第466話 モニカさんからの注意



「今言われると……確かにそうだったかもね。怪我も酷いものじゃなかったし、もう少し落ち着いて移動したら良かったかなぁ?」

「そうよ。それに昨日は、ぐったりしたルギネさんを運んで……」

「あれは……意識はあったけど、立つのも大変そうだったし、急がないといけないと思って……」


 怪我自体はすぐにどうにかなる程の、深いものじゃなかったんだから、落ち着いて魔法が使える場所へ移動して、そこで治療したら良かったんだと思う。

 女性を抱き上げて運ぶなんて、ルギネさんに失礼だったなぁ……多分、モニカさんはそれを言いたいんだと思う。

 知り合って間もない男に抱き上げられたら、いい気はしないよね。


「昨日のルギネさんは、怪我をした時よりも大変そうだったけど……もう一人リリーフラワーのメンバがいたんでしょ?」

「アンリさんだね。それが、なんでかわからないけど、俺が運ぶように勧められたんだよ。まぁ、あの時アンリさんはエルサを抱いてて、手が塞がってたからかもしれないけど……」

「そう、エルサちゃんをね……」

「!? 私に振らないでなのだわ! あの胸は反則なのだわ! 全てを包み込む癒しなのだわ!」


 俺は見た事ないけど、アンリさんは大きな斧を振り回す膂力の持ち主なんだから、ルギネさんを運ぶのも簡単だっただろうけど、エルサを抱いてる事を理由に、何故か俺に抱き上げて運ぶように勧めてきた。

 リリーフラワーのメンバーと、趣味を考えると、男に抱き上げさせるなんてさせない気もしたんだけど、アンリさんは違う考えのようだ。

 グリンデさんだったら、俺に指一本触れさせなかっただろうな……と思いながらモニカさんへあの時の事を説明。

 すると、名前の出たエルサの方へ顔を向けるモニカさん。


 エルサは体をビクッとさせつつ、弁解するように叫んでいる。

 何をそんなに怯えているのかはわからないけど、きっと今モニカさんは凄くいい笑顔なんだろうなと、俺からは見えない表情を想像する。

 というかエルサ、そんなにアンリさんのお胸様を気に入ったのか……確かに大きくて柔らかそうだったけど……いやいやう、羨ましくなんて……健全な男なら、思うだろうけど……俺は考えてないぞ、うん!


「……まぁ、エルサちゃんはいいとして。――リクさん、駄目よ? 軽々しく女性を抱き上げたりなんてしたら」

「あー、うん。そうだね……相手にも失礼だから、ちゃんとよく考えて行動するよ」


 実際、アンリさんに言われてルギネさんを運んだ時は、断れる雰囲気じゃなかったんだけどなぁ。

 それに、立ち上がれない程だったルギネさんを、一刻も早く休ませてあげたかったし……。

 とはいえ、何故か頭の奥の方で、反論しては駄目だと警鐘をが鳴っている気がしたので、モニカさんには反省してるように言った。

 モニカさんは笑顔だったけど、そこはかとなく迫力があったし……背中には嫌な汗が流れてたしね。


「モニカさんやソフィー、フィリーナが怪我をしても、抱き上げたりしないように、ちゃんと考えるよ」

「え、いや……そこは……抱き上げて運んでもいいのよ?」

「え、だって、軽々しく抱き上げたりしたら、女性に対して失礼でしょ? 同じパーティなんだし、そこは特に気を付けないとね」


 ルギネさんは、偶然そんな場面に二回も遭遇してしまったけど、いつも一緒にいるのはモニカさん達だ。

 同じパーティだから当然なんだけど、冒険者ギルドの依頼をこなしていたら魔物と戦う事も多いし、今までもそうだった。

 実際にモニカさんが怪我をした事だってあるし……これからだってないとは限らない。

 その時失礼な事をしてしまわないよう、自戒の意味も込めてモニカさんと約束しようとしたら、何故か狼狽えてる様子。


 一緒にいる事が多いからこそ、気を付けないとと思ったんだけど……違ったのかな?

 視界の隅で、エルサとユノが溜め息を吐いてるのが見えた。


「あのね、リクさん? 私やソフィー、いえ……少なくとも、私が怪我をしたりした時は、抱き上げて運んでもいいからね? ほら、私なら、失礼とかそういう事はないから……ね?」

「そうなの? んー……わかったよ。モニカさんが何かあって動けなくなった時は、頑張るよ、うん」

「えぇ……お願いね。はぁ……」

「「はぁ……」だわ」


 狼狽えた様子のまま、自分は抱き上げて運んでもいいと言うモニカさん。

 さっきと言ってる事が違うような気がするけど……モニカさんとは知り合ってそれなりの時間が経ってて、お互いの事をわかってる部分が多いからなんだと思う。

 一緒のパーティというだけじゃなくて、この世界に来てからずっとお世話になってるしね。

 モニカさんの言葉に頷き、もしもの時は抱き上げて運ぶと言う途中で、頭の中で想像してしまい、心臓が急に強く鼓動したため、尻すぼみになりながらも、約束をした。


 俺の言葉に頷いた後、モニカさんは溜め息を吐いていたけど……それはなんだか、安心したような感じと、残念な気持ちが混じってる気がした。

 テーブルの端では、ユノとエルサも溜め息を吐いていたけど、こっちは呆れてるような雰囲気だったね。

 なんとなく、そのまま微妙な雰囲気になってしまい、言葉少なにお茶を飲んでカフェを出る事になった。

 ……まったりのんびりする時間って、なんだったんだろう?



「あ、お帰り! すまないけど、ちょっと手伝ってくれるかい!?」

「はい、わかりました」

「すぐに手伝うわ」

「私も手伝うの!」


 カフェを出た俺達は、特に寄り道もせず獅子亭へ戻る。

 獅子亭に入ると、忙しさまった中だったようで、俺達を迎えたマリーさんに、すぐ手伝うように言われた。

 奥では、カテリーネさんが忙しそうに動き回っているから、猫の手も借りたい状況といった感じなんだろう。

 俺とモニカさん、ユノも頷いて急ぎ足で部屋に戻り、すぐに支度をして店の手伝いを始めた。


 店に出た時には、先程よりもさらにお客さんが増えており、入り口に人が並んでいる状況だった。

 どうやら、丁度一番忙しいピークなるタイミングだったみたいだね。

 モニカさんは、すぐにどんな状況かを把握すると、俺やユノに指示を出して店を手伝い始める。

 さすが、俺やユノとは年季が違うね。


 忙しく動き回っているうちに、お客さん達の会話が耳に入り、この混雑に至る原因を聞いた。

 お酒が入ってるお客さんも多いから、声が大きくなっていて、聞こうとしなくても耳に入って来る。

 お客さんの一部は、俺が使う結界を見学に来ていた人達らしく、その人達が他の人も誘って食べに来ている事が原因らしい。

 俺やフィリーナが動き回ってる時、モニカさんが集まった人達と話してる時、獅子亭の宣伝もしていたため、久しぶりに食べに来たと言う人が多いみたいだった。



「はぁ……ようやく落ち着いたわね」

「そうですね……」


 しばらく後、空席が目立つようになってきたあたりで、マリーさんと一息つく。

 料理は既に出されていて、今はお客さんが食べ終わるのを待つくらいだ。

 今日はいつもより忙しかったから、マリーさんが珍しく疲れを見せてた。

 俺もさすがに少し疲れたなぁ……。



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