第564話 違和感のある臭い



「……遠くの事がわからないっていうのも、中々神経を使うね」

「今まで魔法に頼り過ぎたんじゃろうな。結界もそうじゃが、リクが使う魔法は便利過ぎる。その反面、こういう場所で使えないとなると、途端に弱点となりかねんからの。本人の技量も鍛えておくべきじゃ。……そう考えると、ワシがリクに教える事になったのも丁度良かったかもしれんのう」

「そうかもしれませんね」


 今まで、魔物を探索したり、周辺の状況を知るのに探査魔法に頼りきりだった。

 だから今、警戒しながら進むという事に改めて、神経を使う事なんだと実感している。

 これまで他の人達が周囲を警戒したりするのを、なんの気なしに見ていたけど……肉体的にはまだしも、精神的には疲れる事をしてくれてたんだなぁ。

 こういう時に備えて、練習のような事ができれば良かったんだろうけど、今まで探査魔法が役に立たない事なんてなかったからね……頼りきりになってたんだろう。

 そう考えると、今助言をしてくれるエアラハールさんがいてくれるのは、とても幸運なのかもしれない。


「リク、そこの道を左だ」

「うん」


 エアラハールさんに、こういった閉鎖空間での警戒方法を教授してもらいつつ、ゆっくりと進み、ようやくメインの坑道とは別の道へと入る場所へ来た。

 これまで、脇道から魔物が出て来ないかと警戒したり、遠くから魔物が移動する足音が聞こえないかと耳を澄ましていたから、予想より時間がかかっている。

 時間には余裕があるから、大丈夫だけどね。

 ともかく、警戒する中で一番驚いたのは、エアラハールさんに匂いを嗅げと言われた事。


 目や耳で察知するというのは、なんとなく予想していた事だったけど、匂いというのは全く考えていなかった。

 なんでも、常に嗅いでいる臭いに、異質な臭いが混じったら魔物が付近に潜んでいる可能性があるとあか。

 エクスブロジオンオーガが、異質な匂いを発するかはわからないけど、それで察知できる魔物もいるらしいので、臭いというのを気にするのは必要な事らしい。

 そういえば、マギアプソプションの体液は嫌な臭いだったから、そういう臭いで近くにいる魔物を調べるんだと納得。

 今回はいないだろうけど、他の人が魔物と戦っていたりすると、血の臭いとかもしそうだしね。


 臭いという観点で警戒するのに感心しながら、後ろを警戒しているソフィーからの声に頷き、目的の場所へと向かう道へと入る。

 ここからは、先程までの道よりも狭いため、さらに警戒が必要だ。

 大きな道と違って、急に方向転換したりはできないからね。


「お?」

「どうかしましたか、エアラハールさん?」


 人が一人歩いて、多少余裕がある程度の幅の道を歩いていると、後ろからエアラハールさんの声。

 どうかしたのか聞きながら、前に進む足を緩める。


「気付かんか? ほれ、さっき言った臭いじゃよ」

「えっと……? スンスン……んー確かに、何か違う臭いが混じっているような……?」


 エアラハールさんに言われて足を止め、改めて鼻で臭いを嗅いでみる。

 坑道内は、湿った空気によってカビやホコリの臭いに混じって、金属臭や錆びの臭いがしているんだけど、なんとなく生臭いというか汗臭いというか……生き物のような臭いが微かに感じられた。


「微かにじゃが、本来こういった場所で臭うものとは違う香りを感じるの」

「そう、ですね。確かに……」

「そうなのか? 私には、よくわからないが……」


 犬や猫のような、嗅覚の鋭い動物じゃないし、今まであまり意識して来なかった事じゃないから、はっきりとはわからないが、なんとなく俺達が進んでいる方向から、生き物のような臭いが感じられる気がする。

 エアラハールさんは、これまでの経験からそういった事もよく感じられるんだろうけど、ソフィーはよくわからない様子だ。

 女性の方が、男より臭いに敏感……というイメージだったけど、違うのかな?

 と一瞬考えたけど、すぐにわからない理由に思い当たった。


 まずソフィーが隊列の一番後ろで、距離が遠い事。

 あとはエルサが後頭部から抱き着くような形で、顎を頭頂部に乗せてるからだね。

 エルサはモフモフした毛を持っているうえ、いつも丹念に俺がお風呂で洗っているから、石鹸のいい香りがするんだよなぁ……。

 昨日はお酒に酔って、エルサをお風呂に入れてあげられなかったけど、代わりにソフィーがお世話してくれたみたいだから、今日も石鹸の香りがしていた。

 鼻に近い部分にエルサがいるソフィーには、一番遠い距離で微かな臭いを感じるのはちょっと難しいんだろう。


「まさか、鉱夫の誰かがこの先にいる……なんて言う事は?」

「なくはないと思うが……今この鉱山内は魔物が出る。そのため鉱夫達も仕事ができずにいるのじゃろ? 可能性は低いと思うがの」

「……そうですよね。だったら、この先に魔物がいるかもしれないのか」


 声のトーンを落とし、エアラハールさんと話す。

 汗臭さのようなものも感じるから、もしかして鉱夫さんの誰かが、この先で採掘をしているのかも? という考えが浮かんだ。

 けど、よく考えれば今ほとんどの採掘作業が行われていないらしいし、そもそも採掘していれば音が辺りに響いているだろうからね。

 採掘するのに、臭いが届いても音は届かないなんて事、あるわけがないから……結界でも使わない限りはね。


 魔物がいると考え、全員無言で音を出さないように歩きながら、少しづつ臭いのする方へ進む。

 というより、進行方向の先にいるようだから、予定通り進んでいるだけか。

 向こうがこちらに気付いているかどうかはわからないけど、なるべく音を出さないようにして、勘づかれないように移動する。

 気付かれてたら意味はないけど、そうじゃないのなら、こちらが先に仕掛けたいからね。


「……いますね」

「やはりのう」

「どうする、仕掛けるか?」


 気付かれないように移動して、少し進んだ先。

 頭の中で覚えている地図だと、そろそろ別の道へと曲がる場所。

 ちょうどそこが十字路になっており、そのうち俺達が進もうとしているのとは別の道から、違和感のある臭いとかすかな音が聞こえる。

 どうやら向こうはまだ俺達の事に気付いていないようなので、このまま移動すれば無用な戦闘は避けられるかもしれない。

 けどなぁ……


「もしエクスブロジオンオーガが発生するような原因があったとして、それをどうにかしても、既に鉱山に散らばっている奴らが消えるわけじゃないからね。できるだけ減らしておいた方がいいかもしれない」

「……そうだな。主目的は調査で、討伐は本来の依頼には入っていないが、安全のためには倒しておいた方がいいかもしれないな」

「それに、気付かれないと言っても、そこにいるエクスブロジオンオーガはずっとそこにいるわけじゃないからの。別の場所に移動している時、ワシ達と遭遇する事があるかもしれん。後々の事を考えると、倒しておいた方が良いじゃろう」


 結界を張れる俺やエルサがいるうちに、できるだけ数を減らしておくべきだと思い、ソフィー達へ提案。

 どれだけのエクスブロジオンオーガが、鉱山内部に散らばっているのかはわからないけど、数を減らす事ができればそれだけ、鉱夫さん達が安全になる。

 それに、もし残っていたエクスブロジオンオーガと鉱夫さん達が遭遇しても、数が少なければおれだけ鉱山への影響は少なくなるだろうからね。

 小声でソフィーやエアラハールさんと相談し、倒す事に決めた。



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