第385話 メイさんのレナに対する微妙な教育



「……おはよう、レナ。メイさんも」

「おはようございます、リク様!」

「おはようございます……昨夜は、お楽しみでしたか?」

「何を楽しむって言うんですか! まったく……」


 ベッドから降り、入り口にいるレナとメイさんに挨拶をする。

 笑顔で挨拶を返すレナはいいんだけど、眠そうにしながら体を起こしたフィリーナの方をちらりと見て、お楽しみだったなんてのたまった。

 確かに起きてすぐだから、フィリーナの服が少しだけ乱れてて、目に毒のような気はするけどさ……何も楽しい事なんてなかったよ。


 メイさんに言い返して、溜め息を吐いていると、急に起こされて少し不機嫌なエルサが、いつもより強めに俺の頭へドッキング。

 フィリーナやアルネ達も、体を起こし、レナ達へと挨拶をしている。


「失礼します。……今の音は……レナーテ様?」

「おはようございます!」

「はい、おはようございます。メイさん?」

「えぇとですね……これは……」


 扉の音や、レナの声は部屋の外まで聞こえたのか、俺の部屋から繋がってる待機室から、ヒルダさんが入って来る。

 何があったのか、様子を見に来たのだろう。

 元気に挨拶をするレナに返しつつ、メイさんを見るヒルダさん。

 その視線を受けて、メイさんがこめかみから汗を流しつつ、レナが俺を起こしに来たと説明。


 色々とおかしな行動が多く、謎に包まれたメイさんだけど、ヒルダさんには弱いようだ。

 姉さんもヒルダさんには弱いところがあるし……実は俺の周囲で最強なのは、ヒルダさんなのでは?


「……レナーテお嬢様、この起こし方は駄目だったようです。次は気配を殺し、誰にも気付かれないよう、部屋に忍び込みましょう。目が覚めた時、横にレナーテお嬢様がいる事に、リク様はきっと安らぎを覚えるはずです」

