第424話 注意一秒怪我一生



「それじゃ、戻りましょうか。マギアプソプションの体液も、洗い流したいですし」

「……そうだな」


 戦いを始める前より、幾分か柔らかくなってくれたルギネさんを促し、皆の所へ向かおうとする。

 その時だった――。


「KISIIII!!」

「っ!?」

「ルギネさん!」


 俺がルギネさんに背を向け、モニカさん達のいる所に歩き出そうとした時、マギアプソプションの耳障りな雄叫びが聞こえた。

 慌てて振り返ると、今までどうやって隠れていたのか、一体のマギアプソプションがルギネさんに向かって飛びかかっている所だった。

 ルギネさんは、まだ剣を持っていたし、動けない程疲れ果ててるわけでもない。

 だけど、思ってもみなかった事に驚いて、体が硬直してしまっている。

 俺も咄嗟に、剣を構えてルギネさんの方へ足を踏み出すけど……間に合わない!


「KISIAAA!!」

「くっ!」

「くそっ! このっ!」

「KISI! KISIII!!」


 角を突き出して向かって来るマギアプソプションに、ギリギリで身を捩るルギネさん。

 だけど、完全に避け切れなかったのか、苦痛に顔を歪ませた。

 そのままの勢いで、ルギネさんの前を通過したマギアプソプションに向かって、俺が持っていた剣を振り下ろす。

 顔を斬り取られたマギアプソプションは断末魔を上げ、斬り離された体はビクビクしていたが、やがて動きが完全に止まる。

 ……このマギアプソプション、尻尾の方が斬り取られてるな……さっきルギネさんが斬りそこなった奴か……動かないから倒せたと思ってたけど、機会を窺っていたのか?


 ルギネさんに斬られた傷口は、体液……血を流したりはしていなかった。

 既に傷口が塞がりかけてるようだ……治癒力が強いのか……?

 と思ったところで思い出した。

 確か、マギアプソプションは瀕死になったりすると、魔力溜まりの魔力を通常以上に吸収し始めるらしい。

 もしかすると、そうやって傷を癒して襲い掛かって来たのかもしれない……。


「くっ……はぁ……ふぅ……倒したのか?」

「あ、ええ。確実に仕留めました」


 仕留め終わったマギアプソプションの体を見下ろし、考え込んでいる俺に、後ろからルギネさんに声をかけられる。

 その声で、今は考え込んでいる状況じゃないと思い出し、ルギネあんに答えながら振り向いた。


「ルギネさん、血が!」

「かすっただけだ……これくらい、大した事はない。冒険者をしていれば、このくらいの怪我はよくある事だろう?」


 振り返った俺が見たのは、右の二の腕を左手で抑えてる姿だった。

 抑えてる左手の指の隙間からは、真っ赤な血が滴っている。

 そこまで出血量が多くは見えないから、酷い怪我ではないんだろうけど……。

 痛みに顔を歪ませながら、ルギネさんは強がって見せた。


 そりゃ、冒険者をする事は魔物と戦う事が多いから、怪我をするのは当然とも言える。

 ルギネさんの様子から、そこまで酷い怪我ではないんだろうけど……。


「ルギネぇ、大丈夫?」

「お姉さま、大丈夫ですか!?」

「酷い臭い……焦げた肉で鼻を塞いだ方がいいかな?」

「リク! ……は大丈夫として……ルギネ、大丈夫か?」


 強がるルギネさんをどうしたものかと見ていると、離れていた場所にいた人達がこちらへ駆けて来る。

 多分、ルギネさんがマギアプソプションに攻撃されたのを見てたんだろう。

 それぞれ声をかけつつ、ルギネさんに駆け寄った。

 マイペースに、焦げた肉に対して謎のこだわりを見せるミームさん以外は、心配そうだ。

 それはいいんだけど、ソフィー……俺の心配は……まぁ、見てたからわかるんだろうし、今まで魔物相手に怪我をした事はないけど。


 モニカさんとフィリーナとユノは……こちらを見ているけど、近寄って来る様子はない。

 多分、まだ土の様子を見ているのと、マギアプソプションの死骸に近寄りたくないんだろう。

 ……臭いしね。


「大丈夫、ちょっと油断しただけだ。これくらいなんともない」

「でもぉ、痛そうよぉ?」

「お姉さまの玉の肌が……跡が残ったら大変です。……マギアプソプション、許せません!」

「焦げた肉でも張り付けておく?」

「いや、焦げた肉は手当てにはならないだろう」


 間延びした喋り方だけど、心配している様子なのは間違いない、アンリさん。

 グリンデさんは、大切なルギネさんが傷つけられたと、マギアプソプションに怒りをぶつけるように叫んでるけど、もう死んでるからね?

 後、焦げた肉を貼り付けたら、むしろ怪我がひどくなりそうだ……ミームさんにはソフィーが突っ込んでるから、心の中で突っ込んでおく。

 というか、最初からリリーフラワーのメンバーがマギアプソプションと戦っていれば、ルギナさんが怪我をする事もなかった……と思わなくもない。

 今更遅いけど。


「確かに、跡になったらいけませんね……ちょっといいですか?」

「な、なんだ!?」

「あらぁ?」

「ちょっと、お姉さまに気安く近寄らないで!」

「焦げた肉、欲しいの?」

「焦げた肉はいりませんから……とにかく怪我を見せて下さい」

「どうするつもりだ!? まさか……私の事を……!」

「すぐにそうやって変な方向に考えるな。とにかく、リクに任せておけ」


 グリンデさんの言葉を肯定するように、少し考えて、ルギネさんに近寄る。

 俺が近付いた事に、驚いているルギネさんと、頬に手を当てて首を傾げるアンリさん。

 グリンデさんは俺に歯を剥いて威嚇している。

 ミームさんは……せめて、焦げてない肉にして下さい。


 ともかく、近寄って怪我の具合を見ようと顔をルギネさんの右腕に寄せる。

 何かを勘違いしている様子のルギネさんだけど、ソフィーさんが言うとおとなしくなってくれた。

 ……何を勘違いしたんだろう?


「ふむ……跡が残るかわかりませんが、すぐに治療しないと」

「そ、そうだな。……近いな」

「お姉さまの事を変な目で見ないで!」


 いや、変な目では見てないけど……。

 確かにルギネさんの露出は多い。

 どこぞの女戦士のように、大事な部分しか守っていない鎧だし、変な事を言われると意識してしまいそうだ。

 ……モニカさんから、黒いオーラのような物が立ち昇ってるような気がするから、止めよう。

 というか、ちゃんとした鎧を着ていれば、こんな怪我をする事はなかったんじゃ……? 今更だけど。


 ともあれ、ルギナさんの怪我を見る。

 傷口はパックリ開いていて、そこから血が流れている。

 あまり深くは切れていなさそうだから、神経が切れてるとかはなさそうだ。

 俺は医者でもなんでもないから、傷跡が残るかどうかわからないけど……女性であるルギネさんが、傷跡を残すのは、ちょっと心配だ。


 冒険者に怪我は付き物というのは当然だし、実際大きな傷跡を持った女性も、冒険者ギルドに行けば見かける事はある。

 ルギネさんだけ特別というわけではないけど……俺が対処できる事であれば、やっておきたい。

 傷口に顔を寄せて、確かめた後上目遣いでルギナさんの方を窺う。

 何か呟いて目を逸らしたけど……どうしたんだろう?

 顔が少し赤いのは……多分怪我をして痛みに耐えてるからだろうね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る