第423話 リクとルギネの共同戦線



「見た目が気持ち悪いからと、私が何もできないと思うな! っ!」


 用意している間、マギアプソプションに襲われたりしないよう、周囲を窺っていた俺の横で、剣を両手でしっかりと持ち、横にして構えたルギネさんは、叫んで正面に駆けた。

 決して速度は早いという程ではないと思うけど、力で斬り伏せるという気迫が垣間見える。


「KISIIII!」

「そんなのろい攻撃に、当たるか! ふっ、はぁっ!」


 飛び出したルギネさんに向かい、接近される事を警戒したマギアプソプションが頭を少しだけ下げ、角で突いてくる。

 確かにルギネさんの言う通り、角での攻撃はのろく、Cランクでなくとも戦いに慣れた人なら避けるのは簡単だ。

 体を横にして角を避けた後、自分の横を通り過ぎた角に対して剣を振り下ろす。

 速さよりも、力を込めた一撃にあっけなく角は折れ、地面に剣が突き刺さる。


 その剣をもう一度振り上げ、動きの止まったマギアプソプションの顔に突き刺した。

 ルギネさんの持っている剣は、マギアプソプションの顔に深々と突き刺さり、体が何度か跳ねながら動きを止める。


「うへ……酷い臭いだ……後で剣も洗わないとな」

「まだまだいますよ、ルギネさん」

「……わかってる! ちっ、やっと1体倒したってのに、そっちは事もなげに斬り倒すのか……」


 突き刺さった剣をズルリと抜き、マギアプソプションの体液で汚れた剣を見ながら顔をしかめるルギネさん。

 確かに、匂いはきついけど……それはもう仕方ない。

 見た目の気持ち悪さも含めて、我慢して戦うしかないよね。

 モニカさん達も嫌がってたし……女性には辛い……というのは、冒険者をしている女性には失礼かもしれない。


 そんな事を考えながら、ルギネさんの動きに端を発し、包囲しているマギアプソプションが襲い掛かって来る。

 横から体ごと噛み付いて来たマギアプソプションを、後ろに下がって避け、前を通過している途中の体に剣を振り下ろして斬り裂く。

 ……俺も後で体や剣を洗わないとな。

 マギアプソプションを切りながら声をかけたルギナさんは、こちらを一瞥して悔しそうに舌打ちした後、再び構え直した。


 そこからは、もう単純な戦いだった。

 飛びかかって来るマギアプソプションの噛み付きを避け、こちらを突き刺そう、または斬り裂こうとする角を避け、柔らかい体を斬る。

 最初は顔に剣を突き刺してたルギナさんだけど、途中からマギアプソプションの体が柔らかい事に気付いたのか、顔よりも体を狙うようになった。

 確実に息の根を止めると考えると、顔に剣を突き刺した方がいいのかもしれないけど、突き刺した剣を抜くという動作があるため、次に行動するのが遅れるからだろう。


 片手剣だと、小さくてルギネさんには体を両断する事は難しかったのかもしれないけど、両手剣なら重さと力を込めるから、そこまで難しくなさそうだった。

 示し合わせたわけではないけど、俺とルギネさんはお互い背を向けてマギアプソプションに対峙する。

 包囲されて攻撃される時、最も危険で避けづらいのは背後からの攻撃だからだけど、自然とそれができたのは、俺も戦い慣れて来たという事なのかもしれない。

 ただ……顔を突き刺すよりも、体を斬り裂いた方がマギアプソプションの体液が飛び散るのが、嫌だった……。

 囲まれてなければ、一体一体確実に顔を狙った方が良かったのかもなぁ。


「ふっ! ……ち、浅かった!」


 襲い掛かって来るマギアプソプションの数が大分減った頃、疲れからなのか、ルギネさんが体を斬るのに失敗した。

 失敗したと言っても両断しているし、マギアプソプションは地面でぐったりしてほとんど動かない。

 ただ、斬った場所が尻尾に近く、確実に倒せなかったというだけだろう。


「今度こそ! やぁ! ……よし!」

「安心するのは早いですよ!」

「わかってる!」


 さらに襲って来たマギアプソプションの攻撃を避け、今度こそ体の半ばで両断する事に成功するルギネさん。

 その事に小さく喜びを見せたけど、まだ安心する段階じゃない。

 もう目に見えて数は減っているし、包囲もほとんどされていないくらいだ。

 あと……5,6体か……。

 けど、戦いは最後まで何があるかわからないから、多少余裕ができて来たとしても、油断するべきじゃない。

 

 こちらも負けじとマギアプソプションの体を斬り裂きつつ、声をかけ、それに叫んで応えるルギネさん。

 これなら、大丈夫そうだね。

 ……向こうの方が、冒険者としての経験が長く、魔物との戦いにも慣れてるはずなのに、なんで俺が助言する側なんだろう……。

 なんて疑問がよぎったけど、危険な目に合っていない分、俺の方が余裕があるからなんだと考えておく事にした。


「はぁ……はぁ……」

「これで、最後……っと!」

「KISIAAA!!」


 両手剣を、全身に力を込めて使っているルギネさんは、体力消費が激しいようで、息も荒い。

 それを見ながら、最後のマギアプソプションを斬り裂いて、その断末魔の叫びを聞きながら戦闘を終える。

 斬ったマギアプソプションが動かなくなるのを確認し、鞘に剣を収めようとして止めた。

 俺自身もそうだけど、剣にもべっとり体液が付着してたからね……これを洗い流す前に鞘に納めるとか、考えたくない。

 剣を収める事を諦めて、背中を向けていたルギネさんの方を振り返り、声をかける。


「大丈夫ですか?」

「はぁ…ふぅ……ふん! これくらいなんともない!」

「そうですか。……とりあえず、全部倒せましたかね?」


 息を整えているルギネさんに聞くと、強がりなのかそれとも本当になんともないのか、目を合わせてはくれなかった。

 ……これだけ一緒に戦ったんだけどなぁ……まぁ、元々男嫌いというか、俺にあまりいい感情はなかったみたいだから、仕方ないか。

 そう思って、声を出しながら周囲を見渡す。

 見る限りでは、転がっているマギアプソプションだった物以外には何もない。


 離れたところで、固まってこちらを見ていたり、土を見ているモニカさん達がいるくらいだ。

 遠目だと、マギアプソプションは確認しづらいから、全て倒したとは言えないかもしれないが、とりあえずは襲って来るのはもういなさそうだ。


「……助かった」


 俺が周囲を見渡していると、膝に手を付いて息を整えていたルギネさんが、ポツリと漏らした。

 顔は明後日の方を向いていて、相変わらず俺と目を合わせてくれないけど、それはルギネさんからの感謝だった。


「……あはは!」

「笑うな!」

「すみません。こちらこそ、協力してもらえて助かりました。……他の皆は、戦ってくれませんでしたからね」

「……気持ち悪いからな。私の方のメンバーも同じだ。……まったく!」


 今日会ったばかりだけど、嫌われてるだけかと思っていたルギネさんからの感謝の言葉に、嬉しくなって思わず笑ってしまった。

 笑顔のまま、怒るルギネさんに謝り、こちらも感謝を伝える。

 ほんと、フィリーナは仕方ないにしても、モニカさんやソフィー、ユノは戦う気が全く見られなかったからなぁ……後で文句を言おう。

 確かにルギネさんの言う通り、気持ち悪い見た目で、臭いも酷い体液が降りかかるのは嫌だろうけど……。

 何やらルギネさんに親近感が湧いて来る。

 まぁ、だからと言って、すぐに仲良くなれるわけじゃないだろうけどね。


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