第352話 子爵家の人達との会話



「えへへ……」

「くっ……お爺様、逆らってはいけないと、先程納得したばかりなのですが……これはいささか……」

「落ち着けエフライム。これくらいの事、笑って見守ってやるくらいの度量を備えろ。これでもし、レナーテが嫁に行くとなったら、どうするつもりだ?」

「その時は、玉砕覚悟で相手を!」

「それをやめろと言っているんだ。まったく、普段は思慮深いのに、レナーテの事となるとすぐに正気を失う……確かにレナーテが可愛いのはわかるが、そこはどうにかしないといけないな……」


 頭を撫でてやると、レナは嬉しそうな恥ずかしそうなはにかんだ笑顔になったが、横からチクチクと鋭い視線を感じる。

 どうやらエフライムが、妹を可愛がるのは自分だと言いたいらしい。

 中のいい兄妹だなぁ。

 何やら、エフライムの様子にクレメン子爵は、溜め息を吐いていたけどね……。



「成る程、それでここに戻る途中、妙に疲れてる兵士さんがいたのね?」

「あはは、訓練で疲れてたみたいだからね」

「私も参加したかったの!」

「ユノが参加してたら、訓練相手がかわいそうなのだわ」


 訓練も終わり、夕食の時間となって皆で食堂に移動した頃、モニカさん達も帰って来た。

 今は、夕食をつつきながら、モニカさんやユノ、エルサに訓練の話をしたところだ。

 騎士さんや兵士さん達の一部は、訓練の後も街へでバルテル配下の捜索や、見回りがあるそうで、重そうな体を引きずっていたからね、モニカさんはそれを見たんだろう。

 訓練には、騎士団長さんが参加者を募ったのと、夜の担当者が連れて来られたと、さっき聞いた。


 昼はお休みだったはずなのに、訓練をして悪い事をしたかな?

 とは思ったが、訓練自体は騎士団長さんからのお願いだったので、気にしないようにしておいた。

 とりあえず、訓練後も働く騎士さんと兵士さん達、お疲れ様です。


「しかし、リク殿や、冒険者としての経験があるモニカ殿ならまだしも……その、ユノと言ったか。その子が訓練に参加するのは、危ないだろう」


 食事をしながら、訓練に参加したかったという事を聞き、クレメン子爵がユノの方へ視線を向けた。

 確かに見た目は、レナとそれ程変わらない子供だから、知らなければそう見えるよね。


「大丈夫なの。リクが剣だけでなんとかできたなら、私にもできるの!」

「いや、そうは言ってもな……」

「そうですよね、お爺様。レナーテよりは動けそうだが……それにしてもな」

「ははは、ユノは俺なんかより、よっぽど剣の扱いが上手いですよ。多分、力で押し切る以外だと、俺でも勝てないんじゃないですかね?」

「リクが魔法を使わないなら、負けないの!」

「「「「は?」」」」


 ユノの言う事は、子供の言う戯言のように感じたらしい。

 クレメン子爵やエフライムがユノを見ても、訓練に参加してまともに戦えるようには見えないらしい。

 小さな女の子にしか見えないから、仕方ないか。

 モニカさんが苦笑しているね……まぁ、マックスさんやモニカさんは、実際ユノと模擬戦をしてあっさり負けたからなぁ。


 そんな事を考えながら、クレメン子爵達へ笑いかけてユノが強い事を教える。

 ユノの方も、俺の言葉に魔法を使わなければ問題ないと頷く。

 技術では、圧倒的にユノの方が上だからね……もしかしたら、実際に戦ったら、俺がなにもできないうちに負ける、なんて事もあるんじゃないだろうか?

