第560話 謝罪と酒場の宣伝



 俺が頭を下げている事に、慌てているらしい店主さん。

 だけど、迷惑をかけたのは俺なんだから、ここは頭を下げさせて欲しい。

 英雄と呼ばれてるとかで、ふんぞり返ったりお金をばらまくだけで解決なんて事は、したくないからね。

 そう思って謝罪をしていたら、さらに慌てた様子の店主さんに腕を引っ張られ、店の奥へと連れていかれた。


 お客さんがいるのに、大声で頭を下げて謝罪っていうのも、いけなかったのかな?

 ……またお店に迷惑をかけてしまったかもしれないなぁ。

 ちなみにだけど、お店の奥へ行く時視界に入った隅の方では、俺が壊したと思われる粉々になった机や椅子が寄せられていた。

 木の床にも、数か所穴が開いているようだし……やっぱりもっと謝らないといけないなぁ、これは。


「えーと……それでその……」

「昨日は迷惑をかけてしまい、本当にすみませんでした……」


 連れていかれたお店の奥、事務所というか、店員の休憩所のような部屋だね。

 いくつかある椅子に座り、俺を連れてきた女店主さんに向き合って再び頭を下げる。

 女店主さんはどうしたら……と困った表情をしていたけど、とにもかくにも、まずは謝らないといけない。


 ちなみに、頭にはエルサがいつも通りくっ付いている。

 朝は避けられていたのに、渋々ながらもついて来てくれた。

 多分、以前俺がヒルダさんと話していた中で、一人になる云々というのを気にしているんだろう……ありがたい。

 ソフィーとエアラハールさんは宿で留守番だね。


 今回は俺だけが迷惑をかけたんだから、ついて来ると言っていたソフィーには遠慮してもらった。

 こういうのは、誰かについて来てもらうとかじゃなく、ちゃんと一人で謝らないとね……エルサはいるけど、それはそれとして。

 エアラハールさんは、俺が暴れた事でお酒をあんまり飲めなかったと言って、部屋でのんびり飲んでいると言っていた。

 ……昼前から飲んでいても大丈夫だろうかと心配だけど、あの人の事だからなんとかなるんだろう。


「リク様、とにかく頭を上げて下さい。そのままでは、畏れ多くて話ができません……」

「あ……えっと……はい」

「リクが頭を下げてたら、くっ付きやすかったのにだわ……」


 女店主さんに言われ、頭を上げる。

 エルサがボソッと呟いていたけど、それはスルーさせてもらう。

 後頭部にくっ付きやすくするために、頭を下げていたわけじゃないし、今は女店主さんと話さないといけないからね。


「? どこからか声が?」

「あははは、そっちは気にしないでいただけると……」

「はい。まぁ、昨夜リク様が暴れた事ですが……」

「申し訳ありませんでした! 修理費は払ったとの事ですが、足りなければ追加で! それに迷惑料も……」


 女店主さんにも、エルサが小さく呟いた声が届いたのか、キョロキョロと首を巡らせていたけど、とりあえず気にしないように伝える。

 まぁ、エルサの事をよく知らなかったら、喋るなんて思わないよね……噂では、白い毛玉を俺がくっつけているとしか思われていないようだし。

 ともあれ、昨日の事へと話が戻ったので、もう一度謝っておく。

 修理費が足りなかったり、迷惑料が必要なら払う事も辞さない構えだ。


「あぁ、いえいえ。それは大丈夫です。正直に言うと、うちとしてはありがたいくらいですよ」

「え、ありがたいって……さっき見ましたけど、テーブルや椅子も壊れていましたし、床も……」

「まぁ、床は修繕しないと危ないので、頂いた修理費を充てさせてもらいますが……テーブルと椅子は、あのままにしておこうかと考えています」

「うぇ?」


 この女店主さんは何を言っているんだろう?

 床を修繕しないといけないのは当然だろうけど、それでもテーブルや椅子はそのままって……。

 店としては、壊れて使えない物を置いておくなんて、損にしかならない気がするんだけど。

 よくわからなくて、変な声が出てしまった。


「いえね? 今この国で一番話題というか、噂になっている英雄リク様ですからね。そんな方が私の店を利用し、テーブルや椅子を破壊した……まぁ、リク様の気分を害したとか、そういう事はなかったと説明する必要はありますが、宣伝になりそうなのですよ」

「はぁ……いやまぁ、確かに酔っ払っただけで、気分を害したわけじゃありませんが……」

「もちろん、リク様の悪評となりかねないので、後でお伺いするつもりでした。……まさか、謝りに来られるとは思ってもいませんでしたので……」

「いえ、迷惑をかけたのはこちらですから。それに、お店の物を壊したわけですし……悪評……はあまりいい気分ではないですけど、物を壊したのは事実ですからね」


 商魂たくましい……と言うべきなんだろうか?

 女店主さんは、噂と俺の名前を使って、壊れたテーブルや椅子をそのままにする事で、お店の宣伝に使えないかと考えているようだ。

 確かに、王都から結構離れたこの場所にも、余計なものがくっ付いているとはいえ、既に俺の噂が広まっている事を考えると、客寄せになる可能性はあるのかもしれない。

 俺やエルサが、キューを食べていたという話だけで、キューが売れすぎたりもしているみたいだしね。


 悪評と言われると、ちょっと微妙な気分になってしまうけど、それでも物を壊した事は事実なんだし、それが多少誇張して伝わるだけかなと思う。

 ……そういう噂が広まると、姉さんには怒られそうだけど、今のような称賛される噂を少しは緩和できないかな……と浅はかにも頭の隅で考えたりもしている。


「リク様は昨日、親方と勝負をしたので知っていると思いますが……この街では、力を持っている事が良く見られます。もちろん、暴力が全てとかではなく、単純な力比べで強い人が優秀とされる程度ですけどね」

「はい。それは昨日もフォルガットさんに聞きました」


 力と言っても、喧嘩が強いとかそういう話ではなく、腕相撲で強いとかの、力持ちが称賛されるとかそういう事だ。

 この街には来たばかりだけど、体格のいい人や気性の荒そうな人はよく見かける。

 それでも、喧嘩をしている所というのは全く見ていないし、殺伐とした空気のようなものも感じない。

 鉱山に出る魔物の影響で、意気消沈していたりして、寂れている雰囲気は多少感じるけど、それでも争いを良しとする風潮ではない事くらいはわかる。


 というより、単純に力持ちの人が偉いというわけではなく、皆から尊敬される……といった程度で、それが上下関係をもたらしているわけではないんだろう。

 力試しも、腕相撲なら怪我をする事も少ないだろうしね。


「リク様は昨日、酔っていたとはいえ素手でテーブルや椅子を破壊していました。それは確かに、親方を打ち負かした事を納得できるものです。そして、多くの力自慢がいるこの街でも、あのような事ができる人はおりません」

「えーと……鉱夫さん達が暴れたりは?」

「酒場なので、そういう事も多々ありますが……元々荒っぽい人間が来る事も想定しておりますので、頑丈なテーブルと椅子を用意しております。そして、今まで力試しをしても、体格のいい力自慢の鉱夫が酔って暴れても、壊れる事はありませんでした。あれを壊す事ができたのは、リク様だけなのです」

「はぁ……」



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