第197話 合同訓練開始



「はっはっはっはっは! 俺から見ると、速度も威力もリクの方が上だったな。剣が一つだからというのもあるだろうが……まぁ、相手が悪かったとしか言いようがないな」

「いっそ清々しいくらいだな。……しかしリク殿……一つだけ気にかかることがあるのだが……?」

「ん、何ですか?」


 マックスさんとヴェンツェルさん、二人共今の手合わせについて話し合っている。

 40代は越えてそうなヴェンツェルさんは、力で押すより、速度等を含めた技の切れを鍛えて戦うように考えてるみたいだ。

 確かに速度はヤンさんより速かったけど……力の方も、その年齢とは思えない程だったんだけどなぁ。

 若い頃のヴェンツェルさんは、もっと力強かったのか……暑苦しそうだから、その時に出会わなくて良かったかも……。

 とか考えていると、ヴェンツェルさんが何か俺に聞きたそうにしている。


「最初私が回転攻撃を仕掛けた時、何故右手の剣を狙って動きを止めたんだ? 普通なら、利き手の逆……力が入りにくい左手を狙うだろう?」

「あぁ、あの時の事ですね。ヴェンツェルさん、左利きでしょう? だから右手を狙っただけですよ」

「……何故私が左利きだと?」

「単純に、左右の攻撃の中で、左手からの方が強く感じただけなんですけどね」

「そうか……」

「あの瞬間でそこまで見抜くとはな。さすがはリクだ!」


 実際、ヴェンツェルさんがはっきりと左利きだと確信してたわけでは無いんだけれども、単純に考えて、右より左の方が力強く感じたから、左利きかなと思っただけだ。

 あと、腕を交差している時も左腕を前にしていたらね……癖でそうなってる場合もあるから、絶対とは言えないけどね。

 ヴェンツェルさんの方は、俺が左利きだと指摘してから少し考えるような表情を、マックスさんの方は、俺を褒めるように言って笑ってる。


「マックス……利き腕の癖を治した方が良いだろうか……?」

「それは良いんじゃないか? そこまで見抜けて、さらにあの状態で右手に狙いを付けるなんて芸当、リク以外には出来ないだろう。無理に癖を変える事はないと思うぞ」

「そうですね……俺だけかどうかは別として……ヴェンツェルさんの回転攻撃は、それだけで脅威です。癖を治す事よりも、速度を上げる事を考えた方が良いかもしれませんね」

「そうか……わかった。色々考えてみる事にする」


 マックスさんが癖を治す事に反対なように、俺も俺も同じ意見だ。

 癖を治そうとして無理をするくらいなら、今の長所を伸ばした方が良い気がしたからね。

 なんて、偉そうに助言なんてしてるけど、単純に自分で回転してみて感じた事を言ってるだけだ。

 回転速度を上げれば、手数を増やす事に加えて一撃の威力が上がる利点がある。

 ヴェンツェルさんの二振りの剣と力強さだと、さらに手が付けられなくなりそうだ。


「色々と学ぶ事が多かった。ありがとう、リク殿」

「いえ、こちらこそ勉強になりました。ありがとうございます」

「二人共、良い経験になったようだな」


 ヴェンツェルさんとお礼を言い合って、お互い握手をする。


「さて、次はお前達の訓練に移るが……私とリク殿の手合わせの事は、あまり考えないようにな」

「え? すごい戦いだったのですが……参考にしてはいけないのですか?」


 ヴェンツェルさんが周囲にいる兵士達に声を掛けるが、その内容に一人の兵士さんが声を上げた。

 その他の兵士達も、多少なりとも戸惑いを浮かべている様子だ。

 ……そう言えば、手合わせ前にヴェンツェルさんが皆の見本になるように……なんて言ってたっけ……。

 でも何で、俺とヴェンツェルさんの戦いはあんまり考えない方が良いんだろう?