 俺とユノが言った事に、クレメン子爵やエフライムだけでなく、ヘンドリックさんやレギーナさんも呆然した表情のまま、こちらへ顔を向けた。


 レナは……訓練を見た時にはしゃぎ過ぎたのか、閉じ込められてた時の疲れがまだ取れてないのか、うとうとしてて、あまり話を聞いていないようだ。

 メイドさんが付いていて、フォークから料理をこぼしそうになっても補助してくれてる。

 夕食が終わったら、すぐに寝かせた方が良さそうだね。


「リク殿……本当なのか? そこの子供……いや、ユノ殿がその、リク殿よりも強いとは……?」

「はい、本当ですよ。ユノは俺よりも武器の扱いを心得ていて、技術では敵いません。……えっと、ここに来る前、オシグ村でグリーンタートルを討伐したと言いましたよね?」

「……うむ。リク殿が素手で硬い甲羅を割ったのだったな」

「聞いてはいたが、やはり人間技じゃないな。どうしたら、そんな事ができるんだ?」


 愕然としたまま、俺にユノが本当に強いのかを聞いて来るクレメン子爵。

 見た目からは、そんな話は信じられないようだ。

 ユノが強いのは本当だと頷いて、オシグ村での魔物討伐の時、まだ話していなかった部分の説明を始める。

 以前話したのは、俺がグリーンタートルの甲羅を割ったとか、ほとんどが俺に関する話だったからね。


 信じられないような目で、俺を見るエフライムだけど、俺はちゃんと人間だから。

 ちょっと試そうと思っただけで、完全に甲羅を破壊できるとか、リザードマンを破裂させるとか、俺にも何故そんな事ができるのかわかってないし。

 ともあれ、今はユノの説明だ。


「そのグリーンタートルの甲羅ですが、ユノはあっさりと斬ってみせました。割らずに……です。まぁ、斬れた後は、すぐに割れましたが……」

「斬った……グリーンタートルの甲羅をか?」

「はい。間違いなく、綺麗に斬れていましたよ。な、ユノ?」

「中途半端に剣で攻撃すると、剣の方が折れるの。だから、一気に斬ったの!」


 グリーンタートルの甲羅は硬い。

 素手で割った俺が言うと説得力に欠けるかもしれないが、そこらの金属より硬いのは、触れた時の感触で何となくわかった。

 グリーンタートルがどんな魔物なのか聞いた時に、甲羅が硬すぎて、そこらの剣じゃ割るどころか剣が折れる……とも聞いた。

 そんな硬い甲羅を、ユノは斬ったんだ。


 金属の剣で、金属よりも硬い甲羅を斬るなんて、どれだけの技術があればできるのか、俺にはわからない。

 ユノの持ってる剣は、元々マックスさんの使ってた剣だから、いい物ではあるだろうけど、グリーンタートルの甲羅をどうにかするなんて想定は、していない武器だろうね。


「……むぅ。ユノ殿の剣には、魔法でもかかっているのか?」

「いいえ? 安い剣よりは、良い剣でしょうけど……何も魔法はかかってはいません」

「ただの剣で、あの硬い甲羅を斬ったというのか……」

「お爺様、領内でもグリーンタートルの発見は報告されていますが……ハンマーなどの塊をぶつけて割る事はあれど、剣で斬るなんて報告はありませんでしたよね?」

「うむ。あの甲羅は硬すぎてな……単体では害の少ないグリーンタートルだから、剣を無駄にするよりも、重い塊で割った方がいいからな。……まさか、剣で斬れる者がいるとは。いや、素手でというのも十分過ぎる程の驚きなんだがな……」

「まぁ、リクは英雄で、Aランク冒険者というのがわかっていますしね。驚きはありますが、納得する部分もあります。ですが……冒険者ですらない、レナーテと同じくらいの女の子が、そのような事を成し遂げるとは……」


 魔法がかかっていれば、甲羅を割る事も簡単とは言わないまでも、できる事なんだろう。

 魔力を使い過ぎて一般的ではないけど、俺の剣みたいな物とかね。

 クレメン子爵はユノの剣に、魔法がかかっているかを考えたようだけど、首を振って否定した。

 マックスさんからもそんな事は聞いていないし、実際使っても、他の剣と違いがあるようには感じなかった。


 普通の剣でユノがやったという事に、さらに驚くクレメン子爵。

 エフライムは、子爵領で発見や討伐された報告を思い出しながら、クレメン子爵へ聞いた。

 やっぱりグリーンタートルの甲羅は硬過ぎて、剣で斬ったという報告はないようで、クレメン子爵は頷いた。



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