剣を振り下ろす、避ける、斬る、飛び上がる、突く、しゃがむ、斬り上げる。
戦う事のみを考え、余計な考えをしないように……。
その中で、魔物の動きが遅く感じたのはなぜだろう。
集中しているおかげで、俺の動きが速くなったのだろうか……。
いや、単純に思考が加速しているためなのかもしれない。
戦う事、魔物を倒すにはどうしたらいいのか、どう動けばいいのかをずっと考えて、他の考えをしないせいなのかも。
ただひたすらに、魔物を倒すだけの生物……いや、単純な作業をするだけの機械なのかもな。
避けて、斬る。
斬って、避ける。
二度三度と斬らなければいけない魔物は、動かなくなるまで斬り続け、連続で降り注ぐ魔法は、剣で弾き体を捻って躱し、しゃがみ、飛んで躱す。
どれくらいそうしていたかはわからない。
ただひたすら魔物を倒し、攻撃を避ける機械のようにもなってしまった俺は、自分の体がどうなっているのかもわからない。
トランス状態とでも言うのか、他の事を一切考える余地もなく、ただただ魔物を倒すだけ。
時間の感覚なんて、もう既にない。
まだ日が差しているのか、それとも暗闇なのかも感じる思考を閉ざし、五感で周囲を感じ取り、体を動かす。
キマイラの首を斬り飛ばし、倒れるまでの体を足場にして、キュクロップスの頭上までジャンプし、落ちる勢いを利用して額に剣を突き刺す。
足でキュクロップスを蹴り、剣を抜くと同時に地上へ向かって飛び、マンティコラースの体を真っ二つにする。
常に動く事で、離れた場所から飛んで来る魔法を避ける効果もあった。
時折、俺が避けた魔法が、急所に当たってやられる魔物もいたが、意識からはすぐに外す。
それを運がいいとか、もっと利用してやるなんて考えるような、思考の隙間はない。
的を絞らせるな、動け、動け、動け……止まったら捕まる、止まったら動けなくなる。
意識は戦い、体を動かし、常に魔物を倒し続ける。
剣を振り、突き、避けろ……無駄をなくし、最低限の動きで、そして大胆な動きで翻弄しろ。
倒せ、斬れ、突き刺せ――。
衝動とも言える意識によって、ひたすら魔物を倒し続ける。
余計な事は考えるな、ただひたすら戦う機械になれ……。
拳は俺であり、魔物を倒す武器――。
足は動く機械でありながら、攻撃を避ける防具――。
そして剣は俺の意識で、全てを斬り開く全て――。
自分が何をしているかすらも考えない。
意識を戦いに、体を戦いに、全てを戦いに向けて、目に入る魔物、五感で感じ取った魔物を倒し続ける。
数分は戦ったかな、数時間は戦ったかな、数日は、数カ月は、数年は戦ったかな――。
時間の事すら考えない、どれだけ長い間、短い間戦ったのかも考えない。
それは、ただひたすらに魔物を倒すためだけの物。
声すら出さない、出す事も考えない。
声を、喉を振るわせる余裕があるのなら、魔物を倒せ。
呼吸も止めろ、呼吸はしろ。
自分が本当に空気を吸い、吐いているのか、生きているのかもわからない。
研ぎ澄ませ、磨け、俺は戦う意識であり、戦う武器、魔物を倒す物だ――。
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