第226話 対キマイラ戦



「1、2……3……4? 5……5匹もいる!?」

「依頼書では3匹だったけど……」

「どうやら、知らない間に増えたようだな……それか、報告漏れかもしれん。もしかすると、報告した者が全て発見出来なかったのかもな」


 林から出て来たキマイラは全部で5匹。

 依頼を受けた時は、確かに3匹という話だったんだけど、どうやら何かの手違いで数が正しく伝わってなかったらしい。

 その5匹が完全に街道に出て来た時、さらに地面を揺らすような音と共に、ひと際大きなキマイラが姿を現した。


「6匹……こんな……」

「僕は聞いてないぞ! キマイラがこんなにいるなんて!」

「……1匹でも不可能……6匹だと……さらに……」


 キマイラの群れに、フィネさんは驚き、コルネリウスさんは悲鳴に近い声を上げ、カルステンさんは絶望するような雰囲気だ。

 そのキマイラ達は、俺達の方では無く、馬車の方に顔を向けていて、関心はあちらにあるようだ。

 御者をしていた人達は、先程の雄たけびの時点で走って逃げ、そこには無防備な馬がいるだけだ。


「キマイラ……先に出て来た5匹は……狼の足?」

「そうだな、ウルフ系の魔物の足だろう……馬にも追いつける速度で走るかもしれないな」

「尻尾が蛇っぽいのはよく聞く話で、そのままだけど……腕が……」

「後から出て来たキマイラがボスみたいね」

「群れのリーダー、といったところだろう」


 キマイラの見た目は、先に出て来た5匹が、足が狼で4足歩行、尻尾が蛇で口が付いていて、そこから舌を出している。

 さらに毛むくじゃらな腕が背中から生えており、その手は人間の手のように5本の指がある……ゴリラの腕っぽいな……あの腕に掴まれたら握り潰されそうだ。

 顔はライオンっぽい顔で、どう見ても肉食……アルネの言っていた馬が好物という種類だろうと思う。

 足が狼なせいで、姿勢が低く、頭の位置は立っている俺の顔と同じくらいの高さしかない。


 だが、問題は後から出て来た最後の1匹。

 そいつは各部位が他の5匹よりも大きく、尻尾なんてコブラのように見える。

 しかも、足だけが他の5匹と違っていて、オーガのような太い脚で2足歩行、前足が無い代わりに腕は俺の胴体の2倍以上はありそうな太いゴリラの腕。

 大きさも5メートルは越えそうな程で、巨体だから重量もあるのか、一歩歩く事に地面が軽く揺れる。

 大きさや他の5匹とは違う事から、アルネやフィリーナが評したように、あれが群れをまとめてるボス格なんだろう。


「ふむ、どうしたもんか……」

「暢気に構えている場合ですか!? 逃げましょう、さすがにあの数は多過ぎます!」

「そ、そ、そうだ! 逃げるんだ! おい、僕だけでも無事に逃がせ!」

「……追いつかれる」


 フィネさんとコルネリウスさんは、逃げる事を考えているようだけど、一人冷静なカルステンさんだけは、逃げても追いつかれると考えているようだ。

 ボス格の1匹は足が遅く見えるから大丈夫だろうけど、他の5匹は狼の足を持ってる。

 その性能が狼と同じだと考えるなら、人間の足で走って逃げたところで、すぐに追いつかれるだろうな。


「ユノ、いけるか?」

「大丈夫なの!」

「よし、じゃあまずは、こちらに注意を引こう。馬が食べられたらかわいそうだ」

「お馬さんを助けるの!」

「リク様、何をするのですか!? そんな小さな女の子まで使って!」


 ユノに声を掛けると、いつでも大丈夫と剣と盾を掲げた。

 ユノが大丈夫そうなら、そんなに難しい相手じゃなさそうだ。

 エルサも、臨戦態勢になる事すらなく、暢気に俺の頭で寝てるしな。

 馬を食べさせないように、気を引こうと動き始めた俺達に、フィネさんが叫ぶ。

 ……ユノの実力を知らなかったら、いたいけな女の子を戦闘に出すように見えるんだろうね……仕方ない。


「大丈夫ですから、任せて下さい」

「ですが……!」


 フィネさんでなくとも、ユノのような小さな女の子がキマイラの犠牲になるのは見たくないと思うだろう。

