第336話 クレメン子爵との対面



 騎士団長さんからの視線に、自分の恰好を改めて考えた。

 今身に付けてるのは、あまり高価ではない革で作られた鎧だし、全身を覆ってるわけでもなく、部分的に守るようにされてる物だ。

 冒険者としては、標準的なのかもしれないけど、騎士という観点や英雄として見ると、みすぼらしく見えるのかもしれない。

 うん、英雄様なんて呼ばれたくないから、豪奢な物なんて身に付けないようにしよう。


「そうは言っても、街をゴブリンの軍団から救い、王都までも救ったのは間違いないんだろう? しかも、バルテルの悪行すらも止めて見せた。立派な英雄だ」

「まぁ……確かにそうなのかもしれないけど……俺はただ周囲にいる人達を助けようとしただけだからね。英雄になろうとしてなったわけじゃないからなぁ」

「リクは謙虚だなぁ」


 呆然としている騎士団長さんをそのままに、エフライムと暢気に話す。

 ちなみに、バルテルの事は道すがらエフライム達に話してる。

 だからもうバルテルがいない事は知ってるし、俺が姉さんを助けた事も知ってる。

 ただ、王都から離れてるせいで、子爵邸まで連絡が行かず、バルテル側の人達も連絡をする事ができず、そのままになってたんだろう。


 まぁ、貴族家の当主が幾人か亡くなったし、パレードだのがあったから、連絡するのが遅れたのかもしれない。

 まさか、連絡を怠ったって事は無いだろうけど、帰ったらハーロルトさんか姉さんに、確認してみようかな?

 それはともかく、騎士団長さん……このままでいいのかな?


「ナトール、そろそろ正気に戻って来い。お爺様の所に行くぞ」

「あ……は! ……申し訳ありません。まさか英雄リク様だとは思わず……失礼を、お許し下さい」

「いいんですよ。見た目はただの、そこらにいそうな冒険者ですからね。それよりも、クレメン子爵の所に急いだ方がいいのでは?」

「はっ! ご案内致します」

「……リクさんが、そこらの冒険者と同じに見えるって、嘘ですよね?」

「そうですね……頭にドラゴンがくっ付いてる冒険者なんて、早々いるとは思えません……」


 エフライムの言葉で、戻って来た騎士団長さんが俺に頭を下げる。

 それに笑顔で返しながら、ひとまずクレメン子爵邸へと向かう事を優先させる。

 リロさんが報告に戻ったけど、クレメン子爵も孫のエフライムやレナが無事だと、実際に見たいだろうしね。

 話なら、子爵邸に行ってからでもいいんだから。


 騎士団長さんが先導し、その後ろをエフライムが道を間違わないようについて行く。

 それに遅れないよう、俺達も歩き出したんだけど……後ろの方でモニカさんとマルクスさんが、何やらボソボソと話してるのが、かすかに聞こえた。

 気にしない方が良さそうだね、うん。



「おぉ、エフライム、レナ―テ! よくぞ無事で戻った!」

「お爺様、ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

「お爺様、戻りました!」


 騎士団長さんとエフライムの案内で、地下通路を抜け、クレメン子爵邸に到着する。

 地下通路の終点では、階段の奥に金属製の頑丈な扉があり、それを抜けるとあまり広くない部屋へと出た。

 扉の先では、大きな本棚が動かされた跡が床についている事から、多分本当は本棚の後ろに地下への扉が隠されてたんだろう。


 部屋に出ると、リロさんが報告してくれたおかげだろう。

 エフライムがそのまま年を取ったような、よく似た人が喜びを露わにして迎えられた。

 お爺様って言ってるから、この人がクレメン子爵本人か。

 オールバックの白髪と真っ白な髭を蓄えて、彫りが深い顔の渋いお爺さんだ。


 体も、それなりに鍛えているようにも見える。

 お爺さんというのもはばかられるくらい、若々しいな。

 孫であるエフライム達が、無事な事を喜んでいるからというのもあるのかもね。

 エフライムが年を取ったら、こうなるのかな?


「そちらが、エフライムとレナーテを助けてくれた者達か?」

「はい、お爺様。リクにマルクス、モニカとユノになります」

「そうかそうか。エフライム達を助けるため、騎士団長を捜索に向かわせていたが、それより先に動いていた者がいたとはな。感謝する。何でも、望みの物を言うが良い。エフライム達が無事だったのだ、多少無理をしてでも、褒美を取らせるぞ?」


 エフライムのお爺さんは、よほど孫の事が可愛いらしい。

 孫バカのお爺さん?

 それだけ、エフライム達の事を大事にしてるんだろうと思うけど、望みの褒美なんて言われてもなぁ。

 お金は十分過ぎて逆に困ってるくらいあるし、他に欲しい物は特にない。


「お爺様、リク様は我が子爵家程度が出せる褒美で、喜ぶような方ではございません」

「お、レナーテ。どういう事だ? 子爵家はれっきとした貴族だ。冒険者に見えるが、その者達が満足する物くらいは出せるだろう?」


 レナがクレメン子爵に、忠告するように言うけど、そんな大層な物じゃなくても満足するよ?

 エルサに食べさせるためのキューとかね。

 レナの言う事や、それに対するクレメン子爵が言う事に、エフライムや騎士団長は苦笑している。

 モニカさんやマルクスさんまで苦笑してる……。


「お爺様、この者はリク……ですよ?」

「うむ、今し方聞いたな。……うん? リク? ……どこかで聞いたような……?」

「はぁ……お爺様、王都からの報せにあった、勲章授与の事を思い出して下さい」


 改めて、エフライムが俺の名前を強調するように、クレメン子爵へ伝える。

 それでも、よくわからないという顔をするクレメン子爵に、レナが溜め息を吐きながらヒントを教えた。

 いや、特に知らなくていいと思うから、このまま冒険者と思われてていいんだけど……いや、マルクスさんが話せばバレるのか……姉さんからの使いの証明とやらも持ってるらしいし。

 はぁ……。


「勲章授与……そんな事もあったな。陛下にお会いできなかったのは残念だが……それがどうかし……リク? 勲章授与……リク……もしかして?」

「はい、今お爺様が考えた通りです」


 俺が心の中で溜め息を吐いている間に、クレメン子爵の頭の中で、勲章授与と俺の名前が結びついて行ったようだ。

 段々と目を見開いて行き、驚くような表情になって行く中、エフライムが頷いて浮かんだ考えを肯定した。

 騎士団長の時もそうだったけど、俺の正体って、そんな仰々しく反応するような事なのかな?

 単に勲章を授かっただけで、貴族でもなんでもないだけどなぁ。


「こ、こ、こここここ……!」

「コケコッコー?」

「ニワトリですか、お爺様?」


 頭の中で、俺の事を理解したクレメン子爵は、何を言いたいのか、「こ」を連呼した。

 レナとエフライムが、首を傾げながらニワトリかと言ってるが、驚いてるだけのようだから、止めてあげて欲しい。


「ここここ、これは失礼を致しました! まさか、まさか英雄リク様だとは思いもよらず! ひらに、平にご容赦を! こりゃお前達! 何をしておる、さっさとひれ伏さんか!」


 そして次の瞬間、ガバッと床にひれ伏したクレメン子爵は、俺に謝罪しながらエフライム達を注意してる。

 リロさんは既に平伏済み。

 騎士団長は、クレメン子爵の事をちょっと同情するような目で見ている。

 俺の事を知った時、同じように驚いていたからね……多分あれは、同類を見るような目だ。

 騎士団長が子爵に対してそれで良いのかとも思ったけど、エフライムも似たような目をしていたので、気にしない事にした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る