第321話 クレメン子爵邸へ出発



「それじゃ、また帰りに寄ります」

「はい、お待ちしております」

「私の事を忘れて、王都に帰ったりするなよ?」

「ははは、ちゃんと覚えておくよ」

「またね、ソフィー」

「あぁ、またなモニカ」

「またなのー!」


 イオニスさんやソフィーとの話を終えて、馬車へと乗り込んだ。

 中に入って木の椅子に座り、窓を開けて見送りに来てくれた人達に手を振る。


「では、出立致します!」


 御者台に座ったマルクスさんの言葉で、動き始める馬車。

 少しずつ離れて行く中で、ロータが筋肉痛に顔をしかめながら進み出た。


「リク兄ちゃん! ありがとうー!」


 精一杯の声で感謝を伝えてくれた。

 父親が亡くなったばかりなのに、ロータの顔に悲壮感はなく、笑顔だった。

 少しでもロータの力に慣れた事を嬉しく思いながら、叫ぶロータに向かって、窓からしっかり手を振り返しておいた。

 いつか、ロータが大きくなって、どうなってるのかを見るのが楽しみだ。

 ……その前に、ソフィーと合流する時に会うだろうけどね。



「ふむ……大体この辺りで半分程度ですね」


 村を出発し、揺れる馬車の中でお尻の痛みに耐える事しばらく。

 お昼の休憩のため、焚き火をササっと用意し、昼食にしながらマルクスさんと話す。

 マルクスさんは、地図を見ながら現在がどのあたりかを確認していた。

 まだ半分かぁ……もうしばらくお尻の痛みと戦わないとね……王都に帰ったら、真剣にクッションについて考えたい。


「予定通り、日が沈み切る前には到着できそうですね。はい、リクさん。マルクスさんも」

「ありがとうございます……ええ。このまま何も妨害が無ければ……ですが。まぁ、魔物は昨日リク様達が討伐したので、しばらくは大丈夫でしょう」

「ありがとう、モニカさん。急に襲われたりするかもしれませんから、油断はできませんけどね」


 何も無ければこのまま子爵邸のある街へは、完全に暗くなるまでに到着できる。

 モニカさんから、焚き火にかけていたスープを入れた器を受け取りながら話す。

 元々、人間の往来がある街道には、あまり魔物が近寄らない傾向があるらしいけど、昨日の魔物達を討伐した事で、しばらくは危険が無さそうとの事だ。

 どうしてあの場所に、あの数がいたのかはわからないけど、周辺の魔物が集まったのは間違いなさそうだ。


 それなら、魔物の集団を討伐した事で、一時的には周囲の危険は減ったという事だね。

 まぁ、他にも別の魔物がいるだろうし、街道を離れたりすると危険があるかもしれないけど。

 それでも、一応警戒する事は怠らない。

 常に戦闘に近い緊張感を……とは言わないまでも、油断して教われましたじゃ、冒険者として格好付かないしね。


「それで、リクさん。やっぱりこの後も、探査魔法を続けるの?」

「もちろん。野盗と戦った森で、まだ使いこなせてないのがわかったからね。練習のためにも、出発したらまた使うよ」

「そう……まぁ、リクさんの魔法の練習になるのなら、良い事でしょうね」

「リク様が警戒して下さるおかげで、楽ができておりますよ」


 モニカさんの言う通り、村を出発してから俺は、ずっと探査魔法で周囲を探り続けていた。

 野盗達と戦った時……正確には、捕まっていた女性達を見つけた事で、俺の探査魔法がまだまだだと実感したからね。

 もっと精度を高めておきたい。

 さすがに一つの場所に固まってる集団の中で、捕まってる人なのかそうでないかまでは、はっきりとわからないかもしれないけど……動いてるのか止まってるのかくらいはわからないとね。


 そうすれば、もしかすると捕まってる人がいるんじゃないか……という予測ができると思うんだ。

 完璧ではないけど……今よりはマシになる……と期待してる。

 それに、探査魔法を持続させる事で、馬車に襲い掛かって来るような魔物がいるかどうかの警戒もできるし、魔法や魔力調節の練習にもなるからね。


「さて、リク様。これからクレメン子爵邸のある街へ行きますが……」

「はい。何かありますか?」

「いえ……クレメン子爵がどう出るかの予測ができなくてですね……」

「どう出るか? えぇっと、何か問題が起こっているか、それとも何かを狙っているのか……ですか?」


 モニカさんが用意してくれた昼食をありがたく頂きながら、難しい顔をしているマルクスさんと話す。

 クレメン子爵がどう出るか……かぁ。


「ええ。その……バルテルの例もありますので……」

「クレメン子爵が帝国と通じているという事ですか?」

「今までそんな素振りは見られなかったようですが、現状はどうなっているかわかりません。もし、リク様に攻撃を加えるような事があれば……」

「……そうですね……バルテルのように、凶行に及ぶ事も考えられるんですね……」

「はい。まぁ、これは最悪の想定となりますが……警戒しておいて悪い事ではないかと。バルテルの時の事を考えると、食事に毒を……という事すら考えられます」

「わかりました、十分に警戒しておきます。なんだか、国の重要人物になった気分ですが……大丈夫ですよ、もしもの時はエルサがいますから」

「エルサ様が?」

「私なのだわ?」

「……リクさんは、十分この国の重要人物になってると思うけど……」


 もしバルテルが食事に毒を……なんて事をしてきても、エルサに毒見役をしてもらえば何とかなると思ってる。

 楽観的かもしれないけど、人間が食べられないワイバーンの肉を美味しそうに食べるエルサだ。

 毒を盛られたくらいで何とかなるとは思えないしね。


「エルサはワイバーンの肉も食べられるんです。だから、多少毒を盛られたくらいでは何ともありませんよ」

「それは……確かに……」

「……私を毒見役とはだわ……リクも言うようになったのだわ」

「でも、エルサなら大丈夫だろ?」

「ドラゴンに効く毒なんて存在しないのだわ! ……リクが作ったなら話は別だけどだわ」

「ははは、俺は毒なんて作る気は無いから大丈夫だよ」


 何はともあれ、クレメン子爵に関する情報が無い状態で、直接会いに行こうとしてるんだ。

 バルテルの事があったから、警戒するのはわかる。

 けど、領民に慕われてた人がそんな事をするのか、俺にはあまり考えられなかった。

 まぁ、変わる人は変わるから、絶対とは言い切れないけど……。


 とにかく、クレメン子爵が何かを仕掛けて来たら、俺かエルサが結界で防御、マルクスさんとモニカさん、ユノが道を切り開いて逃げる……という大雑把な対処策を決めておいた。

 マルクスさんの杞憂だと良いんだけどね。

 あと、クレメン子爵に会いに行く時、身分を知らせる証として、俺が持ってる勲章を見せたら……とも思ったけど、それは直接クレメン子爵に会ってからの方が良いと言われた。

 門番くらいの兵士だと、最高勲章を知らない事が多いかららしい……珍しい物だから見た事がない人が多いとの事。


 知らない物を見せて変に警戒されるよりは、マルクスさんが持っている、姉さんから預かった証を見せた方が話が早いだろうという事らしいね。

 せっかくもらった勲章だけど、出番はあまりないようだ……。

 貴族の人なら、知ってるから効果はあるのか……でも、また英雄とか呼ばれるのかなぁ……?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る