「そうなんですね……頑張ります!」

「いや、驚くだけで安らぎは覚えないと思いますよ……?」


 ヒルダさんから注意されるような視線を受けて、メイさんはやり方を変えるようレナに言う。

 というか、今回突然部屋に入って来たのは、メイさんの差し金だったのか……。

 貴族の子女としての自覚があるレナが、天真爛漫な子供のような行動をするのは違和感があったけど、これで納得がいった。

 ……メイさんには余計な事をレナに教えないよう、注意しておかないとな。


 メイさんが本気でレナに気配の殺し方を教えたら、気付いた時にはレナが横で寝ている、という事になりかねない。

 クレメン子爵の決めた事だから、文句を言うつもりはないけど……メイさんにレナのお世話を任せるのは失敗じゃないかな……と、変な事を教えようとしている姿を見て思う。

 護衛としては、優秀なのかもしれないけどね。



「おはよう、リクさん。フィリーナ達は私達より早かったのね?」

「おはよう。そうみたいだな」

「おはようなの!」

「おはよう、それと、少し久しぶりねモニカ。ソフィーも。早かったというか、昨日ここにいて、そのままなのよ」

「昨日のまま?」


 皆が起き出し、朝の支度を済ませて、レナやメイさんに注意をしつつ朝食を食べ終えた頃、モニカさんとソフィーがユノを連れて部屋を訪ねて来た。

 二人は、フィリーナとアルネがいるのを見て、朝早くにここへ来たんだと考えたみたいだ。

 昨日の、俺への説教や、それが長引いて結局この部屋に泊った事を説明しつつ、ヒルダさんの淹れてもらったお茶を飲みながら休憩。

 ついでに、レナへエフライムの事を聞いたら、あちらはあちらで子爵家の名代としての仕事があるらしい。


 昨日、姉さんにはここで報告したけど、正式に報告したりなど、貴族として色々とやる事があるらしく、数日は忙しいとの事。

 ちなみに、授与式からパレードまで、王都に滞在していた貴族達は、ほとんど自領へと帰ったそうだね。

 領内の事を、長い間放っておく事はできないか。

 エフライムのように、クレメン子爵が領内の事をして、その名代として王都に……という事でもなければね。


 フランクさんも領地へと帰って行ったらしけど、王都を離れる時、もう一度俺と話したかったと言っていたそうだ。

 それを考えると、姉さんには一応説明したけど、その他の周囲へ何も言わずに王都を離れるのは良くなかったと実感。

 フィリーナやアルネにも散々言われたし、今度からは気を付けないとね。


 ちなみにフランクさんは、コルネリウスさんを強制連行して領内に帰ったらしい。

 再教育とか言ってたみたいらしいけど、あの性格がすぐに治るのか、ちょっと心配だ。

 フィネさんとか、周囲にいる人達は大変そうだったからなぁ。

 フランクさんの領地は、王都から離れた場所らしいので、今度会うのはいつになるかわからないけど、またいつか会えるといいな、と思う。


「この部屋も、人が多くなったわねぇ……」


 皆でソファーに座り、雑談をしている時にモニカさんが呟いた一言。

 それを聞いて周囲を見ると、確かに人が多くなったと感じる。

 最初は、俺とモニカさんを含めた四人とエルサ……あ、ひるださんもいるから五人か。

 次にフィリーナとアルネが授与式参加に来て、七人。


 今はいないが、そこへ姉さんが加わり八人になって、レナとメイさんで十人だ。

 これにエフライムが来たら十一人になるから、そろそろソファーに座る限界だね。

 ヒルダさんとメイさんは、お世話役の矜持なのか、決して寛いでいる姿は見せず、ソファーに座らないけど、それを差し引いても今七人が座ってる。

 姉さんとエフライムが追加になると、さすがに寛げるかどうかギリギリってくらいだね。

 まぁ、詰めればもう一人か二人は座れると思うけど……それはソファーで寛ぐ事にはならないと思う。

 随分と色んな人と知り合って、親しくなれたなぁ……と嬉しく思った――。



「リク様、今日は何かするんですか?」

「んー、そうだねぇ……」


 しばらくゆっくりと過ごし、そろそろお昼に近くなって来た頃、レナが俺の顔を見上げて聞いた。

 その表情には、何もなければ構って! と期待してる様子が見え隠れしているように見える。

 これだけ懐かれてるのは嬉しいし、レナと何かして遊ぶのもいいんだけど、一度冒険者ギルドにも行っておきたい。

 マティルデさんに直接今回の事を報告したいし、受付……じゃなかった、副ギルドマスターのミルダさんにも、ロータの事を教えてあげたいしね。


 いや……ミルダさんは何か触れてはいけない趣味のようだから、言わない方がいいかもしれないけど……とりあえず様子見には行きたい。

 行きたいんだけど……問題は王都の様子だ。

 パレードから十日以上経ってるけど、外に出たらまだ人に囲まれたりするんだろうか?

 王城に帰って来る時は、念のため馬車の中に入って身を隠してたけども……。


「冒険者ギルドには行かないの?」

「行きたいんだけどねぇ……町に出たらどうなるかがね……」

「それは確かにな。リクが町に出て、また囲まれたら大変だろうからな」

「リク様、城の外へ行っちゃうんですか? 私寂しいです……」

「……いいですよぉ、レナーテお嬢様。甘える女性に、男は弱いのです」


 モニカさんの問いに答えつつ、自分が難しい表情になるのを自覚する……ソフィーも同じくだ。

 冒険者ギルドに行こうとしても、町に出て見つかったら、以前みたいに歩けなくなって結局、城に逃げ帰る……なんて事になりそうだ。

 以前のように、地下通路を使って行ってもいいんだろうけど、あれはある種特別な措置だから、頻繁に使いたくない。

 頼んだら、姉さんやハーロルトさんの事だ、使わせてくれるとは思うけどね。


 俺の隣に座っているレナは、城を出る事で構ってもらえないと、寂しそうな表情をして見上げている。

 こういう表情に弱いんだけど、ソファーの後ろからレナに囁くメイさんの声で冷静になれた。

 メイさん……レナに変な事を教えないで下さい……とか考えるのは、本来兄であるエフライムの仕事だと思うけど。

 ともかく、男が女性に甘えられるのに弱いというのは、真理をついてると思う。


 人の好みによるとは思うし、何度も同じ事をされてうんざり……という事もあるかもしれないけどね。

 でも、男として、女性に頼られて悪い気がしない人が多いのは確かだろう。

 まぁ、今はそんな事、どうでもいいか。



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