 止めようとするフィネさんを振り切って、俺とユノは悠々とキマイラに近づいて行く。


「RYU? RYUUUUU!」

「RYUAAA!」


 ようやくキマイラは近づいて来る俺達に気付いたようだ。

 叫び声をあげ、馬に向けていた体を俺達へと向ける。

 多少迫力はあるけど……大量のワイバーンに比べたら、そこまででも無いね。


「お、来たぞユノ」

「行くの!」


 ボスキマイラは、俺達の様子を見るようで、他の5匹がジリジリと近づいて来る。

 そのうちの1匹が雄たけびを上げながら飛びかかって来た!

 足が狼だからか、そのスピードは中々の物だと思う。

 飛びかかって来たキマイラを見ながらユノが無造作に右手に持った剣を持ち上げる。

 左手には盾を持ってるけど、そちらをつかう気はないらしく、だらんと腕を下げたままだ。


「RYUGAAAAA!」

「遅いの!」

「危ない!」


 ユノの小さな体に飛び上がって上から襲い掛かるキマイラ!

 同じくユノも迫りくるキマイラに向かって飛び上がる!

 後ろでフィネさんの声がして、ユノが危ないと叫んでいるようだけど、ユノだからね、心配ない。

 キマイラとユノが空中で激突した! かに思えた一瞬……ユノが右手の剣をとてつもない速さで振るのが見えた。


「RYUGAAA! A?」


 そのままユノがキマイラの横をすり抜けて着地。

 キマイラの方も、今までユノがいた場所へ着地……しようとして崩れ落ちた。

 足が切られていため、体重を支え切れなかったんだろう。

 そのままキマイラは、ユノに斬られた場所がバラバラになって行き、断末魔を上げる事すらなく事切れた。


「……うそ……」

「……見えなかった」


 フィネさんとカルステンさんが驚いた様子で呟いているね、無理もない。

 たんなる小さな女の子にしか見えないユノが、あっさりキマイラをバラバラにしたんだから、見たこと無い人は驚くだろうね。

 というか、見慣れてるはずの俺も驚いてる……ユノの剣の振りが半分くらいしか見えなかった……。


「魔物の合成だから、全部バラバラにして見たの!」


 こちらへ悠々と戻って来るユノは、暢気な様子を見せている。

 ユノの言葉を聞いて、倒されたキマイラを見てみると、切られているのは複数の魔物が混ざる結合部分。

 つまり、バラバラになった部位はそれぞれ、ゴリラの腕、蛇の尻尾、狼の足、獅子の頭、一番大きく残っているのは、何の魔物が元なのかもわからない毛むくじゃらな胴体だ。

 あの一瞬で、ここまで正確に見極めて切り刻むなんて……ユノの剣の腕は神がかってるんだな……いや、神様なんだけどね。


「次はリクの番なの!」

「俺か? わかった」


 ユノが順番とばかりに声を掛けて来たので、一度持っている剣を握り直して前に出る。

 ちょうどおあつらえ向きに、もう1匹のキマイラが走って向かって来ている。


「キマイラを遊び相手のように……」


 前に出る際、ちらりと見た後ろの方では、フィネさん達が目を点にして何やら話しているのが見えた。


「さて、ワイバーンを切り裂いた剣……キマイラにも通じるかな?」


 ワイバーン程の固い皮を持ってはいないようだから、簡単に切れるかもしれない。

 イルミナさんの店で買った、俺には少々大きな剣を持ち、合同訓練で確認した正しい剣の持ち方を思い出しながら握りしめる。

 その時、かすかにだけど、体の中にある魔力が剣に流れて行くような感覚があった。


「もしかすると、これが魔法具の発動した証拠なのかも……」


 王都で剣を使った時は、精神的に余裕がなかったために気付かなかったけど、確かに魔力が剣に流れて行っているようだ。

 俺にとっては大した事の無い魔力量だけど、他の人にとってはこれだけの魔力でもすぐに枯渇してしまうのかもしれない。

 そんな事を考えながら、勢いよく走ってこちらに迫るキマイラを見た。



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