第379話 機嫌の悪い女王陛下
「陛下、リク様がお帰りになられました」
「……お帰り、りっくん」
「ただいま。……姉さん、どうかしたの?」
「……はぁぁぁぁ。りっくんや皆が悪いわけじゃないから、このままでもいけないわね」
部屋の様子に、俺が問いかけると、ヒルダさんが姉さんに声をかけた。
姉さんは、ちらりとこちらに視線を向けただけで、すぐに元の状態に戻り、小さく呟く。
一応の挨拶をして、窺うように姉さんに聞く俺。
アルネとフィリーナは恐縮してしまっている様子で、声を出せないみたいだし、ヒルダさんは理由を知っているのか、何も言わず控えているだけだ。
この状況で、姉さんに何か聞けるのって、俺だけじゃないか……。
機嫌の悪い姉さんは、あまり近寄りたくないんだけど、仕方ないよね。
一瞬だけ逡巡をした後、姉さんにどういう事かを問いかけた。
俺の言葉を聞いて、悪い物でも出すように深いため息を吐いた姉さん。
本当に、何があったんだろうか?
「すぅ……はぁ……」
胸に手を当て、深呼吸をする事でいつもの雰囲気を取り戻す姉さん。
まだ少しだけ険しい顔をしてるけど、マシにはなってる。
女王としての経験からか、俺の記憶にある昔の姉さんよりも、不機嫌からの立ち直りが早いね。
「今日、少し前にね、あの男が白状したのよ」
「あの男?」
「パレードに乱入した女の子がいるでしょ? その子を私に仕向けた男よ」
「あぁ、あの……」
パレードに乱入した女の子を諭し、姉さんへと仕向けた男……。
確か、俺が王都を離れる前に捕まっていて、姉さんがなんとしても事情を吐かせるとか息巻いてた男だ。
ハーロルトさんは、野盗を捕まえに王都を少し離れてたから、情報を得るのに時間がかかったんだろうか?
いや、野盗達もいたから、その影響があるのかもね。
「あの男の本来の目的は、バルテルと共謀して、私を帝国に引き渡す事だったらしいわ」
「姉さんを?」
「えぇ。なんでも、帝国のお偉いさんが、私を欲しがっているらしいの。一国の主である私を、攫ってまで欲しがるなんて、乱暴どころか暴挙よね……」
「まぁ、確かに」
エフライム達もそうだけど、攫うというのが流行ってるのかな?
まぁ、発端がバルテルと帝国だけど。
しかし……この国の女王である姉さんを攫おうとするなんて……。
「帝国のお偉いさんって言ってたけど、裏で糸を引いてるのは誰だか明らかよね。バルテルが城内で騒乱を巻き起こし、私を捕まえた男やその一味に引き渡す。そして、帝国へ連れて行った後は、私をそのお偉いさんに……という手はずだったようよ」
「強引にもほどがあるね」
「全くよ。しかも、私がいなくなった混乱に乗じてこの国へ攻め入り、一気に制圧する事で、反発を無理矢理抑え込もうと考えていたらしいわ。その計画をあの男は知っていた。けど、りっくん達のおかげで、バルテルの目論見は失敗。男は帰る場所がなくなったみたいね」
「じゃあ、バルテルはあの時、計画に沿って動いてたという事なんだね?」
「そこは、少し違うようね。りっくんが勲章授与式のために王都へ来た事で、状況が変わったようよ。りっくんを自陣に引き込みたいバルテルと、無視して様子を見るとした帝国の男の意見が食い違ってしまったようね。結局、バルテルが一人で突っ走って失敗……帝国の男は何もする事ができなくなった……と」
裏で糸を引いてるってのは、姉さんが子供の頃に口説こうとした、帝国の第一皇子なんだろうと思う。
帝国側は姉さんを攫って来るのが一番の目的だから、俺の事は構わず計画を優先しようとしてたらしいけど、バルテルが俺を引き込もうと考えて、姉さんと衝突。
結果、短絡的に行動を起こしてしまって、俺達が姉さんを助けて失敗……と言う訳か。
何というか、手段のためには人を攫うのも厭わない強引さと、クレメン子爵の動きを封じるという計画をしていながら、いざという時に突っ走る……バルテルってバカだったのかな?
俺は、姉さんを人質に取っていた時に、少しだけバルテルを見たくらいだから、その性格や人となりがよくわからないけど、話を聞く限りだと、思慮深いようには思えない。
領民のため、自ら村を訪れる事を厭わないクレメン子爵と比べるのも、子爵達に対して失礼だと思えるくらいだ。
派手に動けたのも、帝国と通じて支援があったからなんだろうなぁ。
「結局、計画は頓挫……バルテルを止めたうえ、魔物の襲撃すらも退けたりっくんが城に留まっている事で、手を出す事ができなくなったらしいわね。あの男を除いて、王都から去ったらしいわ。帝国には帰れないみたいだけどね」
「帝国には帰れない……それはどうして? 元々、帝国の人間なんだから、帰ればいいと思うんだけど」
「計画に失敗したかららしいわ。しかも軍を動かしての、本格侵攻を考えていたうえでの失敗。帰れば確実に処刑されると言っていたわ。まぁ、本当かどうかは一人の証言だけだから、わからないけどね」
「そうなんだ……」
バルテルが姉さんを攫ってから、帝国に連れて行く役目の他に、連絡役とかもやってたんだろうとは思うけど、計画が失敗しただけで帰れなくなる程なのか、帝国って……。
ハーロルトさんからの情報によれば、国境近くまで帝国軍が集結していたらしいから、実際に軍を動かしたうえでの失敗、と考えると、居場所がなくなってしまうのも仕方ないとは思うけど……処刑までするなんて。
姉さん一人のために国を、というのと、姉さんを無理矢理攫おうと考えていた事に、にわかに怒りが沸いてくる。
俺の姉さん……というほど、こじらせてはいないけど、それでも大事な人である事には変わりはないからね。
「ちょっと、リク。落ち着いて?」
「う、うむ。なんというか、エルフの集落の時に見た雰囲気になってるぞ?」
「リク、魔力を鎮めるのだわ」
「あぁ、ごめん。ついね……すぅ……はぁ……」
「「はぁ……」」
「りっくんが怒ると、こういう事になるのね」
気付かないうちに、魔力が可視化したうえで俺の体から漏れ出してしまっていたようだ。
汗を掻きながらのフィリーナとアルネから、声をかけられて、さらにエルサから止められた。
いけないいけない、怒りに任せて魔力を暴走させたら、大規模な魔法になってしまう。
今は戦闘中でもなく、ただ話してるだけだからね。
姉さんが深呼吸して、切り替えたのと同じように、俺も深呼吸をして心を落ち着ける。
幸い、今目の前に姉さんは無事でいるんだから、今怒る必要なんて全くない。
「落ち着いたようね。魔力が見える程濃いというのは珍しいはずなんだけど、りっくんといると、頻繁に見ることができるわね。それはともかく……結局、行き場を失った男は、やけくそになったみたいでね」
「やけくそかぁ……自分で何かをやろうとは、考えなかったんだね」
「小物なのよ、きっと。だから、自分では手を下そうとはしないし、出来るとは思ってない。丁度、父親を魔物の襲撃で亡くしたという母娘を見かけたらしくてね。本人は、私の命を狙わせようとまでは考えてなくて、評判を落として憂さを晴らそうと考えてたって言ってたみたいよ」
「……最低だね」
憂さを晴らすためって、それで女の子を利用するなんて、最低としか言いようがないよね……。
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