第618話 街を守る者達の覚悟
「ある程度我々が押された際、リク殿とモニカ殿達は、エルサ様と共に……お逃げ下さい……」
「え!?」
「フランク子爵!?」
「……ほぉ」
「おじちゃん?」
何かを提案されると思ってはいたけど……まさか逃げてくれと言われるとは……。
「私は……私達は最後まで戦います!」
「モニカ殿……それは嬉しいのですが、あなた達はまだ若い。それに……国にはリク殿のような英雄が必要なのです。このようなところで失うわけにはいきません」
「……中々、骨のある貴族のようじゃの。自己の事ばかり考えている貴族が多いと思っておったが」
「エアラハール殿、でしたな。少なくとも私は、自分の収める領地の民、そして国の民のために貴族はいると考えております。そして、その民のためには、私などよりもリク殿の方が重要なのだとも。まぁ、エアラハール殿が言っているような貴族もいますが……そのような物は先のバルテルの凶行の際、ほとんどいなくなりましたからな」
「ある意味、膿を出したという事じゃな」
「えぇ。陛下を危険に晒してしまったので、あの時の事を喜ぶべきではありませんがね……とにかく、リク殿達にはこの街を離れてもらい、生き延びて下さい。残った我々で、精一杯魔物達の足止めを致します」
「ちょ、ちょっと待って下さい。話は……一応わかりますが、それは頷けません! 今この時に、こちらの戦力を削ぐような事は……。それに、戦闘中に逃げたら、ここに残っている人達の士気にも関わるはずです!」
「そうですな……それは致し方ないでしょう。ですが、それを鼓舞して死地に赴かせるのも、指揮官の役目でもあります」
「辛い役目じゃの……なに、老い先短いワシも、それに協力するのじゃ……多少は生きていられる時間が増えるじゃろう?」
「……良いのですか?」
「自分の事しか考えないような貴族なら、ワシもさっさと逃げておったがの? じゃが、元とはいえ冒険者じゃ……日頃ふざけておっても、危険な目に合っている者を見捨てたりはできんよ」
……それは、冒険者としての矜持なのだろう。
冒険者としてランクを上げて行く事で、ギルドだけでなく人々に信頼されるようになる。
だけどそれは、戦う強さだけでなく、依頼の達成率だとか、その人本来の性格というのも考慮される。
具体的には、冒険者の本分である困っている人達を助ける……という事を体現しているかというのが、大きいらしい。
「だから待って下さいって! エアラハールさんもフランクさんも。俺も戦いますよ、冒険者ですし皆を見捨てるなんてできません!」
「若い者は、老いた者に任せる場面じゃぞ?」
「そうですぞリク殿。……それにリク殿には、他には任せられない大事な事をお願いしたいのです」
「……大事な事、ですか?」
「そうです。避難している者達の方へ、フィネとコルネリウス他数名を、護衛として付けています。こちらが魔物を相手に時間稼ぎをしていても、戦えない者達が魔物に襲われてはいけませんからな」
「フィネさん達が……それはわかりますが、俺とどういう関係が?」
「ここから逃げた後、非難している者達の所へ向かって、護衛をして欲しいのです。フィネやコルネリウスもまだ若い。それに、非難する物の中には子供だっています。これからの国を担う者達を、守って欲しいのです。……コルネリウスは、少々困った性格になってしまいましたが……いずれ私の後を立派に継いで民の先頭に立ってくれるものと……フィネが教育してくれると信じています」
「そこは、フィネさん任せなんですね……いえ、そうではなく。確かに避難している人達も大事ですが……」
「リク殿……死にゆく者の最後の願いです。我々ではなく、非難している者達を……守ってやって下さい」
「リク、若い者には若い者の、老いた者には老いた者の役目というのがあるのじゃよ」
「エアラールさん、フランク子爵……」
「お爺ちゃん、おじちゃん……」
「なんじゃユノ嬢ちゃん、ワシをお爺ちゃんと呼んでくれるのかの? いつもあれ程きつく当たっておるのに……」
フランクさんは、俺が非難する人達を護衛し、無事に逃がしてくれる事を期待しているらしい。
エアラハールさんも、貴族のフランクさんがここまでの覚悟をしているのに共感し、一緒に残ろうとしている。
若い人達を生かすために……というフランクさん達は立派だし、見習うべき信念だと思う。
モニカさんは二人の話を聞いて、目が潤んでいるし、ユノもいつもはぞんざいな扱いで強い当たり……それこそ物理的に強い当たりをしているのに、お爺ちゃんとまで呼んでいる。
エアラハールさんに至っては、孫よりも小さい子供の見た目をしているユノに対し、お爺ちゃんと呼ばれて嬉しかったのか、こちらもモニカさん同様、目を潤ませていた。
ここでふと思い出したのは、少し前の鉱山内での事。
モリーツさんを口封じのため、剣で突き刺した黒装束の男……あちらは仲間であろうと平気で裏切るのに、こちらは仲間を生かそうと自分の命をかける。
どちらも、自分のやるべき事と考えて行動しているのかもしれないが、全力で運命に抗うのならどちらにするべきか……なんて、決まってるよね。
「……すみません、フランクさん。エアラハールさんも。そのお願い、お断りさせて頂きます」
「リク殿!?」
「リク、お主?」
「リクさん……」
「リク……」
「くぅ……すぅ……だわ……」
目に力を込め、相手を射抜くくらいの気持ちでフランクさんに投げかけ、きっぱりと断る。
……こうしてないと、俺も流されて逃げ出す方に気持ちが揺れそうだったから。
俺だって、英雄と持て囃されてはいても、強力な魔物……数体程度ならまだしも、大量にいる魔物に向かうなんて、怖いに決まっているから。
ヘルサルの時は、マックスさんやマリーさんといった、頼れる人達が近くにいてくれたから大丈夫だったけどね……あの時は、準備で色々駆け回ってそういうことを考えられなかったのも大きいか。
ともあれ、恐怖に流されないようにしながら、フランクさんからのお願いを断り、自分のすべき事を決めた。
さっき、ここへ移動する直前に、心に灯った灯火のような何かが、確かに大きくなっているのを感じた。
……どうでもいいけど、この真剣な場面で寝息を立てるなよエルサ……気が抜けるから……。
鉱山の調査からこっち、魔法を使う事も何度かあったし、全力で飛んだ事での疲れもあるのかもしれないけど。
いまいち締まらないなぁ。
「リク……いいの?」
「ユノは、俺がどうしようとしているか、わかっているみたいだね?」
「リクの事は、ずっと見て来たの。だから、なんとなくわかるの。でも、これはリクがするべき事じゃないかもしれないの」
「ううん、俺がするべき事だよ。確かに、本来ならやるべき事じゃないかもしれないけど……ここまで関わったんだからね。それに、ユノが望むのは、魔物に蹂躙される街の姿じゃないでしょ?」
「……うん」
「だから、俺は皆が笑って過ごせるように、ユノも笑えるように頑張るだけだよ」
「……わかったの、リク。私もできるだけ協力するの」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
改めて決意をしている俺に、ユノがそっと声をかけてくる。
俺が何を考えているのかわかっているようだね……まぁ、ユノにはわかるか。
この世界に来るきっかけであり、エルサを始めとした皆との出会いや、姉さんとの再会をさせてくれた人……というか神様なんだから――。
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