第607話 結界で空間を閉じる



 モリーツさんを突き刺した男は、黒装束……というのだろうか? 全身真っ黒の布で覆われており、顔も目の部分以外は隠されて誰かがわからないようにしている。

 服装の形や細部は違うが、日本で言う忍者に近いイメージだ。


 街に紛れ込んでいた人だし、服の上からでも鉱夫さんと同じように筋肉が盛り上がって見える大柄な体は、もしかしたら街ですれ違った事がある人かもしれない。

 モリーツさんのような細めの人よりも、この人の方が街に溶け込むのは自然だろう。


「次はお前達の番だ……と言いたいところだが、生憎と私は無謀な事をしない質でな。Aランク冒険者……しかも英雄と呼ばれる相手と戦うつもりはない」

「……俺達の事を?」

「もちろんだ。街の中にいれば、嫌でも聞かされる。英雄が街を救ってくれるとな。……忌々しい限りだ」

「……逃がさない」

「いや、逃げさせてもらう。私は、逃げ足だけは早いのだよ。こんなふうに……な! ウインドブレイド!」

「なっ!」


 剣をゆっくりとこちらへ向け、戦闘態勢を取るのかと思いきや、すぐに降ろす男。

 俺達の事を知っていて、敵わないとわかっているから、襲って来ようと言う気はないのだろう。

 おそらくだけど、この男は工作とか裏で動くための人物で、直接戦闘はやらないようにしているのかもしれない。

 かといって、街や鉱山を利用し、さらにモリーツさんも邪魔になったら殺した事の男を、そのまま逃がすなんてできない。

 そう思って俺が剣に手を触れ、駆け出そうとした瞬間、男が周囲に魔法をばらまいた。


「リク!」

「俺は大丈夫! だけどガラス管が!」

「リク、あの人間が逃げるのだわ!」

「わかってる! ……結界!」

「何!?」


 ばら撒かれた魔法は、風の魔法。

 広範囲に放たれたからか、ソフィーが駆け寄ってきて名前を呼ぶけど、大した事はない。

 多分、威力という点だけならさっきのエクスブロジオンオーガの方が強かったくらいだからね。

 だけど、そんな低威力でもガラス管を破壊するには十分だ。


 この場にあったほとんどのガラス管が、魔法によって一部が割れたり倒れたりしてしまい、その中からエクスブロジオンオーガが現れる。

 倒れたガラス管がさらに別のガラス管を……というボーリングのピンのような状況になり、結局全てのガラス管が割れてしまった。

 そのエクスブロジオンオーガ達は、モリーツさんの実験体だからだろう、赤みがかった肌の色をしていて、男の方は見向きもせず、俺達へと向かって来ようとしている。


 魔物が襲って来るのだから、迎撃しなくてはならない……けど、エルサが注意するように声をかけた通り、この混乱に乗じて一目散に駆けて逃げようとしている男の後ろ姿が見えた。

 俺達が来た穴の方向とは違うけど、きっとそちらに隠し通路とやらがあるんだろう……ここからだと、通路自体は見えないけど。

 ともかく、このまま逃がしてはいけないと、咄嗟に結界を発動。

 壁の少し手前で目に見えない何かに遮られた男は、驚愕の声を上げた。

 ……これで、エクスブロジオンオーガの爆発による影響をなくせるし、男も逃げる事はできないはずだ。


「くそっ! どうなっている……なぜ通れない!」


 結界に阻まれて逃げられない男は、ガンガンと見えない壁を叩いているけど、そんな事で結界は破れたりはしない。

 この場所全体を覆ったので、逃げ道はなく、みすみす男を逃す事はなくなった。

 とはいえ、男より先にエクスブロジオンオーガを先になんとかしないといけない。

 大量のエクスブロジオンオーガが、こちらに向かって来ているからね。


「ソフィー、大丈夫? さっきので結構疲れていたみたいだけど……?」

「問題ない。魔力を使っただけだからな。さすがに、もう氷漬けにする程の魔力は残っていないが、エクスブロジオンオーガと戦う事はできる」

「わかった。無理はしないでね」

「もちろんだ」


 さっき、エクスブロジオンオーガと戦った時に、膝をつく程疲れてしまっていたようだから、大丈夫か少し心配だったけど、大丈夫みたいだ。

 魔力自体は残り少ないようで、魔法具を使うのは難しそうだけど、剣で戦う事はできるらしい。

 これまでも問題なくエクスブロジオンオーガと戦っているソフィーだから、本当に問題なさそうだね。


「凍らせるのだわ?」

「それでもいいんだけど……結局氷が溶けたら爆発するからね。面倒だから爆発させちゃおう」

「わかったのだわー」

「あ、エルサ。念のためソフィーの方に。もし危なかったら助けてあげて」

「了解したのだわー」

「すまないな……ふむぅ……」

「ソフィー、今はモフモフを堪能している状況じゃないよ?」

「わ、わかっている!」


 俺の頭にくっ付いたまま、口を大きく開けるような動きをしたのが伝わってくる。

 エルサに任せれば、エクスブロジオンオーガを凍らせるのは簡単だろうけど、結局溶けたら爆発するんだし、それなら今のうちに爆発させて排除した方が手間がかからないと判断。

 俺にとって爆発は大した事はないけど、ソフィーの方は油断すると体勢を崩してしまう可能性もあるらしいから、念のためそちらに移動してもらっておく。

 自分の頭にくっ付いた時、エルサのモフモフを感じて表情が緩んだソフィーに一応の注意をすると、ほんのり頬を染めてエクスブロジオンオーガの方へ顔を向けつつ、剣を抜いた。

 ……エルサのモフモフが素晴らしいのはわかっているんだから、恥ずかしがらなくていいのになぁ。


「ギ……ギ……ギ……」

「少し、今までのエクスブロジオンオーガと違う? でもまぁ、大差ないか。行くよ!」

「あぁ!」


 動きや見た目は、モリーツさんが作りだしたエクスブロジオンオーガと変わらない。

 相変わらず赤みがかった肌の色で、鈍い動き……やっぱり魔法を使う事はできないようだ。

 こちらへ向かう時の声の感じが、ほんの少し違う気がするけど、多分ガラス管からでて寝起きに近い状態だからかな?

 ともあれ、やることは変わりない。

 ボロボロの剣を慎重に抜いて、エクスブロジオンオーガに構えた後、ソフィーに合図を出して駆けだす。


「まず、一体! はぁ!」

「ギ……ギ……」

「!?」

「くあ!!」


 腕を振り上げてこちらへ向かうエクスブロジオンオーガ、相変わらず動きが鈍いので、一番近い奴に肉薄し、がら空きのお腹へ剣を右から左へと薙ぐ。

 体を半分に……という事はさすがにこの剣ではできないけど、致命傷になるくらいには切り裂く事ができた。

 今までと同じように、それだけで爆発する準備に入るように赤い肌がさらに赤みを増すように光り、爆発。

 ほんのりではあるけど、赤く発光するのは爆発する前段階で、多分モリーツさんの施した条件で爆発する時なんだろう。


 元々の条件、エクスブロジオンオーガの意思で爆発した時は、発光しない……というのが、モリーツさんの話を参考にして考えた答えだ。

 そんな事を考えながら、爆発を待って次のエクスブロジオンオーガを目指そうとしていると……今までよりも大きな爆発。

 衝撃が凄く、爆発したエクスブロジオンオーガに続こうとしていた他の奴らは、吹き飛ばされ、俺も数メートルは吹き飛んでしまった。

 怪我は……していないな、うん。

 勢いよく飛ばされても怪我一つないなんて、丈夫だなぁ俺の体――


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