第460話 魔法陣に書かれる文字



「~……~……」


 静かな小屋の中で、フィリーナが呪文のような言葉を呟く声が響く。

 俺には何をしているのかわからないけど、一緒に見ている商店主さん達はその目に焼き付けようと、真剣な眼差しで作業を見守っている。

 ちなみにクラウスさんもよくわからないらしく、俺と同じような不思議なものを見る目で見ているだけだ。


「~……~~~~」


 少し長めの呪文を唱える時、フィリーナがガラスに向かって動きを止める。

 どうやら、地面に何か描いていたのは完成したようで、持っていた棒を地面に置き、手をガラスに向かってかざした。

 地面にフィリーナが描いていたのは、魔法陣のようなもの。

 円を描き、その中には文字が描かれている。


 というか、この文字って……漢字だよね?

 「魔」とか「結」とか、「業」や「議」って漢字もあった。

 文になってたり、言葉にはなってないようだけど、どれもが俺にとっては馴染み深いというか、一度は見た事のある漢字ばかりだ。

 中には、読み方がわからない漢字もあったけど……漢字、あまり得意じゃないからなぁ……姉さんならわかるかもしれない。


 というか、魔法陣を描くというのはわからなくもないけど、それに漢字が書かれてるのは……俺にとっては違和感しかない。

 何故この世界で漢字が使われてるのか、不思議だ……。

 というか、フィリーナはこれが漢字だとわかって使ってるんだろうか。

 エルフだけに伝わる文字だったりするのかな?

