第483話 ドラゴンの痕跡
「こっちも、なのだわ! さっきから聞いていれば、私を売り飛ばそうとしてなのだわぁ!!」
「ぬぐっ……」
エアラハールさんに体当たりを決めた直後、くるりと空中で方向転換をしたエルサが、今度は俺に向かって突撃。
そのまま俺のみぞおちに頭突きを決めた。
……ちょっとエルサ……その勢いで頭突きは……危険だ……。
くぐもった息と声を出し、油断していた俺のみぞおちにエルサの頭突きが刺さったまま、一瞬だけ意識が遠くなった……。
「で、何か言う事はないのだわ?」
「「申し訳ありませんでした……」」
数分後、薄れかけた意識を繋ぎ留め、痛みが和らいだ辺りで、エアラハールさんと一緒に、床へ正座し、エルサに土下座。
先程までと違い、エルサは部屋で動けるギリギリの姿まで体を大きくさせており、二本足で立って俺達を見下ろしている。
以前魔物と戦った時や、空を飛ぶ時より大きくはないけど、怒っている雰囲気も相俟ってこの大きさでも十分怖い。
得体の知れない……とは言いつつも、エルサがドラゴンだとは知らなかったらしいエアラハールさんは、特にこの状況を恐れているらしく、土下座をしながら全身はプルプルと震えていた。
「……反省したのだわ?」
「「はい!」」
並んで正座している俺とエアラハールさんを、上から見下ろしているエルサに問いかけられ、素直に反省して返事をする。
体当たりをした事と、おとなしく謝っている事で満足したのか、ふっと息を吐いたエルサの体が光り、小型犬サイズになって、こちらの様子を見ていたモニカさんの腕の中に納まった。
「ここで見張っておくのだわ。……失礼な事を言うから、おちおち寝て入れないのだわ。まったく……。もし変な事をしようとしたら、結界で遮断するのだわ、覚えておくのだわ!」
「はい、わかりました!」
モニカさんに抱かれながら、そこで俺とエアラハールさんの事を見る事にしたようだ。
エアラハールさんが部屋に入ってきてすぐ、モニカさんやソフィーにちょっかいを出していたのもちゃんと見ていたらしく、怪しい動きをしたら結界で拒絶するという意思を固めるエルサ。
俺としては、エアラハールさんが変な事をしようとしても、防いでくれるのでありがたい。
モニカさんとその隣にいるソフィーは、ホッとしている様子だね。
結界をよく知らないヒルダさんは、不思議そうな顔をしいたけど、エルサが近くにいる事で少しは安心しているような雰囲気もある。
同じく結界を知らないエアラハールさんだけど、さっきまでのエルサが出していた威圧感と体当たりの成果なのか、姿勢を正してはっきりと返事をしていた。
それだけ、エルサが怖かったのかもしれない。
「……何故私まで、ここにいるのだろうか……?」
正座をしているエアラハールさんの隣で、大きな体を折りたたむようにしヴェンツェルさんが座っているんだけど、怒られる謂れはないのに一緒に座っている事へ首を傾げていた。
ヴェンツェルさんがそこに座る一番の理由は、まだエアラハールさんと縄で繋がれてるからだと思う……。
解く様子もなく、エアラハールさんが移動するのに引っ張られて座ってたからね。
「……まさか、伝え聞いていたドラゴンがいるとは思わなんだのう……実在するかも怪しいと思っていたのじゃが……」
「そういえば、エアラハール殿に説明をしていませんでしたな」
エルサが見張る中、正座を止めて改めて向かい合うようにソファーへ座り直す。
それと同時に、エアラハールさんが驚きの混じった呟きをし、ヴェンツェルさんが思い出したように言う。
……伝えてなかったんですね。
城下町やヘルサルでは、もう俺とエルサ……ドラゴンはセットのような認識になっているから、噂が広まっていたり、王城へ招く際に教えてるもんだと思ってた。
特に秘密にしてるわけじゃないけど、噂に疎い人がいたり、そもそもまだ人伝で話しが来ていないところだってあるんだから、そういう人がいてもおかしくないか。
「大分昔の事になるが……ドラゴンの物と思われる痕跡を見た事はあるがのう。巨大な何かがやったとしか思えない物とか……。じゃが……本当にいるとは思っておらんかった。それこそ、ワシがまだ見た事のない魔物がいるのだと考えておったからの」
「まぁ、実際に目にするまでは、信じられないのもわかります。私は先程よりも大きくなった姿を見た事がありますが……とてもではありませんが、人間が敵う存在とは思えません。……言い伝えは、大袈裟になるものですが、ドラゴンに関しては控えめだったのだと……」
エアラハールさんが言うドラゴンの痕跡とは、おそらくだけど現役の冒険者だった時の事だろう。
その痕跡がエルサがやった事かどうかわからないけど、何かしらの痕跡を見て、知らない魔物の仕業と考えていたらしい。
そういえば、以前マリーさんあたりから、百年以上ドラゴンを目撃したという情報はなくて、言い伝えが残るくらいだと聞いた覚えがある。
それなら、存在そのものを疑ってしまっても無理はないのかもしれないね。
それと、ヴェンツェルさんが言っている大きくなったエルサというのは、集めたワイバーンの残りを食べた時の事だろう。
あの時は、連れて来ていた兵士さん達も含めて、ヴェンツェルさんは圧倒されてたからね。
十メートルを越える巨体が、勢いよく山のように積まれたワイバーンを食べて行くのは、エルサの事を知っていても圧倒されるか……見た事なければ、尚更。
「……エルサ、痕跡って何かしたのか?」
「知らないのだわ。私はリクに会うまで、気ままに過ごしてただけなのだわ」
「……今は打ち捨てられている随分古い砦……街一つあるような大きさの砦に、何かが突っ込んだような、巨大な穴がありましたが……あれは?」
「それは多分、私なのだわ。いつの事だったか忘れたけどだわ、私を見るなり攻撃してきたのだわ。だから突撃して黙らせたのだわ」
俺が聞くと、エルサはとぼけるというよりも、本当に思い出せない様子で答える。
けど、エアラハールさんが見た痕跡の話をすると、エルサは自分がやった事だと認めた。
以前、壁か何かに向かって飛んでる勢いのまま、頭から突撃したと言うような話を聞いた事がある気がするから、それの事かもしれない。
というより、やはりエアラハールさんの見た痕跡ってエルサがやった事だったのか……。
この世界にどれだけドラゴンがいるのか、ユノからも聞いていないからわからないけど、大勢いるのならもっと目撃談があっただろうし……数は少ないんだろう。
アテトリア王国で、ドラゴンの物と見られる痕跡は、もしかしたら全てエルサのやった事なのかもね。
「ドラゴンを見つけたから攻撃って……無謀よね」
「そうだな。しかし、私達はエルサを見ているから、ドラゴンが人間に敵意を持っていないと思えるが……知らなかったら……」
「襲われると思われるかもしれませんね。そして、先制攻撃を仕掛ける必要があると考えても、不思議ではありません」
砦の人間がドラゴンに攻撃して……というエルサの話を聞き、部屋の隅にいるモニカさん達が話している。
確かに、ドラゴンの事をよく知らなければ、恐ろしい魔物が襲って来るかもと思って、先に攻撃を仕掛けようとする事もあるかもしれない。
結局は、それが原因でエルサに突撃されてるのだから、無謀な事だったと言わざるを得ないけどね――。
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