第561話 ソフィーは自己鍛錬中



 段々熱っぽく語り始めた女店主さん。

 それは多分、この街にある力を持つ者を称賛するとか、尊敬するという影響を受けているのだと思う。

 確かに女店主さんが言うように、昨日座った椅子や、料理が置かれていたテーブルは、頑丈だったような気がする。

 詳しく確かめたわけじゃないし、途中からお酒の影響で記憶が途切れているためもあって、気がする程度だけど。


 言われてみれば、酒場なのだから俺みたいに酔って暴れる人がいてもおかしくない。

 そのため、テーブルや椅子は頑丈な物を用意しているんだろう。

 大量のお酒や料理が運ばれてきても、テーブルはビクともしていなかったしね。

 さすがに、武器や道具を使えば壊せるだろうけど、素手ではそうそう壊れない物だという事かぁ。


「そこで、です。リク様が壊したテーブルや椅子はそのままにし、これがこの街の鉱夫達が目指す力と言う物だという事にして、店の宣伝にしようかと考えておりました」

「それは……人が集まるんでしょうか?」

「もちろんです! この街の者達は、男女問わず何よりも力を求めています! かくいう私も、昨夜のリク様を見て、年甲斐もなく心臓が高鳴ったほどですよ?」

「……あははは……はぁ」


 さらに熱っぽく語る女店主さん。

 見た目の年齢は、マリーさんより上……まぁ結構なお年のように見える女性なんだけど、例に漏れず大柄でゴツイ。

 年齢を感じさせない……と言えるのかもしれないけど、それでも、妙齢の女性に頬を赤らめられてもどうしたらいいのかわからない。


「んんっ! すみません、少々取り乱しました。ともあれ、そういう事でして……お店としてもこの機会に有効活用させて頂きたいと考えております。どうか、お許し頂けないでしょうか?」

「はぁ……いえ、本来許してもらうのは俺のはずなんですが……」


 物を壊したり暴れた事を謝りに来たはずなのに、逆に頭を下げられるというのは、どういう事なのかよくわからない。

 ともかく、やってしまった事は事実なのだからと、悪評云々の事は気にせず、女店主さんには許可を出しておいた。

 許可を出せる立場なのか、自分でも不思議な気分だったけど、女店主さんはとても喜んでくれていた……本当にこれでいいのかな?

 ともあれ、床は払った修理費で修繕し、テーブルや椅子はそのままにして力自慢の人達を呼び込むネタにするという事で、話は決まった。


 微妙に納得がいかないというか、大丈夫なのかよくわからない気分になりながら、頭にくっ付いているエルサのモフモフを撫でて自分を落ち着かせながら、宿へと戻った。

 エルサは、俺が手を近付けた事で一瞬だけ、体をビクッとさせていたけど、今はお酒を飲んでいない事を思い出したのか、おとなしく撫でられてくれた。

 ……ほんと、酔った俺が滅茶苦茶な事をしてごめん。

 とりあえず、宿に戻ったらなんとかなった事をソフィー達に報告だね……女店主さんから、鉱山に関する話も聞けたし、俺が原因で完全に時間を無駄にしてしまった、とまではならないようだからね。



「お、リク。帰ったかの」

「はい、ただいま帰りました。ソフィーは?」

「あの嬢ちゃんなら、時間が余っているからと、宿の外で自己鍛錬じゃ。精が出るのう……」


 自分の部屋に戻ると、椅子に座って木窓を開け放った外を見つつ、お酒が入っている革袋を持っているエアラハールさんに迎えられた。

 ……ずっと俺の部屋で飲んでいたんですか……。

 ソフィーがいないので、聞いてみると窓の外を見ながら顎で示され、鍛錬をしていると教えられる。

 座っているエアラハールさんの隣に行って、窓から下を覗いてみると、宿の庭になっている場所でソフィーが剣の素振りをしていた。

 自己鍛錬を欠かさないソフィーらしいな。


「とりあえず、鉱山の調査依頼に関して話がしたいので、呼びますね」

「うむ、そうじゃの。結局昨日は何も話せんかったからのう。そういえば、店の方は問題なかったのかの?」

「ええ。むしろ感謝をされるという、ちょっとよくわからない事になりましたが……」

「……それはよくわからんの。普通なら、店の物を壊されたら怒るもんじゃ」

「そうですよねぇ。とにかく、その事も説明したいので、ソフィーを呼びますね。――ソフィー! 帰って来たから、調査の会議をしよう!」

「……んっ……む? あぁリク、お帰り! わかった、すぐに行く!」


 簡単にエアラハールさんにお店での事を伝えて、窓からソフィーに声をかける。

 剣を振っていたソフィーはすぐに気が付き、こちらを見上げながら手を振って応えてくれた。

 すぐにタオルで汗を拭きながら、駆け足で宿に入るソフィーが見えるけど……鍛錬直後なんだから、急がなくてもいいのになぁ……。

 と思っていたら、ものの数秒でソフィーが部屋へとやってきた。

 タオルで拭いているから、汗は出ていない様子だけど、少し息が荒い……うーん……。


「とりあえず、座って休憩しながらでも話そうか」

「ふぅ……そうだな。ん……はぁ~……」

「ふむ、運動をした後のおなごというのも、また悪くない物じゃの……」

「……エアラハールさん、変な事をするようなら、部屋から追い出しますよ?」

「おっと、怖い怖い……」


 部屋へ入ってきたソフィーに、椅子に座るよう促しながら、テーブルに置いてあった水を渡す。

 俺がいない間に用意されていたのだろう、人数分のカップと並々と水が入ったポットが用意されていた。

 エアラハールさんが用意してくれていたのかな?


 俺の言葉に従い、椅子に座って水を一口飲み、息を吐き出すソフィー。

 それを見て、エアラハールさんがまた妙な事を言い出したので、変な事をしないよう釘を刺しておく。

 ユノがいないから、できるだけ痴漢を働かせないようにしないと。

 実際に動き出したら、俺ではすぐに止められそうもないし……。


「落ち着いたかな?」

「あぁ、ありがとう。それで、酒場の方はどうなったんだ?」

「もう少し休憩してなくても、大丈夫?」

「大丈夫だ。長い間やっていたわけでもないし、激しい運動という程でもないからな」

「わかった。えっとね……」


 椅子に座り、水を飲んだ事でようやくソフィーは落ち着けたようだ。

 すぐに話を聞こうとするのに対して、大丈夫か聞くと、軽く笑って頷いていた。

 それなりの重さがある剣を振り続けていたのに、激しい運動じゃないっていうのはどうかなとも思うけど、大丈夫そうならと話を始める。

 まずは酒場に謝りに行ったさっきの事を説明。

 エアラハールさんには簡単に説明しただけだけど、向こうで女店主さんに言われた事などを詳しく話して伝えた。


「ふむ、英雄という事を利用して、客寄せになるとな?」

「まぁ、確かにリクの噂は今この国で、最も注目されている事でもあるからな。昨日見た限りでは、この街では力の強さというのが重要なのだ、というのもよくわかる。客を呼べるのは間違いないだろう」

「そうなのかな? まぁ、そういう事で、お店の方はそれでいいという事になったよ。むしろ、利用させてくれと頭を下げられちゃった。……こっちが下げないといけない状況なのにね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る