 機会があったら、フィリーナやアルネに聞いてみよう。


「~~~~~~……っ!」

「「「っ!」」」


 長々と詠唱していたフィリーナが、ガラスに手をかざして閉じていた目をカッと開き、力を込めた。

 その瞬間、手から細い糸のような魔力が伸び、ガラスに絡みつき、一度だけ発光。

 それを見ていた商店主さん達は、息が詰まったような様子で驚く。

 発光が収まった頃には、フィリーナの手からはもう魔力は出ておらず、かざしていた手も降ろしていた。


「……終わりました。これで、後はリクに魔法を使ってもらうだけですね。まぁ、他の場所も同じようにしないといけませんが」

「お疲れ、フィリーナ」

「お疲れ様でございます。――皆、しっかり見ていましたか?」

「「はい!」」

「見てはいましたが……理解まではちょっと……質問をしてもよろしいでしょうか?」


 ガラスから離れ、こちらへ寄って来ながフィリーナが声をかける。

 労うように笑いかけながら迎えると、隣にいるクラウスさんも同様に笑顔でフィリーナを迎えた。

 さらに商店主さん達に声をかけたけど、三人のうち二人はクラウスさんに頷いたものの、残りの一人は眉をしかめながら、何やら聞きたい事がある様子。


 どうやらフィリーナがやっていた事を、全て理解できずに、色々と聞きたい事があるらしい。

 まぁ、俺もよくわからない事が多かったし、専門家とも言える商店主さんでもわからない事があったんだろうね。


「そのあたりの質問は、移動しながら受けますね。まだ、他の所も行かないといけないですし」

「そうですな……トニにも聞かせましょう。よろしければ、答えられた事をまとめて、記述させますが?」

「そうですね、何度も同じ質問をされても困りますので、その方がよろしいかと」


 質問は受けるけど、まだガラスは三か所に保管されていて、そこでも同じ事をしなくちゃいけない。

 ここでじっくり話す時間は、ちょっともったいないという事だろう。

 他の商店主さん達にも見せないといけないから、その時同じ疑問や質問が出てもいいように、クラウスさんはトニさんを書記のようにするつもりみたいだね。

 自分の疑問も説明される事で、ホッとした様子の商店主さんを連れて、フィリーナやクラウスさんと小屋を出た。


 出る間際に一度振り返って、安置されているガラスを見る。

 フィリーナによって魔法具としての役割を与えられたガラスは、地中から掘り起こした時よりも、薄っすらと入る光を反射して綺麗に輝いているように見えた――。



「成る程……それでしたら……」

「あれは……という事なの」


 次の小屋へと移動する間、フィリーナが先程の商店主さんの質問に答えて、魔法具に関する事を説明している。

 移動するのは、俺とフィリーナ、クラウスさんとトニさん以外では、小屋の中で見学する商店主さん達がぞろぞろと付いて来ている。

 ほとんど、フィリーナの方に集まっていて、皆魔法具に対して勉強熱心なんだなと思った。

 他の人達は、東側の小屋の前で引き続き待機だ。


 小屋の中に入れるのは一部の人だけだし、どうせまたそこに戻って来るから、全員が移動しないといけないわけでもないので、そういう事になった。

 モニカさんは街の人と、ソフィーは他の冒険者さんやヤンさんと、ユノとエルサはお姉さま方と話しが弾んでたから、大丈夫だろう。

 ……ユノとエルサが、大量のお菓子をもらって食べてたのが少し気になったが……後でちゃんとお礼を言っておかないと。


「ほぉ……ではあの魔法陣は……?」

「あれは定着のための……なのよ」


 フィリーナが商店主さんへ説明しているのを聞きながら、移動する。

 ガラスの周囲に描いた魔法陣は、魔法具として魔力の導線を回路のようにして埋め込むための物らしい。

 その魔法陣と、フィリーナが魔力で糸のようなものを出してガラスをまとめ、埋め込んだ……という事だ。

 これで、特定の魔法に対して魔力が流れる導線を作り、さらに全ての魔力を一気に消費しないよう、弁のような機能も持たせたらしい。


 魔法具は使用者の魔力など、溜め込んだ魔力を一度に使ってしまうので、それが必要だったらしい。

 確かに今回は、魔法を発動するためではなく、継続して魔法の効果を持続させるのが目的だから、一度に魔力が消費されたら、意味がないからね。

 ある程度一定の量を、使われた魔法の維持のために放出するようにする事が必要だったらしい。

 ちなみに、唱えていた呪文のような言葉は、商店主さん達もよくわからなかったらしく、やっぱりエルフ特有の言語だったらしい。


 商店主さん達のうち数人が、エルフの集落と連絡を取って、その言語を教えてもらおうと意気込んでた。

 まぁ、これはフィリーナが人間とエルフの橋渡し的に、詳しく知りたい場合はそうするように言ったからなんだけど。

 人間との関わりを拒絶するか、消極的だと考えていた商店主さんやクラウスさんは喜んでるみたいだね。

 一部の長老達がどうするかわからないけど……エヴァルトさんを始めとした、若いエルフ達は人間と関わる事に積極的だから、多分大丈夫だろうと思う。


 さらに、魔法陣に描かれていた漢字については、商店主さん達も知っていたみたいだ。

 ありふれた文字とか、誰でも知ってる物ではないみたいだけど、魔法具を扱う上で重要な文字らしい。

 ……これは、フィリーナに聞こうと思ってたけど、ユノに聞いた方がいいのかもしれないな。

 だけど、知ってる事と扱えるかは別のようで、魔法陣に描かれていた漢字の配置や文字の選別は、商店主さん達にはよくわからなかったらしい。

 そこは、魔法具に関して知識の深いエルフだから、知っていた事みたいだね。


 魔法陣は、魔法具にどういう性質を持たせるかという重要な部分で、魔法具を作るには欠かせないものらしい。

 ガラスに魔力を、少しずつ放出するように仕向ける回路のようなものを埋め込むのに必要だったらしいけど……漢字かぁ。

 こんなところで、日本の文字に遭遇するとは思わなかったなぁ。

 元々漢字は日本のではなく……とかは置いておいて、魔法陣に描かれていた漢字は難しい物もあったが、ほとんど見た事のある文字だった。

 懐かしいとも思うけど……どちらかというと、驚きの方が大きかった――。



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