第380話 機嫌が悪い理由



「そうね。しかも、母親がいない時の女の子を狙って、諭したらしいからね。それに、私を狙った時に持っていたナイフも渡してたみたいだから……命を狙うまで考えてなかったというのは、自分の罪を軽くしようとするだけの嘘ね」

「言い逃れかぁ……そこらは、ハーロルトさん達がしっかり調べてるのにね」


 やけくそになってて、憂さを晴らすために暴力で直接誰かを……というのではなくて良かったとは思うけど、姉さんの評判を落とすどころか、年端も行かない女の子に姉さんの命を狙わせるのは、許せる事じゃない。

 言い逃れを考えている辺り、確かに小物と言えるけど……これは姉さんが不機嫌になるのもわかる。

 俺も、今の話を姉さんと一緒に聞いてたら、機嫌が悪くなってたかもね。

 ユノやレナ、ロータを見ているからか、子供を巻き込んで嘘を教え、さらに罪まで被せようとした男は許せない。


「それで、姉さんの機嫌が悪かったんだね? やけくそとはいえ、子供を巻き込んだりしたし……」

「そうね、それもあるわ」

「それも? 他に何かあったの?」


 男の事だけで姉さんの機嫌が悪かったんだと思ったら、他にも理由があったらしい。


「ハーロルトがね……その男を逃がすって言って来たのよ」

「ハーロルトさんが!? 逃がすって……でも、その男がやってた事は調べがついてるんでしょ? しかも、白状までしてるし」

「そうよ。だから、本来なら処罰が下すだけ……で終わるんだけど。ハーロルト曰く、もっと有益な情報を得るために、逃がした方がいいかもってね」

「有益な情報って……そんな情報あるの?」


 男は言い逃れをして嘘を言ったりはしても、計画とか、ほとんど白状したんだからこれ以上情報が得られるとは思えない。

 しかも逃がしたら、また何をするかわからないのに、それで情報を得ようとするなんて……。


「さっき言ったでしょ? 私をバルテルから、男とその一味に引き渡す計画って。捕まえた男だけじゃなく、他にも共謀してる者がいるのは間違いないわ。それで、男を逃がせば、その一味と接触する可能性があると考えてるらしいわ。他の者達は、帝国には帰れず、この国の各地に散らばったらしいからね」

「……つまり、計画に関わった他の人達も、一緒に捕まえようと?」

「ハーロルトが考えるには、そうみたいね。男の証言で、帝国の者がまだ国内にいる事がわかった。それが誰だか特定するために、男を利用してはどうかって言って来たわ」

「成る程……男が他の一味と接触すれば、帝国から潜入して来た人がわかるって事なんだね」


 男を泳がせて、他に潜伏している人達を見つけ、国内にある憂いを絶つ……という狙いなのか。


「当然、バレないように監視を付けたうえで、王都からは追放するようだけどね。王都にいると、また何をしでかすかわからないから。ハーロルトの考えはわかるわ。それに、有効性もね。確実ではないからどうなるかはわからないけどね」

「それで、姉さんが機嫌悪かったの?」

「えぇ、まぁね。子供を使って悪さをしようとした男を、何も処罰できないなんて……怒りの矛先を向ける所がないわ!」

「あぁ……そう、だね……ははは」


 ハーロルトさんの提案自体は、姉さんも認めてるみたいだ。

 結局、女の子を使った男に対する怒りが、逃がす事で晴らせないのが問題らしい。

 確かに、俺が王都を出る前にかなり怒ってたからなぁ。

 白状させるまで……白状させたら処罰して……と考えて我慢してたんだろうけど、ハーロルトさんの提案でそれができなくなったわけだ。


「それじゃあ、その怒りは帝国に向けたらいいんじゃない?」

「それはできないわ。まぁ、さすがに抗議の文書は送るけど……今、帝国に真っ向からぶつかるわけにはいかないの。前にも話したでしょ? 帝国の軍事力には敵わないって。それに、戦争になったら、苦しむのは私じゃない……国にいる国民達よ? 女王だからといって、独断で仕掛けたら、それこそ愚王に成り下がるわ」