「お前達では、今の戦いを再現出来ないだろう? 誰か、私の回転攻撃に対して、右手だけを狙う事や、すぐさま技の真似て見せるなんて事、出来るのか?」

「……それは……出来ません」

「そうだろう。今はそれで良いんだ。鍛錬を積んでいけば、同じ事が出来るとは言わないがいずれ強くなれるはずだ。参考にするなとは言わんが、真似をする事はお前達の長所をも潰しかねんからな」

「……はっ! わかりました!」


 諭すように周囲に伝えるヴェンツェルさん。

 その言葉を聞いて、声を上げた兵士さんは納得したようだ。

 他の兵士達も、合点がいったという様子だけど、確かにヴェンツェルさんの言う通りだと思う。

 人の真似をする事がいけないとは思わないけど、そればかりだと、一人一人の長所を潰す事になってしまう。

 人はそれぞれ得意な物が違うはずだから、それを伸ばす方が戦いにも有利に運べるって事だろう。

 槍が得意なモニカさんが、いきなり剣を使っていつもと同じような戦いが出来るわけじゃないからね。


「では、各自別れて訓練するように。良い機会だ、私も直々に見てやろう」

「俺は、マリーと一緒に新兵訓練だな」

「……俺は……少し休んできますね」

「あぁ、それが良い。リク殿、重ね重ね感謝する」


 ヴェンツェルさんとマックスさんが、兵士達の訓練に移行するようだけど、俺は少し休ませてもらう事にする。

 そこまで疲れてはいないんだけど、少し落ち着いてヴェンツェルさんとの手合わせを頭の中で考えたいから。

 俺にはまだまだ戦闘の技術が足りない。

 力任せに頼ってばかりじゃ、いつか限界が来ると思うから……。


 そう考えると、今回のヴェンツェルさんとの手合わせは良い機会だったのかもしれないね。

 経験豊富で、色々な動きをするヴェンツェルさんを間近で見る事が出来て良かった。


「お疲れ様、リクさん」

「モニカさん」

「私もいるぞ。しかし……本当に将軍に勝ってしまうとはな……この国にこの人ありとまで言われた人物だぞ?」

「もちろん、リクなら勝って当然と思っていたけれど、さっきの連続攻撃はすごかったわね」

「あぁ……エルフは武器の扱いには長けていないから特にだが、あの攻撃……エルフの者には耐えれる事は出来ないだろうな」

「将軍ってそこまで有名な人だったんですか? 連続攻撃はちょっと危なかったけどね……押し切られるかと思ったよ。……アルネ、その代わりエルフには人間よりも魔法に長けてるじゃないか」


 兵士達を訓練させる二人と離れたところで、モニカさんや他の皆が近づいて来た。

 皆も、今の手合わせを見て、何かしら考える事があったみたいで、それぞれいつもとは違う表情をしてる。

 いや……表情というか……気迫のような感じかな……?

 いつもの和やかな雰囲気とは違って、やる気のような物を感じられる……もしかしてさっきの手合わせで触発されてウズウズしてるのかな?


「将軍と言えば、この国一の剣使いとして有名よ。……まさか、父さんと知り合いだったとは思わなかったけど」

「ははは、近い雰囲気だから、そりが合ったのかもね」

「この国で兵士を志す者は、一度はあの将軍に憧れる……と聞いた事もあるな」


 ヴェンツェルさん、そこまで有名な人だったんだ……。

 確かに大剣を二本も扱う膂力といい、それを自由自在に操って来てさらにあの速度……それに加えてあの回転攻撃だ……そこらの人間じゃかなわないのは納得出来る。


「魔法だと……近づかない事が重要だけど、あの人は近づいてこそ力を発揮するからね……色々考えさせられるわ」

「うむ。魔法を使う事もそうだが……もし敵に近付かれた場合の対処法等、戦闘では工夫をしないといけないな。将軍のあの速度だ……魔法を掻い潜って接近するなど容易だろう」

「まぁ、魔法は魔力の事があるから、基本的に離れてた方が良いよね。でも確かに、近づかれた時何もできないよりは、出来た方が良いのは確かだね」


 フィリーナとアルネは、魔法を使う事だけじゃなく、いかにして戦うかを考えているようだ。

 ヴェンツェルさんは、ヤンさん以上の速度で突進してくるから、よほどの事が無い限り魔法で対処なんて出来ないだろう……まぁ、あの人が特別……とも言えるけど。

 それでも、同じように接近してくる相手は当然いるわけだから、その時にどう戦うかを考える事は良い事かもしれない。



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