「それは……確かにそう、だね」


 軍事力で敵わないのだから、早々に仕掛けるわけにはいかない。

 それに、男やバルテルが帝国との関りがあったと言っても、怒りで誰かを犠牲にする戦争を仕掛けるわけにはいかないか。

 よく考えず、帝国に向ければと言った自分の発言を、反省。

 怒りや自分のためだけに、誰かを犠牲にする選択なんて、バルテルと一緒だからね。


「そういう訳で、怒りの矛先がなくて、色々鬱憤が溜まってたのよ。付き合わせちゃったアルネやフィリーナには悪いと思ってるわ。ごめんね?」

「いえ、私達は、陛下のお心が鎮まるのであれば……」

「上に立つ者というのは、時に自分の感情を押し殺してでも、国のためになすべき事があるのだと考えています」

「そう言ってくれると、ありがたいわ」


 理由を話したり、色々と吐き出せたようで、ようやく姉さんはフィリーナとアルネに笑いかけた。

 フィリーナ達からすれば、女王様である姉さんが機嫌悪くしていて、どうしたらいいのかわからなかったんだろうし、とばっちりに近いけど、何とか収まったのを見て、ホッとしている様子だ。

 機嫌が悪く、重苦しい空気になっていた部屋の中が、ようやく弛緩した空気になってくれた。


「どうぞ、リク様」

「ありがとうございます、ヒルダさん」


 頃合いを見計らったように、ヒルダさんがお茶を淹れてくれる。

 お礼を言って、それを一口……やっぱり美味いね。

 姉さんの機嫌や、話が終わるまで、ヒルダさんとしても動きようがなかったんだろう。

 雰囲気が和んだ事で、ようやくお茶を出したりと、行動する事ができたようだ。


「リク様、お客様が参られております」

「お客様?」

「こんな時分にか?」

「誰かしら? ……んんっ!」


 ヒルダさんのお茶を飲み、帰って来た事を実感して、ホッとしている時、部屋の入り口がノックされ、外から声がかけられた。

 声は多分、兵士さんとかなんだろうけど……お客って誰だろう?

 フィリーナやアルネは首を傾げて不思議そう。

 姉さんも不思議そうだけど、すぐに咳ばらいをし、誰が入って来てもいいように女王様モードになるつもりようだ。


「あ、もしかしてエフライム達かな?」

「エフライム?」

「クレメン子爵の孫だよ。今回、俺達が王都へ戻る時、一緒に来たんだ。子爵領での事を、王都へ直接報告するって事でね。多分、城へ入る受付が終わったから、兵士さんに頼んでここまで来たんだと思う」

「あぁ、そう言えば。クレメン子爵から早馬で伝令が来ていたわね。りっくんが帰るという事と、誰かを王都へ遣わせるとかなんとか……」

「……後者の方が重要じゃない?」

「では、部屋に入れても?」

「はい、大丈夫です。お願いします、ヒルダさん」

「畏まりました」


 王城に入る前に別れた、エフライム達の事を思い出す。

 こんな時間に、誰か知らない人が、新しく俺を訪ねて来るとは思えないから、エフライムとレナで会ってるだろう。

 俺が思い出して呟いた言葉に、姉さんが反応して聞き返す。

 エフライム達の事を簡単に皆へ伝える。


 それを聞いた姉さんが伝令を思い出したらしいけど……クレメン子爵、王都へ早馬を向かわせてたんだ。

 詳細な報告というより、俺が子爵領に来た事と王都へ戻る日程、それと一緒にエフライム達が来るという事くらいみたいだけどね。

 とにかく、姉さんは置いておいて、ヒルダさんに部屋へ入れてもらうようお願いした。



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